第三話 ブチギレ公爵
王子から婚約破棄されてから二日後、俺とメアリーは、彼女の父であるルドルフ公爵に呼び出されていた。
王都の執務室には俺とメアリー、そしてルドルフ公爵がいる。はたして俺はこの場に必要なのかな。
「メアリー、第二王子から婚約を破棄されたようだな」
「お父様! 王子ったら酷いんですのよ! 男爵令嬢に誑かされたと思ったら、邪魔になった私に謂れの無い罪をかぶせてきたのです!」
「……謂れの無い罪か、成程反省の色もなさそうだな」
ルドルフ公爵の漏らした一言を俺は聞き逃さなかったが、興奮して喚き立てているメアリーには聞こえなかったらしく、チャールズ殿下とクリスティーヌ男爵令嬢の悪口をさも自身が被害者の様に叫んでいた。あの……メアリーさん、これ以上恥の上塗りはしない方がいいと俺は思いますけど。
「私という完璧な婚約者がいるのに、こんなの浮気ですわよ浮気! 然るべき抗議をして下さいお父様!」
「結論から言うが、メアリー、お前は勘当だ。サマリー公爵家及び王都からは出て行ってもらう」
「「えっ」」
恥ずかしい、声に出てた上にメアリーと被った。いやいや、そんなことより勘当?てか王都から出てけって本気か?
「お、お父様ったら人が悪いですわ。そのような冗談をこんな場で仰るなんて……」
一昨日も似たような台詞を聞いたような気がする。
「知っての通り、私は実力主義だ。たった一つの役目もこなせない次女なぞ、サマリー家には不要だ」
「えっ、そんな……嘘、お父様?嘘ですわよね。嘘と言って下さいませお父様……」
メアリーは先ほどまでの態度とは一変し、涙を浮かべながら縋るようにルドルフ公爵に許しを乞うていた。
彼女が重度のファザコンであるのはサマリー家の使用人界隈では周知の事実であるので、今回は嘘泣きではなく多分本気で悲しんでいる。
「残り一カ月は学園に通ってもよい。夏季休業に入ったと同時にお前は自主退学ということに既にしておいたので、必要なことはその間に済ませておくんだな」
「そんなの嫌ですわ……! お父様! 申し訳ございませんお父様! きちんと反省するので許して下さいませ!」
メアリーの必死の謝罪も、ルドルフ公爵は話は終わったとばかりに完全に無視している。
「アルベルト今までこんな愚図な娘によく仕えてくれたな。今後のことについては決まり次第追って連絡させてもらうが、お前に関してはサマリー領本家の方で引き続き使用人として働いてもらうつもりだ」
俺、どうやらお咎め無しっぽい。はー良かったー。冷静を装っていたが、ここに呼ばれた時点で心臓はバクバクだったので、ホッとしすぎて涙でそう。
「承知いたしましたルドルフ公爵閣下」
「承知いたしましたじゃないでしょ! あんたもなんか言いなさいよ!」
余裕が無くなって言葉遣いが素に戻っているぞメアリー。
「話は以上だ。呼び出しておいて悪いがすぐに退室してもらおうか、これでも忙しい身なのでな」
「お父様、どうしてですの? お父様は私を愛しているでしょ? それなのにどうしてこんな酷いことするの?」
メアリーのその言葉にルドルフ公爵は首を傾げていた。何を言っているのか分からないといった表情だ。
「愛していたからこそ今までお前を育ててきたであろう。最高級の環境を与え、望んだこともなるべく叶えてきたのはお前が私の娘だからだ。それなのにことごとく期待を裏切り、あまつさえ婚約破棄などと、最低限の役目の一つも果たせないお前は世界一の親不孝者だよ」
俺はその言葉を聞いてようやく気づいた。常に表情を変えない為分からなかったが、ルドルフ公爵は多分滅茶苦茶キレている。
「サマリー家も含む貴族の本質とは王家を支え民の為、ひいては国の為に身を粉にして働くことだ。必要な知識と教養を身につけた後は王から授けられた領地の繁栄に従事していくことになる。それが適わないお前のような無能はせいぜい第二王子の婚約者くらいは務まると思っていたが、実に残念だよメアリー」
ルドルフ公爵のとどめとばかりの言葉には失望と怒気が混じっており、絶望の表情を浮かべていたメアリーもついには泣き崩れてしまった。
流石の俺もこんな彼女は初めて見るし、その姿は目を背けてしまうくらいにはあまりに痛々しいが、そんな彼女にルドルフ公爵は容赦なく最後の言葉を放った。
「少しはアイリスを見習って欲しかったものだ」
その言葉は静かにこぼれ出るように出た為、せめて泣いているメアリーには聞こえなければいいと思ったが、しっかり聞いてしまったようで、最早悲鳴に近い声が執務室に響いている。
ちなみにアイリスとはメアリーの3つ年上の姉だ。彼女とメアリーの関係はちょっと複雑である。
「アルベルト、そのうるさいのを連れていけ。先ほども言ったが今後の事は追って連絡する」
「承知いたしました」
「嫌い……みんな嫌い……! 大嫌い!」
こうして俺は泣いているメアリーを立たせて宥めつつその場を後にしたのであった。
その後の一ヶ月についてはあまり思い出したくは無い。メアリーにとって地獄となる一カ月耐久悪意マシマシ学園編の始まりであった。
そして、つい自分の感情を抑えられなかったことに今でも羞恥心が芽生えてしまうくらい凄く後悔しているのだが、貴族の一人を殴っちまったせいで俺もめでたく学園を退学することになっちまった。主従揃って退学とかある意味俺は忠義者だと思うんだ。え、そんなこと誰も思わない?そんなぁ……。
しかし、後悔する出来事というのは続くもので、行き場の無くなったメアリーの身元引受人にクロワッサン家が立候補し、他の貴族を押しのけ見事にその座を勝ち取ってしまった。
それらの顛末については酒の席とかで10年後くらいに笑い話として誰かに話せたらいいと思っているが、もの凄く恥ずかしいのでもしかしたら墓の中まで持ってくかもしれない。
そんなことをつらつら思い出してたら、結構な時間が経っていた。俺の故郷であるハーケン村まではあと一時間といったところか。
今頃王都の方は夏季休業に浮かれている学生だらけなのだろうか。いやいや案外今の俺達みたく、帰省目的で馬車移動中の貴族も多そうではある。
「あんた、なんで私の身元引受人になったの?」
先刻振りにメアリーから話しかけられた。あれから特に会話は無かったが、王都が恋しいのか、定期的にすすり泣いていた。会話が出来るくらいには持ち直したのだろう。いいことだ。
そして質問の答えだが、俺自身よくわからない。同情してしまったというのが一番近い気もするが、自尊心の高い彼女の性格を考えるにこの場での最適解ではないように思えた。
「自分自身でもよくわかりませんが、俺がそうしたいと思ったからです」
お茶を濁しておくとしよう。
思いの外その返答は彼女の気を良くしたようで、「何それ変なの」と言ってにじり寄ってきた。いや距離が近いよ離れてくれ。
「メアリーこそ、なんでうちを希望したんだよ。他の貴族からも打診結構来てたんだろ」
まぁだいたいは親と子ほども歳の離れた貴族からだ。あまり考えたくはないが、見た目だけは一流であるメアリーの身体目当ての貴族は結構多かった。ルドルフ公爵が本気になれば有無を言わさず嫁がせることも出来たであろうが、そうしなかったのは最後の親ごころだと俺は思いたい。
俺が質問するとメアリーはクスッと笑った。うわめっちゃ可愛い。男性が女性の笑顔には弱いとはよく聞くが、先人達の言うことは正しかったらしい。
「私も分からないけど、こうしたいと思ったの」
そう言うと俺の右腕を抱きしめて顔をうずめてきた。誰だこいつは。
おれはこんらんした。
まさか何かのハニートラップかと思い周囲を見渡したが、馬車と従者と草原くらいしかないのでその線は薄そうだ。
あの、とりあえず服に涙と鼻水ついちゃうしばっちいので離れて貰っていいですか。と漏らしたら、メアリーのアッパーを顎に食らった。
滅茶苦茶痛かったので、どうやら夢でも無いみたいですね。




