第二話 因果応報やな
一か月前。
「メアリー・フォン・サマリー公爵令嬢。この一年間で、その人となりをよく理解できた。悪いが貴殿との婚約は破棄させてもらう!」
「な、なんですってええええ!!」
王都アメス学園は、ユグドラシル王国の中央に位置する国内最大の教育機関であり、大陸中の貴族子女が通っている我が学び舎である。貴族は貴族科として三年間通う義務があり、内容は知らんが色々学ぶらしい。ちなみに俺の様な、貴族に同行する使用人は、商業科に通うことになっている。
本日は、入学式から二ヶ月が経過し、新入生歓迎の立食パーティが学園で行われていたが、生徒会長にして王国の第二王子であるチャールズ殿下の突然の告白に、喧騒としていた会場は、一人を除き静まり返った。
そしてその一人とは、ヒステリー気味に叫んでいる我が主様、メアリー公爵令嬢である。
「で、殿下ったら人が悪いですわ。そのような冗談をこんな場で仰るなんて……」
「これは冗談では無い。確かに祝いの場では相応しくは無いことだったかもしれん。だが、敢えてこの場で言うことが必要であると判断した」
「な、どういうことですの!?」
横目でチラと見たメアリーの顔はまさに怒り心頭であり、顔は真っ赤で青筋が浮かび、微妙に歯ぎしりもしている。おまけに怒りが収まらないのか、横に立っている俺の背中に左のジャブを数発打ってくる。ちなみに右手の扇で隠しているので周りの貴族から見えない位置取りで行われている。
「まずはこれを見て貰おう」
そう言ってチャールズ殿下の取り巻きからメアリーに渡されたのは数十枚の紙の束であったが、内容を軽く見たメアリーの顔色は真っ青になった。
「これらはこの一年間、生徒会に届けられた嘆願書だ。いや、被害届と言い換えても良いな、なぜなら内容は全てメアリー公爵令嬢によって貶められた生徒たちの嘆きの声だからだ! 貴殿としては、自身の悪行が発覚しないように隠ぺい工作や恐喝をしていたつもりだろうが、お天道様は全て見ているのだ!」
殿下の言い回しは芝居がかっていて、正義は我にありと言わんばかりの演説であったが、書かれている内容を見る限り思い当たる節しかなかったので、どう甘く見積もっても悪いのはメアリー及び従者の俺であることが分かった。ちなみに紙の束については、テメーが持ってろとばかりにメアリーに押しつけられた。
「ぐ、ぐぬぬ」
メアリーはおよそ令嬢らしからぬ苦悶の嗚咽を漏らしていた。周りの貴族達の雰囲気も王子を応援している様に見えるし、まさしく針のむしろというやつだ。こんな悪感情をそこかしこから向けられて平静を保てる人間はそうはいないと思う。
そんな中、彼女の選んだ行動はヒールのつま先で俺を小突くことであった。これはストレス発散のさっきの左ジャブとは違うと使用人歴10年以上の俺にはすぐに理解が出来た。
おそらく突然の苦境に、どうこの場を上手く切り抜けるかを思案したが、解決策が何も浮かばなかったのだろう。これは助け舟をよこせ! フォローをしろ! あわよくば状況をひっくり返せ! という彼女なりの合図である。無茶を言うな、言ってはいないけど。
今度は俺が思案する番であった。今回の件は自業自得であり、言い分も向こうが正しい様に思う。誰が好きこのんで性格クソオブクソな令嬢と婚約なんてしたいものか。しかもチャールズ殿下と言えば引く手数多な上、学園にはローズガーデンとか呼ばれている何人かの婚約者予備軍がいる。皆美人な上性格も家柄も良いときているので実に羨ましい、どなたかうちの令嬢と交換してほしいぐらいである。
まぁそれは今は置いておこう、現実に俺はメアリーに仕えていて、サマリー家から金貰っている時点で選択肢なんて実質一つだ。すなわち主が困ってたら、相手が王子だろうがなんだろうが、従者は助けに行かなくてはならないのである。
「恐れながら申し上げます。チャールズ王子殿下、発言の許可を頂けないでしょうか」
「ふむ貴殿の名は?」
「商業科2年のアルベルト・クロワッサンと申します。こちらにおわすサマリー公爵令嬢の使用人でございます」
「この学園にいる者はみな平等に只の一生徒だ。私自身、只の生徒会長としてこの場に立っているつもりだ。そのような堅苦しい物言いは不要だ。そちら側にも言い分があるのは理解している。なんでも言ってくれ」
そう言ってくれるとは思っていた。チャールズ殿下が貴賎無しで他者と接するおおらかな人柄なのは有名な話である。
「ありがとうございます。こちらの言い分は二つあります。まず一つ目にこの嘆願書ですが、これらはあくまで各個人の主張です。たとえ何十枚あろうとも、実際にメアリー様が相手を貶めたという証拠にはなりません。次に二つ目、仮に実際にこちら側に非があったとしても、大多数の生徒が集まるこのような場での一方的な糾弾は、メアリー様を吊るし上げようとする悪意があるとしか思えません。本来なら然るべき場で関係者のみを集めて審議する必要があったはずです。それを、このような仕打ちはあまりにご無体と思います。王家には、ルドルフ公爵閣下から直々に抗議の手紙が送られることでしょう」
チャールズ殿下はふむもっともな指摘だと頷き、メアリーは俺の後ろでそうですわそうですわと喚いている。
突然だが、俺は結構本の虫で、特にミステリーをこよなく愛す。だからかは知らないがこの状況には既視感を覚え、冷や汗がでてきた。
ミステリー小説の大詰めのシーンで、探偵からの追求に対し、追いつめられた犯人は証拠出せ証拠!証拠も無いのに人を犯人呼ばわりか!などと探偵に喚き散らす。それを受けた探偵は決め顔で言うんだ。
「証拠ならある!」
チャールズ殿下は待ってましたとばかりに言った。俺はあちゃーって手で顔を覆いたくなったが、周りの目もあるので我慢した。
殿下の取り巻きからこちらに手渡されたのはいくつかの書類だ。見なくても分かるがこれが証拠なのだろうし、あの自信満々な様子からして内容も正確なんだろう。軽く目を通して見てみても、相変わらず思い当たる節しかない。
例えば、ちょっと肩がぶつかった男子生徒Aを階段から蹴り飛ばして怪我をさせた上に、文句を言うAに対して公爵家の威光で脅したと書かれているが、まぎれも無い事実である。その後怪我をしたAへ謝罪の見舞い及び治療等の手続きをしたのは俺だからよく覚えている。証拠としては目撃者が複数人挙げられていた。十分な証拠であり、言い逃れなど出来ようはずも無い。
数が一番多いのはメアリーの水魔法の被害にあった生徒達だった。水魔法を使って遠距離から相手を水浸しにするのはメアリーの十八番の嫌がらせであり、中々犯行はバレ難いと個人的には思っていたので、どうやって証拠を掴んだのか少し興味があった。なのでそこの部分を読んでみたら、どうやら魔法使用後は魔力の残穢とかいうのを見れば誰がやったのかは一目瞭然らしい。平民は魔法使えないからそこまで知らなんだ。
「見て貰えれば分かるが、全て確たる証拠だ。それと、あえてこの場で糾弾した理由だが、嘆願書を書いた生徒以外にも、被害を受けている者は大勢いるとこちらは考えている。そういった者達は公爵家の持っている権力を恐れて泣き寝入りをしていただろうが、私がこの場で宣言しよう! そのような不正はこの私の前では起こり得ない。被害に遭った生徒は是非とも私に相談して欲しい! 事実を明らかにした上で然るべき処罰と謝罪を受けて貰うことを約束しよう」
その言葉に周りの貴族達は喜びを露わにしている。
成程、メアリーが今まで好き勝手出来た大部分は公爵家の後ろ盾が大きい。だが、より権力が強い王家がここまで言えば確かにメアリーに逆らえなかった貴族達も今後は反抗することが出来るだろう。
「この場では口にすることも憚るような悪辣の所業を、少なくとも一人の新入生が貴殿から受けた事は既に把握している。彼女の名誉の為に、あえて家名までは言わないが、彼女が許そうとも私は許せん。その為、多少の悪意があったのも否定しない。それがあえてこの場にて婚約破棄を告げた理由である!」
そう言って、チラと王子は会場の端を見た。本人は意図してなかったのかもしれないが、その視線の先にいたのは一人の女子生徒。
入学してからこの2ヶ月間で話題に事欠かなかった、辺境の男爵令嬢にして、王子の思い人と噂されるクリスティーヌ・フォン・クーケンバーグ男爵令嬢である。
肩ほどで切り揃えられている亜麻色の髪は、普段と違い結われており、青を基調としたドレスに包まれてなお女性らしい起伏が見てとれ、肩口からは白い肌が見える。愛らしい顔つきで見た目だけ見れば間違いなく美少女に分類される令嬢だ。だが微妙に残念だったのが、彼女がこちらの騒ぎなど対岸の火事とばかりに立食のローストビーフを一心不乱に食していたからだろう。
王子の視線の先を捉えたのは俺だけではなく、他の貴族も同様だったようで次第に彼女に注目が集まっていった。
当の本人は、何故周りから視線を集めているのか分からなかったようで「ごめんなさいついローストビーフ一人で食べすぎました」と顔を赤くして見当はずれな謝罪をしていたが、騒ぎに気付いた彼女の親友が失礼しまーすと言い残して、彼女を会場の外へ引っ張って行った。
とまぁそんなこともあったが、その後俺とメアリーは王子とその取り巻きに連れられて別室に移動させられ、今後のことについて聞かされた。
最初は「王子はあの野蛮人に騙されているのです!」とか「今なら許すから発言を撤回してください!」等と言っていたメアリーだったが、王子からの「今回の事は全て、ルドルフ公爵閣下からも承認は得ている」の一言に放心したように黙ってしまった。
王子が提示した今回のことについての処罰の要点をまとめると以下の二つであった。
・メアリーと王子の婚約は完全に破棄とする。
・被害に遭った貴族への誠意を込めた謝罪と、必要なら賠償や慰謝料の支払いをする。
最悪、領地の取り上げや逮捕になるかもなんてビビっていたが、あくまで学園内でのことなのでそこまではしないとのことらしい。
正直俺はホッとした。上司の失敗は部下の失敗、令嬢の失敗は使用人の失敗である。あまり公爵家の名前に傷がついてはルドルフ公爵だけでなく、今まで仕えてきた先祖代々に申し訳が立たないところであったので、この程度で済んでよかったと、このときの俺は貴族社会というものを実に甘く見ていた。
メアリーはしくしくと泣いているが、当然演技であり、悲しみの純度は0%の嘘泣きである。
騒いでも事態は好転しないと分かり同情を誘う手段に出たのだろうが、どうせなら他の貴族がいる時にやればいいものをと思わなくはない。
王子達も怒ってはいるが、根が善人なのか、あまり泣いている女性を責めたてるのに乗り気ではないようだった。紳士だね。顔を見るかぎり盛大に反省はしてほしいとは思ってそうではある。
まぁ温情な措置を頂けたわけだし、今後は今までの行いを反省して、迷惑かけた人達に謝って、新しい恋でも探せば万事解決である。
無論、そんなふうにめでたしめでたしとはならない。何故なら我が主様の性格はクソオブクソ、自分の行いは全て正当化して棚に上げて、反省なんて感情は一片たりともない。彼女の中に渦巻いているのは怒りと憎しみのみである。
恥をかかせた王子は許さないし、諸悪の根源であるあの野蛮人も絶対に許さないわ。お父様に頼んで復讐してやる!! そんなふうに彼女の心は透けて見えるようだった。
それは俺が使用人歴10年以上だったことに加え、彼女が俺の背中に左ジャブを何発も打ってきていることからも明らかである。




