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第十九話 ザッハトルテの日々


 朝起きると、隣には全裸の美少女が寝ていて、それを見下ろす俺も全裸だった。スケベな小説の導入かな。


 ちょっと青少年の教育にはあまり良いとは言えない絵面だ。外では雀がちゅんちゅんとうるさいくらいに鳴いている。お前ら毎朝そんな騒がしくないだろ、何で今朝に限ってそんなに自己主張するんだ。


 まさかメアリーと男女の関係になるとは正直想像して無かった。……実はちょっと状況に流されちゃった感は否めない。


 ともあれめでたくカップル成立。アル×メアであって、決してメア×アルじゃないからそこは注意してくれ。


 人生初の彼女か、浮かれるなぁ。とりあえず幸せを実感する為、俺は未だ隣で寝息を立てているメアリーの胸を揉んだ。


「……んんっ」


 彼女から寝苦しそうな声が漏れる。今までならこんなことしたら罪悪感で押しつぶされていただろうが、彼氏彼女の関係になったからには問題なし。


 こうなってしまったからには最早、結婚を視野に入れなくちゃならんよな。


 メアリーは親から勘当されているから、お父さん娘さんを俺に下さい、なんて言う手間省けて楽で良いわ。あれ絶対緊張するよ。


 あとは、村の役所行って戸籍いじらないと。ユグドラシル王国では近親での結婚は禁止だから、義姉とその弟の関係じゃちょっと良くない。血はつながって無いし、別に書類にちょいちょいって書けばすぐ終わるであろう作業だから特に問題無い。


 親父とお袋も問題無いだろう。俺がメアリーを連れて来た時、駆け落ちだと勘違いしてたくらいだし。


 金に関しては、貯蓄が出来るまでフローラさんのとこで働いて、そのうち一軒家でも買って、また転職してそこで暮らすか。


 あ、子供出来たら公爵領の跡継ぎの問題も出てくるって言ってたな。一度メアリーかアイリス様に詳しい事聞いてみないと……。


 そんな風に俺が勝手に人生設計を描いていると、やがてメアリーも目を覚ました。


「おはよう」

「あ、アル、おはよ」


 小さい欠伸をしながら寝ぼけ眼なメアリーと朝の挨拶を交わす。俺に胸を揉まれていることに気づいた彼女は顔を紅く染めた。


「アル…その、胸に手が……」

「え、なんだって?」


 悪いが俺は難聴なんだ。何を言っているか、聞き取れませんなぁ。


「もう、えっち。……気持ちいい?」

「うん」

「じゃ、もっと触ってていいよ。私の身体、全部アルのだから……」


 ちょっとメアリーさん昨日から可愛過ぎなんだよなぁ。いつもの調子なら、何してんのよこの変態! とか言って寝技かけてきてもおかしくないんだけど、こう借りてきた猫みたいな態度されると調子が狂うわ。このままだと俺の方から寝技かけちゃいそうだ。ド下ネタ。


「昨日言ってた世継ぎの件だけど、いや、寝起きにする話でもないか。とりあえず汗流してから朝食食べようぜ」


 俺は胸から手を離すと、その辺に落ちている下着を穿いて、家の中を歩ける最低限の格好をした。


「うん。……うう、なんか立てない、足がガクガクするわ」

「おいおい、大丈夫かよ」


 その後、俺は生まれたての小鹿みたいになってるメアリーを運んで、俺達は一緒に風呂に入った。朝っぱらから彼女の嬌声が風呂場で響く。ごめんな、夏とは言え水がちょっと冷たかったかな?(すっとぼけ)


 そして、バカップルは毎日いちゃいちゃした。めでたしめでたし。


 この後の一週間は光陰矢のごとく過ぎ去ったので、ダイジェスト回想でお送りしましょう。誰だお前は、って人が出てきたら多分それメアリーさんです。



◇◇◇



 チョコ&オイシーの場合。


 両親は俺達が晴れて彼氏彼女の関係になったことを素直に喜んでくれた。


 今まで俺達がじゃれ合ってる所を見ている時のように、微笑ましそうに、温かい目で恋人の俺達を見守ってくれていた。


 しかし、付き合い始めてから三日くらい経つと、段々俺達を見る目が変わっていった。


「アル、これ愛をいっぱい込めて作ったの。食べてくれる?」

「いただきます」

「じゃ、あーんってして?」

「あーん……もぐもぐ、美味です」

「アルに喜んで貰えて良かった。……私にもしてくれる?」

「はい、あーん」

「あーん、もぐもぐ、うんアルが食べさせてくれたからすっごく美味しいよ」

「そりゃ良かった」

「……後で、私のことも食べて欲しいな」


 俺達が常にこんな感じだから、親父は段々荒んだ目で見てくるようになった。たまに舌打ちする。


 お袋はコーヒーをブラックで毎日飲むようになった。今までクロワッサン家紅茶派の民だったのにな。



「アル、大好き」

「俺も大好きだよ」



◇◇◇



 クリスティーヌ・フォン・クーケンバーグ男爵令嬢の場合。


「俺達、付き合うことになりました」


 メアリーと腕を組みながら、クリスさんにそう言うと、彼女は前から崩れ落ちて地面に四つん這いの姿勢となった。


 固く握った拳を何度も地面に叩きつけながら、畜生めーっ! と恨みの言葉が漏れている。


「今まで酷いことしてごめんなさいね。あなた、良い子だし可愛いから、きっと良い人見つかるわ。アル以上の人はいないだろうけど」


 多分メアリーなりに慰めてるつもりなんだろうけど、煽ってるようにしか聞こえない。ほんとはメアリーを連れて来たくは無かったのに、彼女は無理やり付いてきた。とりあえず、ちょっと静かにしてようね? 


「本当に、クリスさんには申し訳ない事をしました。謝ってどうにかなる訳では無いけれど、本当にすみません」


 そう言って頭を下げると、クリスさんは笑いながら立ちあがって、服の汚れをぱんぱんと叩いて落とした。


「謝る必要なんて無いです。二人の中に割って入ろうとしたのは私ですし、アル先輩が幸せなら、それが私の幸せです」

「クリスさん……」


 良い子過ぎるこの子、俺が今まで見てきた貴族の中で一番良い子だわ。ほんと、中途半端な態度とってごめんなさい。どうか貴方には幸せになってほしい。


「いや、アルの幸せは私の幸せでしょ。何言ってんのよ」


 それに比べて俺の彼女のこの有様よ。やっぱ無理やりにでも置いて来るべきだった。その言葉の刃は的確にクリスさんを貫いたらしく、彼女からぐへっと声がでた。


「だ、大丈夫ですか!?」

「あはは、大丈夫ですよ。初恋は実らないって言うし、気にして無いですよほんと、大丈夫です!」

「まぁ私は実ったけどね初恋」

「ちょ、メアリーさんお願いだからほんと、一回黙って、本気で」

「うん。アルが言うなら静かにしてるね」


 俺達の様子を見て、悲しみより怒りが上回ってそうなクリスさんの顔にはピシッと青筋が浮かんでいた。表情は笑顔だけど。


「アル先輩、お隣の彼女さんに飽きたらすぐ教えてくださいね。どこにいても私が慰めに来ますから」

「いや、俺が言うことじゃないかもしれないけど、俺なんかのことはもう忘れて下さい」

「忘れられる訳、無いです。アル先輩の事、ずっと好きでいたいです。それくらいは、許してもらえませんか?」


 許すも何も、俺にそんな資格も権利も無かった。彼女の想いに俺が答えることが出来なくても、クリスさんの気持ちは彼女だけのもので、メアリーを選んだ俺が何を述べても彼女の傷口に塩を塗るだけだ。忘れて欲しいなんて言葉も、結局俺の罪悪感を減らしたいだけで、只の自己満足。本当に最低な男だな俺は。今この場に立ってようやくその事に気づくとは救いようが無い。


「あー! またなんか色々考えてるでしょ! もー、気にしなくて良いって言ってるじゃないですか!」

「謝るのは、無しですよね。ほんとクリスさんに何て言えばいいのか分からなくて……」

「じゃあ私を愛人にしてくれれば……いや、冗談ですよ。あはは、じゃあアル先輩がいつも使ってるハンカチ貰っていいですか?」

「え、別に良いですけど」


 唐突にハンカチ、いつも皆から邪険に扱われる俺の相棒を欲しがるなんて、物好きだな。と思いながら、素直に渡した。


「じゃ、これ貰ったし、お互い遺恨無し! ……ずっと宝物にしますね。悲しい時には、アル先輩だと思って涙拭いたりしちゃったりなんて」


 そう言って、彼女はまた笑いながら、俺達を祝福してくれた。涙どころか罵声一つ浴びせないんだから、歳は一つ下だけど、俺達なんかよりよっぽど大人で優しい人だ。……早まったかな?



 彼女と別れ、俺達は二人で歩きだした。さっきまでずっと黙っていたメアリーが口を開く。


「アル、私の事、あの子より好き?」

「勿論、誰よりも好きだよ」



◇◇◇



 ミハエル兄貴とナナ義姉と甥のウマイの場合。


「あれ、アル君とメアリーちゃんようやく付き合ったの?」

「アルも遂に陽のキャの仲間入りか! 彼ぴっぴとして、しっかり愛を育んでいくんだぞ!」

「あうー」


 報告に行くと、兄貴と義姉さんから祝福の言葉を頂いた。いずれは彼らのような仲の良い理想の夫婦になりたいものだ。



「アル、子供は何人欲しい?」

「いっぱい」



◇◇◇



 トウシン・サンジェルマンとスザンヌの場合。


「あ、お前ら! ここで会ったが百年目だ! 糞アルベルトと馬鹿女がよぉ!」

「えーほっといてデートの続きしようよー」


 ある日メアリーと村をデートしていると、同じくデートしていたトウシンとばったり会った。


「あ、トウシン久し振り」

「アルの知り合い?」

「何で忘れてんだよ! こっちはお前らの復讐を考えて毎晩毎晩なぁ……」


 怒りと憎しみに囚われているトウシンに肩を置いて、俺は優しく諭した。


「トウシン、復讐は何も生み出さない。この世で一番大切なのはな、愛だよ。他人を慈しむことだ」

「はぁ? 何とち狂ったこと言ってやがんだ? 遂に頭がパーになっちゃったのかぁ?」

「私も、かつて愚かだったから分かるわ。でもね、一時の感情に身を任せちゃ駄目なのよ? きっと貴方も後悔する時が来るわ」

「何言ってんのこの女、てかそもそも誰だよ。アルベルトとどういう関係だ?」

「俺の彼女、可愛いでしょ?」

「ウザっ! アルベルト、相変わらずウザいなお前、キモいんだよ!」


 全く、触れた者皆傷つけたくなる年頃か? 良くないよそういうの。トウシンが実はそんな悪い奴じゃないって、アル知ってるよ。


「トウシン、彼女さんと仲良くしろよ。ラブ&ピースだ。それじゃ、俺達はデートの続きがあるから」

「お前に言われるまでも無く仲良くするわ。なんだよ急に、調子狂うなぁ」


 トウシンからは祝福の言葉を貰えなかったが、いつか結婚式を開いたら呼んでやるから、その時に祝って貰おうと思って、その場を後にした。



「今日はどこいこっか?」

「アルと一緒ならどこでもいい……」



◇◇◇



 アイリス王子妃の場合。


「それはめでたい。愚妹がそう決めたなら、私にとやかく言う権利は無いな」


 俺とアイリス様はクロワッサン家で二人で対峙していた。メアリーや両親には席をはずして貰っている。


「それで、公爵領の跡継ぎの件なんですけど」

「ああ、その件か、勿論勘当されたとはいえメアリーは正当なサマリー家の血が入ってるからな。子供が出来たらその可能性はある」

「ルドルフ様はそもそもどうお考えだったんですか?」


 俺達は紅茶を飲みながら落ち着いて話をしていた。国のトップと平民のお茶会、中々に珍しい光景だと思う。


「親父殿は、私に継いで欲しそうだったな。適当な貴族を婿養子にして私がサマリー領の為に尽くせば繁栄は約束されたようなものだったし、そう考えたからこそ、第一王子の婚約者候補としても私は末席だった」

「え? でも実際今は王子妃……」

「私自身が公爵領領主程度の器じゃないという自覚もあったし、この国を良い方向に進ませたいという思いが強かった。王子は私にぞっこんだったし、私もあいつのことは好ましく思っていた。当時生徒会長だった私によく尽くしてくれたものだ」

「スケールのデカい話で小市民の俺にはついていけません」

「話が逸れたが、現状ではまだ見ぬ私の第二子以降が公爵領後継者の筆頭だな。生まれた後は親父殿の養子という扱いで、王族との結婚には納得してもらった」

「成程、つまりアイリス様が、失礼ですけど子供が一人だった場合とかは」

「ま、その場合はお前らの子供が継ぐことになるだろうな。だから産まれたらきちんと報告しろよ」


 話には納得した。先の話だし、考えなくても良いという訳では無いが、すぐにどうこうなる話では無い。


「あと、これは祝い金だ。お前は公爵家に義を通すつもりで親父殿に渡したのだろうが、メアリーを引き取ってくれたことにこっちが感謝してるぐらいだ。だから受け取れ」


 そう言って、アイリス様は大量の金貨が入った袋をテーブルに置いた。


「くれるならありがたく貰っておきます」

「ああ、愚妹と幸せにな」


 そう言って、彼女は席を立った。不器用だが、彼女なりにメアリーの事は心配していたんだろうなと去っていく背中を見ながら俺は感じ取った。



「お姉様と話は終わった?」

「ああ、俺達の事、応援してくれてる風だったよ」



◇◇◇



 フローラの場合。


 俺はいつも通り仕事をしている中、フローラさんに恋人が出来た事を報告した。彼女には以前に相談に乗って貰ったりもしたしね。


「良かったねアル君。恋人が出来た気分はどうだい?」

「いやぁ、最高っすね」

「それは良かった。けど一つ残念なお知らせがあってね」

「え? なんですか」

「実は、私に王都のアメス学園で美術講師として働くように連絡が来てね。興味があるので受けようと思ってる」

「え、じゃあ俺早くも無職……」

「来年の春からどうぞ、という話だから。まだ先の事だけれど、済まないが再就職先のことを考えて欲しい」

「分かりました。折角フローラさんとも仲良くなれたのに残念ですが、それならしょうがないですね」

「本当にすまないね。出来る限り支援はするからさ」


 こうして俺は、来年の春までに再就職先を探すことになった。ま、いいか。



「もう、アルったら、帰ってくるの遅いよ。仕事と私、どっちが大事なの?」

「メアリー」



◇◇◇



 毎日が幸せで、不安な事は何も無く、隣には大好きな彼女が微笑んでくれている。そんな平和な日常。


 過去に多くの罪があった俺と彼女は、そのことを段々と風化させながら、そんな温かい日々を過ごしていった。


 俺自身、有頂天になってしまい、どこかボケていたと思う。


 夏祭りの夜、アウラさんが見せた怒りと憎しみの宿った目、そんなことはとうに忘れて、幸せを享受していたのだから。


 俺達の毎日は砂上の楼閣で、簡単に崩れ去るものだということを俺が知ることになるのは、メアリー宛てに一通の手紙が届いて、そこからわずか二日後の事だった。


 水面下で何が起こっているのか、彼女と布団の上で愛を囁き合っている今の俺にはまだ知る由も無い。



「この幸せがずっと続いて欲しい」

「ああ、俺もそう思う」

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