第十八話 王子から婚約破棄されて(以下略)
メアリーを探して3千里程走った。それは冗談としても、無駄に土地だけ広いハーケン村を走って探しまわった。
空も暗くなって来た頃に、ようやく尋ね人を見つけることが出来た。
夏祭りの際に花火を一緒に見た、雑木林に囲まれた丘の上にある木製ベンチにメアリーは座っていた。
彼女は遠くを見るように独りでぼーっとしていた。しょうがない奴だ。
「ようやく見つけたぞ」
「……あ」
皆に心配かけやがってとか、俺をこれだけ走らせやがってとか、叱りつけてやりたいが、とりあえず事故や事件に巻き込まれたって様子でも無さそうで本当に良かった。
かなり走り疲れた俺はメアリーの隣に腰かけた。楽しかったデートの余韻ぶち壊しやがって。
「帰ろう、親父とお袋も心配してる」
「……帰りたくないわ」
「……家出か? 何か嫌なことあったのか?」
顔を合わせるのは朝に寝顔を見た時以来だが、今までの間に何かあったのだろうか。親父とお袋が叱りつけたということもあの様子からは考え辛い。
「嫌なこと、いっぱいあったわ。うんざりするくらいね」
「例えば?」
「あんた、今日誰とどこで何してたのよ」
「いや、質問を質問で返すなよ」
「答えなさいよ」
何で探しに来た俺の方が詰められてるのだろう。ともかくメアリーは虫の居所が悪そうだ。これで彼女と不仲のクリスさんと楽しくデートしてたなんて本当のこと言えませんよ。
「ちょっと男友達と遊びに行ってたんだよ」
「嘘つき。あの女と楽しそうにしてた癖に、パン屋行く途中で私見たんだから」
しまった。トラップだった。見られてたんかーい。ルネッサンス。
「はい、すみません嘘つきました。確かにクリスさんと遊びに行ってました。けど休みの日に俺が何しててもメアリーには関係無いだろ」
秘儀、手のひら返し&開き直り。そりゃ自分が嫌いな女と俺が仲良く遊んでたら嫌かもしれんけどさ。俺にもそのくらいの自由はあってしかるべきだよね。今は従者でも無くお互い対等だし、公爵家とか家柄も気にする必要無いし。
「……うぐぐ」
俺が正論を言ったからか、メアリーは下を向いて押し黙った。と思ったらぽろぽろと涙をこぼし始めた。
ええっ……どんだけクリスさん嫌いなのん? 俺そんな悪いことしたかな。客観的に考えてもして無いと思うんだけど。
「ごめん。悪かったよ。だから泣くなって」
まず謝って、次にハンカチを差し出したら、その手をべちんと叩かれて拒絶された。俺のハンカチいつもこんな目に合うな。
「優しくしないでよ! 私に構わないで!」
「無理言うな、目の前で泣かれて放っておけるか」
本当に今日はどうしたんだこいつは、原因が分からない為、今までの癇癪より宥める難易度が高いぞ。
「……あんた、本当は私のことどう思ってるの? 答えてよ」
「好きだよ。そうじゃなかったら探しになんて来ないよ」
俺はその問いに対して、間髪入れずに答えた。嫌いでは無いとか、多分好きだと思うとか、そんな曖昧で玉虫色の答えはまず期待されていないし、この場での最適解では絶対に無い。
「……本当?」
「ああ、今じゃ誰よりも大切に思ってる」
本当にそう思ってるよ。昔ならともかくな。出来ることなら幸せになってほしいと思ってる。
「……信じられない。本当は私のことめんどくさい女と思ってるんでしょ」
「そんなこと思ってない」
嘘です。本当はかなり思ってます。
「私のことが本当に好きなら証明してよ」
「証明?」
抱き締めろとかなら望むところだぞ。力いっぱい抱擁してやる。バッチこい。
メアリーは雑木林とは逆の方向を指差した。指し示したのは崖の方だ。落下防止用の杭の形した木製支柱が何本も刺さっている。遠くには民家の明かりが見える。
「そこから飛び降りて」
「嘘やん…」
ここは山という訳では無く丘程の高さの場所だが、それでも崖からの斜面は緩やかでは無いし、落ちたらまず只では済まない。怪我で済めば恩の字というレベルだ。
「それくらいしてくれたら信じるわ、あんたの言葉。やってよ今すぐ」
彼女の無茶苦茶な言い分は今に始まったことではないけど、いくらなんでもそれは……。
「本当に私のことが好きなら出来るでしょ? 出来ないの?」
いつもなら一笑に付して拒否するところだが、強気な言葉を発しながら今も彼女は泣いていた。
そんな顔はしないで欲しかったし、言葉だけでこの場を丸く上手く収めようとしたツケが回ってきたと思った。
「分かったよ。やるよ」
「……え?」
俺は覚悟を決めた。崖から飛び降りる覚悟では無い。
崖の方へゆっくり歩を進め、腰くらいまである落下防止用の木製支柱に手をかけた。
結んであるロープを大股で飛び越えれば、下に落ちることになる。暗くてよく見えないが、木も生えてるし、落ちたら枝で全身切り傷だらけにはなるだろう。おまけに骨折くらいはしそうなくらいの高さはやはりある。
男は度胸。今まで皆ありがとう。
意を決して飛び越えようした時、後ろから抱きしめられた。
「……ごめんなさい、嘘、もうやめて」
「そうか」
俺が決めた覚悟とはメアリーを信じる覚悟だ。昔と違って、今の彼女はいたずらに誰かを傷つけるようなことはしない。きっと止めに来てくれるだろうと信じて、それに賭けた。ずっと一緒だったから贔屓目でそう考えたが、もし間違ってたなら俺は素直に落ちようと思った。
今の彼女はいつも以上に情緒不安定だ。何があったかは知らないが、見るからに感情がぐちゃぐちゃで発言はちぐはぐだ。
背中のシャツが生暖かく湿っていくのが分かる。メアリーは鼻水と涙だらけの顔を押しつけ、泣きながら何度も俺に謝った。
一歩間違えば自殺教唆だ。また彼女の悪女伝説に一つ悪行が刻まれてしまった……。
身体を反転させて、泣いている彼女に向き合って、またベンチの方に座るよう促した。彼女は素直に聞いてくれた。
ベンチに座りながら、未だ涙が止まらない様子の彼女に胸を貸しつつ、その頭をよしよしと撫でながら彼女が落ち着くのを待った。ぐずる赤ん坊を宥めるがごとく、たまに背中もさすってやる。
「……アル、ほんとに私のこと好き?」
「ああ、世界一好きだよ」
しゃくりあげながら、鼻をすすりながら泣いている彼女を安心させる為、優しい言葉を吐いた。告白かな?
「私は嫌い、大っ嫌い」
そして一瞬でフラれた。だいぶショック。
「こんな自分が嫌い、めんどくさくて、嫉妬深くて、陰湿だし、姑息だし、暴力的で短慮だし、何より可愛くない……」
意外だ。思ったより自分のことが見えているな。いつも自信満々な癖に、ほんとどうしたの今日は。
「今日お姉様が家に来て言われたの、貴族に戻らないかって、私が戻りたいならまともで優秀な貴族の子息と縁談させてやるって言われたの」
「えっアイリス様こんなとこまでわざわざ来たの?」
そういうことか。あの偉そうで実際偉い人に、色々苦言を聞かされたんだろうな、だからこんな弱ってたのか。数少ないメアリーにずかずか言える人筆頭だもん。言葉結構キツいし、あの人も微妙に不器用なんだよな本人には言わないけど。
「私、断ったわ。今の暮らしも悪くないって思ってきたし、皆が優しいし、それにアルがいるし」
あ、嬉しい。キュンとした。ふざけてるわけじゃなくてほんとに嬉しい。我慢させてるんじゃないかと思ってた平民生活をそう思ってくれてたことが何より嬉しい。報われた気持ちになって俺も泣きそうだ。
「でも、あの女とアルが一緒にいるとこを見て、気づいたの。本当は私がいない方が皆幸せなんじゃないかって」
「そんなこと無い」
「嘘よ、私が居なかったらアルだってあの子と気兼ねなく遊べるわよ。こんな邪魔な女、他に居ない……だから、縁談受けようかなって考え直してたの」
折角少しずつ落ち着いてきたと思ったのに、メアリーはまた泣きだしてしまった。
「本当にごめんなさい。こんなめんどくさい女がアルのこと好きになって、本当、最悪」
そう言ってさりげなく俺へ想いを伝え、すすり泣く彼女が、たまらなく愛おしく感じてしまった。普段とのギャップがあるからなおのことだ。
言葉で伝えても伝わりきらないであろうこの気持ちを伝える為、俺は彼女の顔を上げさせ、抱きしめながらその唇を奪った。
「……んむっ、…………ん」
お互いの唇同士の触れ合い。勇気を持って舌を絡めると、彼女もそれを受け入れてくれた。
彼女がどう思ってるかは知らないが、俺に出来ることは精一杯の愛を持って、彼女に思い知らせることだけだ。
「……んちゅ……んん……」
メアリーが居ないと寂しい、お袋や兄貴達だけでは無く、長く一緒にいた俺が一番寂しい。その想いをキスで伝えた。
時間にしたらほんのわずかな時が過ぎ、俺はぷはっと唇を離した。彼女は名残惜しげに俺の口元を見ていた。涙は溜まっているが、その目線はいくらか熱っぽい。
「離れたくない、ずっと一緒に居たい」
「お、女の子の心が弱ってる時に、告白するなんて卑怯、最低」
「卑怯でも最低でも良いよ。お前の泣き顔はもう見たくない」
メアリーの柔らかくも細い身体を抱きしめながら臭い台詞を吐くと、彼女は嬉しそうに笑った。
世界の何処かでおいおいと男泣きする声が聞こえたような気がするが、幻聴だろう。
ともあれこれにて一件落着、愛を持って平和的解決。やはりラブ&ピース、愛が全てを解決する。
「じゃ、帰ろうか、皆心配してるだろうし」
「帰りたくない」
そう言ってベンチから立たせようとしたが、メアリーに引きとめられた。今の"帰りたくない"は最初に言っていた帰りたくないとは意味合いが違って聞こえた。
先ほどまでの悲壮感はどこへやら、蠱惑的な笑みを浮かべた彼女は俺の手を持つと自分の胸に押しつけた。
むにゅう。勿論音は鳴らないし、彼女は中々のお餅をお持ちなので、無乳という意味でもない。ただ俺の左手の感触が脳内にそう伝えただけだ。
「アル、……好き」
「あ、あの? メアリーさん?」
「お姉様が言ってたの、今公爵家には領を統べる世継ぎが居ないって、お父様は後妻を取る気は無いし、お姉様は王族になったし」
「つ、つまり?」
「私が子供を作ったら、その子は公爵領を継げる可能性があるわよね」
メアリーはそう言って、舌なめずりをしながら艶めかしく身体を密着させてくる。心なしかその目は何処か焦点が合ってないような気がする。
呼吸もはぁはぁと粗くなってるし、茹でダコのように顔も真っ赤だ。もしかしてメアリーさん発情してません?
「ちょ、待って、親父とかまだ探してるかもしれないし、早く帰ろう? なっ?」
「そんなこと言って、胸から手を離して無いくせに」
しょうがないだろう! 俺だって男だ。この感触には抗えない、自分から揉んで無いだけまだ理性が残ってる。
「ちょ、ほんとに待って」
「待たない。私のこと好きなんでしょ。じゃあシましょ」
「何をとは敢えて聞かないけど、やめよう。こんな場所でなんて、淑女だろ?」
さて、このままでは理性が不味いので、現在進行形で行われることは気にせず、別のことを考えよう。
そうだな、トウシン・サンジェルマンは俺の一つ下の男の子だ。
ハーケン村の小さい子供は毎日のように教会に行く。村に教育機関が無い為、神父やシスターが慈善事業で学校の真似ごとをしているのだ。
両親共働きなんて家も多いので、働いてる間に子供達の面倒を見てくれる教会というのは実にありがたい存在なのだ。
トウシンは他の子供達に、髪型や実家が金持ちなのをネタによくからかわれており、その度に助けに行ったのだが、俺に感謝するどころかむしろ気に入らないという態度だった。
まぁそれも子供特有の、感情に素直になれないってやつだったらしく、たまにお礼だって言って菓子とかくれたりしたけどな。
俺が7歳の頃、公爵家に行くと知ったら泣きながら見送りに来たし。あの頃は可愛げがあったんだけどなぁ。
そんなことを考えていると現実世界では20分程度経っていたらしい。時間が過ぎるのは早い。
俺はぐったりとしたメアリーを背負いながら、家に向かって歩いていた。
とりあえず、嫁入り前の女の子を傷物にするような事態は避けられたと言っておこう。
滅多に人が来ないとはいえ、外ではしたないことは出来ませんよ流石に。
家に帰ると、親父もちょうど帰ってきたところで、俺達はお袋から手厚く出迎えられた。
とりあえず、一件落着で問題が解決したことを両親に伝え、メアリーも心配かけてすまなかったと二人に謝った。
俺とメアリーの距離が以前より近くなっているのを両親ともに気づいていただろうが、特に指摘することもせず、既に冷めてしまった夕食の用意をしてくれた。
時計の針は進み、平和で幸せで温かい時間も過ぎていった。
そして夜、その時は来た。
俺の部屋には、いつものパジャマ姿ではなく、紫のネグリジュに身を包んだメアリーがいた。
一緒に住んでいるせいで、どれだけ俺がヘタれても結局据え膳は用意されてしまうのである。ベッドに座りながら変な汗が出る、夏だからねしょうがないね。
「本当に後悔しないか?」
「うん。アルに私の全部、貰って欲しい」
可愛いんだけど、なんか幼児退行してない? それはそれとして、俺ももう正直色々限界です。心臓がずっと滅茶苦茶跳ねてる。友達がいるなら今すぐ相談しに行きたいくらいに緊張してる。
両親は一階で防音もヨシ! 明日も仕事は休みだからその点もヨシ!
こうして俺達は、二人でトランプした。嘘です。お互いの愛を確かめ合った、とでも言えば良いのだろうか。
俺が初めてだったからか、彼女の身体が特別なのか、互いの相性が良かったからか。理由は分からないが、愛の炎はキャンプファイヤーだ。支離滅裂な言動は羞恥心から来てます。
「アル、好き」
「俺も好きだよ」
「私の方が好き」
「いや、俺の方が好きだから」
「は? ヤんのか?」
「は? 分からせんぞ?」
こうしてバカップルの夜は更けていった。




