第二十三話 しおらしい彼女は可愛くない
前回までのあらすじ。
馬車馬として働く3歳馬の雌馬オグリキャップは、アイリスの思わぬ采配によって新人騎手アルベルトを乗せながら、大地を駆けた。
彼とならどこまででも走ることが出来る……っ! 徐々にスピードを上げる彼女に振り落とされないように、アルベルトは必死に手綱を握るが、暴走した彼女は全く止まること無く、教会の扉を破壊しその鳴き声を轟かせた。ひひーん。
あらすじ終わり。
「何をしているんですか!? ここは神聖な教会で、今は婚姻の儀の真っ最中ですよ!?」
「扉を破壊したことは申し訳ないです。後で弁償はします!」
俺は馬から降りて、サイバン神父長に謝った。怪我人が出なくて本当に良かった。物的被害だけならまだなんとかなるだろう。……なんとかならん? 駄目?
「何しに来た、平民のモブが……ただでさえ謎イベントが発生しているというのに……!」
「聞こえなかったか? この結婚式、ちょっと待って貰いたい!」
アクズの質問に俺は再度叫んだ。正義は我に有りというような演説めいた堂々とした態度でだ。イメージするのはメアリーを婚約破棄した時の第二王子だ。
「この結婚式は不当だ。身分の違いを盾に、いたいけな少女が無理矢理に縁談を結ばされている! 花嫁の心はこの場には無い!」
俺の発言に、会場内がざわめく。いけいけー! っと囃し立てるクリスさんの声が聞こえる。
「何を馬鹿なことを……メアリーの心は既に僕の物だ、貴族の結婚式にこんな真似して、どうなるか分かってるんだろうな?」
アクズはそう言って、脅しのことを思い出させるようにメアリーを見た。彼女は俯いて、悲しい表情をしていた。
「アル……ごめんなさい、こうするしか、こうするしかないの……」
「……らしくねー」
「……は?」
こいつはいつまで悲劇のヒロインムーブしているんだろう。ぶっちゃけ手紙の件で問い詰めた時くらいから、俺はメアリーにイライラしていた。一度決めたら頑固で周りが見えなくなる彼女だが、今までは自分の気持ちに素直だったからまだ可愛げがあった。今ではウザいだけだ。そういうのお前には似合わないから。
「らしくないって言ったんだ。昔のお前は、欲望に忠実で、周りのことなんか省みないで、馬鹿な子として馬鹿な事をしていた」
「……私は変わったの、昔と違って成長したの……」
「臆病になっただけだ。俺達のことが信じられずに、勝手に決めて、勝手に逃げて、失うことが怖かったんだろ。臆病者、弱虫」
「だ、だれが臆病者だってぇ……? ひ、人が下手に出てたらちょ……調子にのってぇっ……!」
「そんな風にしおらしくするなんて、お前には似合わない。悲劇のヒロインじゃなくて、お前は悪役の方が似合ってるのを自覚しろ」
「ぐっぐぎぎぎぎ……!」
悔しそうに怒りの形相をする純白のドレス姿の花嫁から、歯ぎしりが聞こえる。調子出てきたな。
「あと彼女の中には新しい生命が宿っている。彼女とは散々愛し合った。勿論俺の子供だ!」
「そ、そんな馬鹿なことがあるかっ! 彼女が王都追放されてまだそんな経って無いぞ!」
「証明出来るのか? 俺と彼女は学園内でもずっと一緒だった。ほくろの位置でも教えてやろうか?」
周りの驚く声が聞こえる。ハッタリだけど、俺が正義でアクズが悪という印象を抱かせることが出来れば十分だ。クリスさんは吐血しているけど、嘘なんですすみません。
「もう沢山だ! そんな世迷言を言う為に来たのならもういいだろ、誰かこの男をつまみだせ! ……お前覚えてろよ後でどうなるか楽しみにしてろ」
アクズは周りに叫んだあと、俺らにしか聞こえない声量で最後にぼそっとそう言った。おそらくアクズの親族であろう何人かが、俺を教会から追い出そうと近寄って来る。俺は2枚の契約書を取りだした。
「メアリー、お前の保護者として言うが再教育だ。お前にはあくせく働いてもらう。身元引受人になった時にルドルフ公爵に渡した金額分くらいは返してもらうぞ」
まぁ本当はそれアイリス様から返してもらったけどね。
「はぁ? あんた何言ってるの? また私に畑仕事でもさせたいの?」
「お前には、俺と一緒に公爵家の使用人になって貰う。クロワッサン家は代々サマリー家の忠臣の家系だ。お前はもうクロワッサン家の家族だからな、ルドルフ様も快く調印してくれた」
「はっ、何を馬鹿な事を……メアリーはもう僕のお嫁さんだぞ、そんなことさせるわけないだろ」
「いいや、するさ。使用人になるってことは公爵家の庇護を受けれるってことだ。そうなったらお前の脅しはもう効かない。それに彼女の子は公爵家の世継ぎとなる可能性がある」
「お父様が……私を……」
サマリー公爵家は家族は置いといて身内には義理固い。子爵家の権力がどの程度か知らないが、当主でも無いアクズに出来る範囲はおそらく少ない。サマリー家を敵に回してまで強硬策をとれるとは思えない。
虎の威を借りる狐ってそんなに悪いかなぁ。自分の出来る範囲で全力を尽くすって意味には捉えられない? 駄目?
「その契約書、彼女の同意が無いと履行されないんじゃないか? 僕と結婚したら貴族になれるんだぞ? 貴族主義の彼女がわざわざ平民に戻ろうとするわけないだろ、モブは設定を理解して無いから困るなぁ」
「同意する。私、使用人になる」
「……はぁあああ!!??」
言質だが、メアリーの同意は取れた。周りの人達も二転三転する事態に慌てふためくだけで、成り行きを窺う方向に決めた人が多いみたいだ。
彼女は被っていたヴェールをポイっと捨てると、俺に駆け寄ろうとしてきたが、アクズはその手を握って引き止めた。
「な、何言ってるんだよメアリー、変な冗談はやめろよ」
「あと、メアリーに一つ文句を言いたいんだけど、お前俺のことは散々サンドバックにしてきた癖に婚約者は殴らないのなんなの?」
「そうね」
そう言って、メアリーは渾身の右ストレートをアクズの顔面に突き刺した。ゴスっと嫌な音がして、アクズは鼻血を出して尻もちをついた。
「いっだぁ……痛い、メアリー、いきなり何するんだよっ」
「私のこと本当に好きなら、受け止めて、私の気持ち」
「痛っ! やめっ……! 本当に……っ! 痛いよ止めてっ! い゛だぃ゛っ! や゛め゛っ……! お゛ぐっ……!」
メアリーはアクズに馬乗りになると、ガスガスと顔面をタコ殴りにし始めた。鮮血が飛び散る、彼女の拳は返り血で赤く染まっていく。サイバン神父長が慌てて止めに入った。俺はちょっと引いたし、多分参列者の方々も引いた。
メアリーはスッキリした顔をして、アクズを踏みながら立ちあがった後、俺に向かって走って来た。
「アーールゥーー♡」
純白のウェディングドレスをところどころ返り血で真っ赤に染めた彼女は、ラブラブ光線を大量に出しながら俺に飛びついてきた。
俺は勿論それを優しく抱き止め受け入れた。
「私、信じてた♡ アルがきっと助けに来てくれるって……」
絶対嘘だゾ。調子いいこと言ってるけどお前だいぶ諦めの境地だっただろ。
参列者の皆さんはスタンディングオベーションしながら口笛を吹いたり、野次を飛ばしてくる。新婦側の人達なら俺の家族とかいるし分からなくはないけど、新郎側の人達もノリで拍手してくれてるのは祝福されている気がして有りがたいね。
「アル、一つ、聞きたいの、本当に私のこと好き? 愛してくれてる?」
そのメアリーの質問には、今更だが俺なりに答えを出してきたつもりだ。
「……俺は小さい頃、やたら性格が大人びていて苦手なことも無かったから、周りの子達に合わせるように常に自分を抑えて生きてきた。そんな風に過ごしてたからか、いつしか俺は周り全てがつまらなくてまともに笑えないような子供になってしまった」
厨ニ病みたいなことを言っているが、事実として村の子供達のコミュニティ内で俺は異質だった。子供の中に一人大人が混じってるようなもんだ。空気は読める方だったから、場を壊すようなことは決してせずに、子供達に頼られるまま日々を過ごした。
「だから、親から公爵家の使用人の話を打診された時は、心機一転というか……そんな気持ちで勤めようと思った」
「で、私の事は愛してくれてる? はやくはやくっ」
俺のつまらない自分語りを本当につまらなそうにしながら、メアリーは愛の言葉を急かしてくる。ぎりぎりウザ可愛い。
「きっと精神的にトラウマになってた部分があるんだろうな、でもメアリーと会って、いつしか俺は笑えるようになったし自分の気持ちに素直に向き合えるようになったと思う」
「つまり?」
「アニマルセラピーって知ってるか? 動物と触れ合うことで精神的な病を癒す治療法のことで、俺にとって多分お前は大型犬――」
台詞の途中で、メアリーの全力アッパーが俺の顎に入った。
大型犬のように思っていたけど、最近では一緒の日々を過ごすうちにそれが恋愛感情だと気づくことが出来たと改めて愛の告白しようと思ったのに……。そう思いながら俺は意識を失った。
ああ、この感じ久し振りだ。全然嬉しくないけど、しおらしく無い彼女はやっぱり、彼女らしい。
◇◇◇
あの結婚式から2週間が経った。
俺達二人は今、王都に来ていた。王都仮面舞踏会予選開始まで、もうすぐだ。
「あ、あんた、緊張してんの? 震えてるわよ」
「お、お前こそ、手汗凄いぞ」
「そもそも、何でこんなことしてるんだっけ?」
「折角毎日社交ダンスの練習したんだから、出なきゃ損って話になったからだろ」
あれから俺達は、公爵家の使用人として従事することになった。アイリス様が王都の方で働いているから、入れ替わる様にルドルフ公爵は公爵領で働くことが増えた。ファザコンのメアリーはお父様お父様っとよく執務室に会いに行くが、公私を混同しないルドルフ公爵はいつも冷たくあしらっている。
「てか、あんたマスク持ってきた?」
「は? いやお前が持ってくるって話だっただろ?」
「はぁぁ? 持って来てないの? どうすんのよ! もうすぐ始まるわよ!」
「いや、俺に言うなよ。どっかから借りるか、なんか代わりのものないか? 顔隠れてればいいんだろ?」
アクズは多くの平民を奴隷みたいに扱ってたことがバレて、アイリス様直々に断罪されたらしい。逆恨みされても困るので、どこで何やってるか知りたいのだが、王宮の地下室で脳みそとなった挙句、知識を吸い尽くされてるとか馬鹿みたいな噂話を聞いた。いったいどこで何やっているのやら。
「あ、バックの中に懐かしい物入ってた」
「いや、これはちょっと……」
アウラさんはそこそこ罪の意識があったらしく、夏の間は自分探しの旅に出ると言っていた。あの後、俺には謝りに来たが、メアリーには相変わらず中指を立てていた。クリスさんはアウラさんに付いていくことにしたらしい。心配だからと言っていた。
俺の家族は泣きながら良かった良かったと俺達を再度祝福してくれた。本当に心配かけて申し訳なかった。今後はまた公爵領で働くことも了承してくれた。
フローラさんは今度俺達の結婚式の際は絵を描きたいから呼んでくれと言っていた。退職することを告げると、寿退社だね。と笑って送り出してくれた。
トウシンは、この横恋慕野郎めっ! と俺のことをけなしていたが、彼なりに祝福してくれたんだと思う。
「よし、準備は出来たわね。審査員全員、私の踊りに感動させてやるわよ。 わかった?」
「全力で頑張る」
そして俺達は、夏祭りで買ったウサギのお面とスズメのお面をつけながら、めちゃくちゃ社交ダンスした。
勿論予選落ちした。
お面のせいもあるだろうけど、恋人同士になってからダンスの特訓時間はほとんど愛の営みの時間に変わっていったし、まぁ実力が出たね。
「何で私達が予選落ちなのよ納得いかない」
「まぁまぁ」
「踊り足りない、ここなら音楽も聞こえるし、もう一回シャルゥィダンス?」
「えーしょうがないなぁ」
そう言って、王城の近くの木陰で俺達は手を繋いだ。
「アル、もうこの手を離さないでね」
「いや、お前が勝手に離れていったんだろ。人のせいみたいに言うな」
聞こえてくる音楽に合わせて、俺達は踊った。今頃城の方では王族や貴族の方々が優雅にダンスってることだろう。表舞台に立てない俺達はこうやって誰に知られること無く裏でひっそりと幸せを噛みしめられれば、それに越したことは無い。
「アル、私の事愛してる?」
「世界で一番愛してるよ。大好きだ。でも今度から暴力はやめてね」
こうして俺達は色々あったが落ち着くところに落ち着いた。あー良かった良かった。ホッと一安心。
そして、穏やかで平和な時間はどんどん過ぎ去っていく。俺達はたまに喧嘩もすることもあるけど、いつも仲良く元気です。
二人仲良く幸せを噛み噛みしていると、二人は三人になり、三人は四人になりと……いつの間にか、気づいたら十数年の時が流れていた。
次回最終回です。




