第二十話 僕たち結婚します
メアリーの様子がおかしい。
二人の交際が始まってから早2週間が過ぎ、性格が以前と真逆に変化した彼女は俺に毎日甘えまくった。最早彼女の俺に対する感情は、愛というより依存心では? と俺が危惧し始めていた頃、俺は彼女の異変に薄らと気づき始めた。
「…………はぁ」
メアリーは物憂げに窓を見ながらため息をつくことが増えた。何か悩みでもあるかと聞いても、彼女は何も言わずに悲しい顔をして口を閉ざした。
早くも倦怠期かと思ったが、そういう訳でもないらしく、むしろ彼女は今までより一層激しく俺を求めた。まるでやっと摑み取った幸せを逃さないように、ぎゅっと抱きしめる彼女の両腕は何か助けを求めているようだった。まさか不治の病にでもなってないよね?
俺がもう少し察しが悪い男だったのなら、その理由に気づけないまま、彼女の様子に目を背けて幸せな日々を過ごすことが出来たのだが、どうもつまらないことばかり気になってしまう性格の俺は、なんとなく思い当たることがあった。
メアリーから話してくれると思って敢えて指摘はしなかったが、相も変わらず表情が暗い彼女を見て、俺から詰めようと思い直して彼女を部屋に呼んだ。
「二日前にお前宛てに手紙来てただろ。最近暗いのはあれが原因か?」
「……気づいてたの」
「メアリーがクロワッサン家にいることを知ってる奴は少ない。そんな中お前宛てに手紙が来て、それ以降毎日悲しい顔してたら誰でも気づく」
「そんな顔してたかしら」
「あからさま過ぎてツッコミ待ちかと思うくらいにはしてた。で、誰からの手紙で何が書いてあったんだ?」
差出人の本命はルドルフ公爵、対抗はアイリス様、大穴で第二王子かな。ここ二日間の様子をふまえると、内容は今の生活を脅かす何かが書かれてた筈だ。
「私と結婚したいから迎えに来るって書いてあったわ。この生活も悪く無かったけど、もうそれも終わりみたいね……」
「誰からだよ。というか急に何言ってんだ。自己完結させるな」
「今まで本当に楽しかったわ。ありがとう」
「いや、だから――」
その時、玄関のドアが壊れるんじゃないかと思うような乱暴なノックの音が一階から聞こえた。
今は親父もお袋も出かけてるので、俺達が出るしかない。俺はメアリーに部屋で待ってるように言いつけて、ある意味空気を読んだタイミングで来た招かれざる客の応対をしに玄関のドアを開けた。
「悪いけど、新聞の勧誘はお断りなんで帰って貰っていいっすか?」
ドアを開けた先にいた貴族のクソ野郎にそう言い放った。周りには武装した男達を何人か引きつれている。どう考えてもロクでもないことしに来たなと一目で分かる状況だ。もし荒事になった場合、無手の俺じゃ流石に無理。
「久し振りだな、平民のえーと…なんて言ったかな? モブキャラはこれだから困るよ。名前が覚えられない」
俺の言葉に返答したのは、俺が退学になった原因とも言える、シュジナロ子爵家の長男であるアクズ・フォン・シュジナロだった。
一言で言えば、メアリーにやたら執着してた貴族のクズ野郎。学園でクリスさんを襲ったのはこいつの部下で、メアリーを襲ったのもこいつと部下。ちなみに俺が殴り飛ばしたあほ貴族とはこいつのことだ。襲われてるメアリーを見てついカッとなって手が出ちまったせいで俺はめでたく退学となった。
「わざわざこんな田舎まで来てご苦労様です。で、俺に復讐でもしに来たんですか?」
平民が貴族を殴ったとはいえ、向こうも婦女暴行未遂だ。お互いのことを大ごとにしない為、俺の退学ということであの件は双方水に流し、和解して後腐れ無いようにすると現当主である子爵閣下との約束だったが、反故にする気か。
「勘違いするな。僕もあの時のことは軽率だったと反省している。好感度が低い状態でエロシーンに至れないことは十分分かったさ。今日ここに来たのは麗しの姫君を迎えに来ただけだ」
「メアリーのことか、ここに居るって確信を持っているみたいだけど、誰に聞いたんだ?」
こいつの発言は毎回意味不明だ。この狂人変態クソ貴族が。
「私ですよ」
俺の質問に返答したのはアクズでは無かった。男達の影に隠れて見えなかったが、アウラ伯爵令嬢はひょこっと姿を出してそう言った。
「久しぶりですね先輩。夏祭りの日以来だから、2週間と少しか……。クリスをあれだけ泣かせて、メアリー先輩と恋仲になって過ごす日々は楽しかったですか?」
アウラさんはそう言って、以前メアリーに対して向けていた嫌悪の目を、今度は俺に向けていた。……クリスさん、俺の前では常に笑顔でいてくれてたが、やはり陰では泣いていたのか。本当に中途半端にデートなんてして申し訳なかったと、その件については未だに罪悪感はある。だけど。
「どういうつもりですかアウラさん」
「愛のキューピッドですよ。アクズ先輩がメアリー先輩に気があるのはそこそこ有名でしたからね。彼女の行方をずっと探してたみたいでしたし、教えてあげただけですよ」
「何故そんなことを、メアリーに対する復讐ですか?」
「失礼な、クリスの為ですよ。この二人が結ばれたら、きっとアルベルト先輩も目を覚ましてクリスと気兼ねなく付き合えますよ。それってハッピーエンドじゃないですか?」
「馬鹿げてる。そんな単純な訳無いだろ」
俺もアウラさんも、お互いが自分の意見を曲げないというような険悪な雰囲気が流れた時、その空気を打ち破ったのは意外にもアクズだった。
「まぁ二人とも落ち着きたまえ、僕がここに来たのはモブキャラと争う訳じゃない。重要なのは確認と出迎えだ」
「確認?」
「うむ、すなわち悲劇にも公爵家から除されてしまったメアリー嬢の身柄と安否を確認し、必要なら僕が結婚という形で保護しようというわけだ」
「メアリーなら三食昼寝付きで毎日楽しくやってるよ。もう用事は済んだか?」
「発言に気をつけろよモブ、彼女が下賤な平民に囚われているか、それとも寄るべの無い彼女は保護されただけなのか、それを決めるのは僕だ」
そのアクズの言葉を聞いて、武装していた周りの男達は武器を構えた。
「もし、前者だった場合、貴族として見て見ぬふりは出来んな。この家、周りの畑ごと燃やしてやろうか?」
「成程、そういう風にメアリーを脅したわけか、流石に腐り過ぎてて反吐が出そうだ」
俺の言葉は強気だが、ハッキリ言って状況は絶望的だった。少なくとも狂人のアクズとこれ以上話してどうにかなる話では無い。
そうなると、俺が会話をするべき相手は侯爵令嬢のアウラさんだ。少なくとも彼女は自分の為では無く、クリスさんの為に行動している分、アクズより良識的な人間だと思う。
「クリスさんがこんな状況を望むとは思えない」
「そんなこと知ってます。でもそんなあの子の優しさに甘えて、散々苦しめてきたじゃないですか。この状況は因果応報ってやつじゃないですか?」
「だからって、こんなことしたって不幸になる人間が増えるだけだろ。間違ってる」
「今は悲しいかもしれませんが、時間が解決してくれますよ。なんならクリスに慰めに来てあげるよう言っておきます」
何を言っても、どう訴えても、俺の言葉はアウラさんには届かない。結局俺は何度もクリスさんを傷つけた最低男だもんな。
「あら、雁首揃えてぞろぞろと、大層なお出迎えね」
いつの間にか二階から降りてきたのか、気づけばメアリーがいつもの調子で現れた。
「このアクズ、お迎えにあがりました。ずっと再会を夢見ていましたよ。メアリー殿、身分が変われど変わらぬその美貌、相変わらずお美しい」
「そう、どうでもいいわ。さっさと行きましょ。結婚するんでしょ?」
喜びを隠せない様子のアクズと違って、メアリーの声は冷めきっていた。その言葉には、最早どうにもならないと諦めの感情が含まれていた。
昔の彼女を知っている俺からしたら考えられないような行動、この事態に癇癪を起こして喚くでも、助けを求めるわけでも無く、ただ諦めて受け入れている。それはつまり、彼女が変わったからだ。俺や両親、もしかしたら兄貴達まで人質に取られてるようなこの状況で、彼女は自分を犠牲にしてこの場を収めるつもりなのだ。
彼女が望むなら駆け落ちでもなんでもしてやるが、そんなことしたら俺達以外の家族がどうなるか分かったもんじゃない。だから俺は押し黙った。これ以上この場で俺に出来ることは無いと考えた。
自らの感情に任せて暴れ回れたらどれだけ楽か。俺は湧きあがる怒りを理性で完全に押し殺した。
「久しぶりね、夏祭り以来?」
「思ったより反抗しないんですね。でも平民から次期子爵夫人になれる訳だし、そんなもんか」
アウラさんは俺とメアリーが恋人同士だったことは知っている様子だった。そんな二人をこんな形で引き裂いて、良心は痛まないのだろうか。権力とか貴族とか、ハッキリ言ってもうウンザリだ。
「達者でな。元気に暮らせよメアリー」
「うん。今までありがとうね。アルベルト」
簡単で、軽い挨拶。お互いが本心を飲みこんで、必死に繕った。
「おお、アルベルト君か、ようやく名前を思い出せたよ。メアリー嬢に今まで付き従った忠義の者よ。安心しろ、彼女は僕の海よりも深い愛で幸せにしてやるさ」
「どうも、今まで失礼な態度をとって申し訳ございませんでした」
「うむ、頼る先の無い彼女の身元引受人に今日までなってくれた事には感謝する。僕らの結婚式には呼んでやるから家族総出で来ると良い」
「結婚式はいつするつもりですか?」
「アウラ嬢の提案でね。明後日この村で盛大に行うつもりだ」
「分かりました。是非参加させて頂きます」
言いたいことだけ言い残して、アクズ達は笑みを浮かべながらメアリーを連れて去って行った。
アウラさんは俺に何か言いたそうに見えたが、結局何も言わずにメアリーと一緒の馬車に乗っていった。
ドナドナドーナドーナドーナってか。
タイムリミットは明後日までか、いくらなんでも早過ぎだ。遠くへ去っていく馬車を見ながら俺は家に入って準備を始めた。
「さて、行くか」
親父達に書置きを残して俺は出かける準備を整えた。目指すは王都、先日村から去ったアイリス様かルドルフ公爵の二人しか、この状況を覆せそうな人が思い浮かばなかったからだ。本来なら一報入れてから行くのが筋だが、もたもたしてる暇は無かった。
他力本願でカッコ悪いとは思うけど、現状他の打開案が浮かばない。
メアリーのことはすっぱり諦めて次の恋を探す。そんな選択が出来るほど俺は大人でも諦めの良い男でも無いらしい。
外に出ると、家の前にはクリスさんが立っていた。アウラさんの言うとおり俺を慰めにでも来てくれたのだろうか。というか滞在期間長いね。
「さっきアウラから事情は聞きました。いくらなんでもこんなの……っ!」
「酷い話ですよ。全く、本当にそう思います」
「私、アウラを説得してきます。こんな形で二人が引き裂かれるなんて、絶対おかしいですよ!」
「ありがとうございます。俺もこのままで終わらせたく無いです。また貴方の優しさに甘えてしまいますが、よろしくお願い致します」
俺は頭を下げた。クリスさんは親指をグッと立てて、任せて下さいとばかりに笑った。
クリスさんはそう言ってくれているが恐らくは無駄になるだろう。アウラさんはアクズを連れてきただけで、アクズとメアリーの結婚自体をどうにか出来るわけではない。とはいえ、もしもメアリーがこの家に戻ってくる可能性が少しでも上がるなら、俺はクリスさんの優しさに縋るしか道は無かった。
「それじゃ、俺はちょっと王都の方へ行ってきます」
「私も、実家に帰ったアウラを追いますね!」
俺は誰かと違って王都から追放された訳じゃないからね。行くこと自体は全く問題ないよ。
王都行きの馬車便に乗り遅れないように、俺は走ってその場を後にした。




