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第十四話 デート前日の緊張は半端ない


 アルベルトがクリスからデートの約束を取り付けられている頃、所変わって王都にあるルドルフ公爵の執務室では、銀髪の紳士、ルドルフと、風光明媚な金髪の女性、アイリスが正面から対峙していた。アイリスの眼光は鋭く、実の父に対する視線には非難が込められていた。


「で、何の用で来た? 王妃様?」

「惚けるな。親父殿、メアリーを公爵家から追い出したらしいな。それと、私はまだ王子妃だ。間違えるな」

「その件か、ことさら広めたつもりは無いのだが、人の口に戸は立てられんらしい」


 アイリスは言葉に精一杯の怒気を込めた上で発言をしたが、ルドルフは全く気にしていない素振りでわざとらしく肩を竦めた。


「それで、愚妹はどこへやった? 時間の無駄だからさっさと教えろ」

「それを聞いて王子妃様はどうする気だ? そしてその言葉遣いはどうにかならんのか、せめて父上と呼べ」

「親父殿のことだから修道院や教会ということはあるまい。何処かの木端貴族に無理やり嫁がせたのなら、即引っぺがして連れ帰らせる」


 アイリスは本気だった。一昨年自分が卒業した後、入れ替わりで入学したメアリーが、学園でも相変わらず愚行を繰り広げていたことは少なからず聞いてはいたが、それをふまえても、血のつながった妹が不幸になるのを傍観することは彼女に出来なかった。


「お前は昔から他者に甘いのだけが欠点だな。上に立つ者として無駄な情は切り捨てた方が良いと忠言しよう。今回の件はアレの自業自得だ」

「あなたは考え方が古いな。私は自身の甘さを誇りに思っているし、今までに切り捨てた方が良いと思った情など一つも無い」

「理想論を語れるのは若いうちだけだ。もう成人したのだからいい加減現実を見るんだな。小娘」

「老いたから妥協を覚えただけだろ。老害が。いいからとっとと吐け」


 アイリスは怒ってもいたが、同時に焦っていた。彼女の想像の中で、メアリーは今頃泣き叫びながらどこかの脂ぎった貴族にその肢体を弄ばれているか、路上に捨てられた犬のように当ても無く彷徨っているかのどちらかだったからだ。


「……アルベルトが引き取りたいと言ってな。今までの溜めこんでた給金と退職金を吐き出してな」

「アルベルトが? あいつは平民だぞ? 親父殿がそれを了承したのか?」

「そうだ」


 それを聞いたアイリスは、彼女の中で今にも破裂しそうだった怒りで造られた風船が、しゅるるるとしぼんでいったような、振り上げた拳の持って行きどころを失くしたような、まさに肩すかしの気分を味わいながらも、心底ホッとしていた。


「それなら問題無いだろう。あの変人なら愚妹にも無下なことはしまい。全く人騒がせな」


 アイリスの安堵したような声には先ほどまでの怒気は含まれておらず、今までの張りつめた空気はその場から消え去っていた。


「どうかな。アルベルトも男だ。今頃アレも嘆きながら姉の助けを求めているかもしれんぞ。私にはもう関係ないがな」

「親子そろって面倒な性格しおって、まともなのは私だけだな公爵家は。では失礼する。父上が実はツンデレだと知れて良かったよ」


 その端正な顔をほころばせながら、話は済んだとばかりにアイリスは踵を返して執務室を後にした。


 足取りは軽く、執務室へ来た時に比べ機嫌は良さそうだった。


 彼女は馬車の手配を早々に済ませると、ハーケン村に向けて出発した。


 妹とその従者に久々に会う為だけに、王子妃がわざわざ地方の村へ出向くのは異質な光景では有るが、誰も指摘する者は居なかった。




◇◇◇




「ふんふんふーん♪ ふんふんふーん♪ って! ちょっと!」

「あ、悪いミスった」


 明日の初デートのことは気がかりだが、俺は毎晩の決まりであるメアリーとのダンス特訓をしていた。昨夜は祭りの件もあって流石に休みにしたので一日空けてはいるが、この練習はほぼ毎日行われている。


 あくまでメアリーから習った俺の理解の範疇内だが、社交ダンスとは音楽に合わせて男女が手を取り合いながら前後左右に足運びをする踊りだ。


 練習の際の音楽は毎回メアリーが鼻歌のように口ずさみながら、その歌に合わせて二人で足運びを行う。


「なんか今日は身が入ってないように思うのだけど?」

「実はお前のせいでもあるぞ」

「はぁ? 人のせいにしないでよ」


 この前、初めて彼女から手ほどきを受けた日、社交ダンスの練習は思ったより恥ずかしかった。貴族の踊りとは優雅でお洒落なイメージだったのだが、端的に言って、煩悩まみれの俺には刺激が強すぎた。


 まずパートナーである異性の距離が近いどころか密着する。お互いの両手は繋がれて目の前には麗しの少女の顔が有る上に、彼女の豊満な胸部装甲が俺の胸辺りと接触する訳だ。普段真面目に踊ってらっしゃる貴族の皆さんには本当に申し訳ないですけど、こちとら思春期、踊れば踊るほど凄いよこしまな気持ちが湧いてきました。


 おまけに汗だくになったメアリーの紅潮した顔とか、息切れしながら漏れる吐息の声とか、汗で顔に張り付いた髪の毛とか、正直言ってその姿は性的過ぎた。


 それでも鋼の心を持って、今まで彼女には気取られずに平常心で練習はしてきたつもりだったが、今日は心を乱された。


 いつもの機能性重視の平民の野暮ったい服装と違い、暑いからだろうか、今晩の彼女の服装は胸元が開いた白いワンピースだった。


 女性にしては身長が高いメアリーだが、それでも男と女、そこそこ身長に差がある為、ちょうど下に目を向けると彼女の白い肌がまぶしく見えてしまうのである。それが気になって練習に集中できんかった。


「いや言い訳してすまん。これは俺の問題だな」

「全く、しっかりしてよね。……今日はこのくらいにしとくわ」


 そう言って俺達は繋いでいた手をどちらともなく離した。


「昨日のキスのことなら何度も言うけど気にしなくていいわ」

「ああ、もうあまり気にしてないよ」

「嘘つき、今日全然集中できて無かった癖に」


 その件ではなく、お前の服装が薄着過ぎて集中できなかったと、今後の為にも正直に伝えた方が良いのだろうか。

 

 いや、でも本番はドレスで踊ることを考えたら露出具合は恐らく今日と大差ないな。となるとやっぱり問題なのは俺の方か。慣れるしかないな。


「キス一つでうろたえ過ぎなのよ。いくら私が可愛いからって、女慣れしてない証拠よね。なんならもう一回してあげよっか? 勿論練習だけど、あんたはそれでも嬉しいんでしょ」


 馬鹿にするように、あるいは誘惑するようにそう言って、彼女は自分の唇を人差し指でなぞりながら上目遣いで俺を見た。


 この女、完全に俺のことを嘗めていやがる。俺がそんな誘惑に乗るとでも思っているのか。


 あれ、でも今誰も見て無いし、メアリーは可愛いし、これ俺が下手に出たらもう一回キス出来るの? いや待て早まっちゃ駄目だ。いくら多少改善されたとはいえこいつの性格が最悪なのを思い出せ。これは俺を貶める為の策謀の一つ。そう考えるのが正しいし、古今東西美女の誘惑に釣られた男達の末路はろくなことにならないのは歴史書を紐解けば明らかなのである。


 ならば俺のすることはただ一つ、立場の違いというのを分からせてやるのも元従者の務めか。


 俺はメアリーの肩の上を包み込むように手を置いて真剣な表情で彼女を見つめた。


「ちょ、アル……ほ、本気なの?」


 男の怖さというものを甘く見ているメアリーを多少ビビらせてやろうかと思ったのだが、見るからに焦って動揺してる姿を見るとそんな気も薄らいでいってしまった。


「確かに俺は女慣れして無いし、正直今回はかなり動揺した。けど、淑女なら自分を安売りする様な真似は止めろよ。貴族社会はどうか知らないけど、愛情表現っていうのは、こっちでは本当に好きになった人にだけする行為だ」


 出来るだけ真面目な顔をしながら、諭すように言った。少なくとも俺は、男心を弄びたいとか、誰かに魅せつけたいとか、そう言った理由で男女がキスすることは良くないと思った。この発言に自信は無い、もしかしたら俺は古い人間なのかも。


 実際、見合いとか家柄とかで婚約者が決まったりする貴族の恋愛観と俺の考えはかけ離れているものかもしれない。


「ふん、偉そうに言うのね。嬉しそうだったくせに」

「確かに嬉しかった。実は初めてだったしな。だけどそれとこれとは別問題で、うちの家では魔法と暴力に加えて不純異性交遊とそれに準ずる行為は禁止します」

「ふーんやっぱ嬉しかったんだ。ま、別に良いわよ。さっきのはあんたをからかっただけで、元々私の唇はそんな安くないから」


 真摯に訴えたからか、俺の古い恋愛観が受け入れて貰えたかは分からないが、とりあえず要望は通ったみたいです。


「あと、初めてじゃないでしょ。子供の時によく私とその、シてたじゃない」

「え? いや全く記憶に無いけど、誰かと間違えて無い?」

「……あ、そっか。そうね誰かと間違えたかも」


 その歯切れの悪い返答に多少モヤモヤとしたものは残ったが、本日のダンス特訓も終了したので、俺達二人は家の中へと帰って行った。





 深夜、仕事や運動で疲れているはずなのにどうにも寝付きが悪かった。


 考えられる理由としては、明日行われる記念すべき第一回女の子とのデートに思考が引きずられていた。


 女性経験の無さをメアリーにからかわれたが、改めて思い返すと本当に灰色の青春時代を今まで過ごしてきたように思う。


 公爵家本家の頃も、学園時代もあの性悪に振り回されてばかりだったし、異性の友人もいたような気はするが、同い年の女の子に常にこうべを垂れている情けない姿を見られた後はいつの間にか疎遠になっていった。


 そんな昔のことを思い出して、眠気を誘っていたのだが、部屋の扉を叩くノックの音で、うつらうつらしていた意識が覚醒してしまった。


「……夜中何時だと思ってんだよ」


 ボソっと文句を言いながら扉を開けると、そこに居たのはやはり迷惑千万と言えばこの人というか、案の定メアリーだった。


 星の絵柄が入ったピンクのパジャマを着て、両手に抱えるように以前射的で取った熊のぬいぐるみを抱きしめている。


「で、なんの用ですか?」

「……一緒に寝て」

「ほわぁ!?」


 深夜なのについ大きな声を出してしまった、はしたない。いやはしたないのは目の前のこいつだ。


 子供の頃ならまだしも、お互い今いくつだと思ってやがる。今日注意したばかりなのに、もうクロワッサン家の公序良俗に違反してくるとは、中々ふてぇ奴である。


 扉を閉めて追い返そうかと思ったら、この寝苦しい暑さの中だというのに、メアリーの身体が震えているのに気づいてしまった。


「……怖い夢でも見たのか?」


 その問いかけに、メアリーはこくんと無言で頷いた。


「お袋呼んでこようか? 流石に男女で一緒に寝るのはマズいだろ」

「……アルがいい。別に変なことしないからお願い」

「いや、それはお前はしないかもだけどさ」

「あんた変なことする気なの?」

「しないけどさ……」

「じゃあ良いでしょ?」


 どれだけ怖い夢だったのだろうか。最近は素直に言うことを聞くようになっていたメアリーだったが、今回は折れること無く強引に部屋に入ってきた。


 俺の布団に素早く入った彼女は手招きしながら隣に来るよう促してきた。 


 本当、17歳の女の子としてどうなんだろう。慎みが無いよね。全く、しょうがないなぁ。


 こうしてガワだけは美少女なメアリーと添い寝で一晩過ごすことになった。


「……退学になる前、学園にいた頃の夢を見たの」


 夏用の薄い毛布に包まれながら、メアリーがぽつぽつ話し出した。


 正直もう夜も遅いんで、とっとと寝て欲しかったし、他人が見た夢の話とか興味は全く無かったから勘弁して欲しかった。


 それにしても学園時代か、最後に学園に通ってたのは2週間くらい前の話だが、遠い昔のことのようだ。


 王子から婚約破棄された後、公爵家からの仕返しが無いと分かるや直ぐに、メアリーは貴族生徒達からの悪意を一身に受けた。

 

 卵とかトマト投げつけられたり、バケツの水をかけられたり、机に花瓶が置いてあったり、これまたありがちな嫌がらせを不特定多数から受け、誰にも助けを求めなかった彼女は段々と擦りきれていくようだった。


 被害者からの報復ならまだしも、むしろ今まで関わってこなかったような奴等が面白がりながら正義面して嫌がらせを行っていたのだから貴族ってやっぱ性格歪んでるんじゃねえかとつくづく思う。何故かメアリーが抵抗もろくにしなかった為、嫌がらせは段々エスカレートしていった。


 いき過ぎた正義が膨れ過ぎた結果、メアリーは数人の男子生徒から襲われそうになった。確かアクズとかいう名前の子爵のお坊ちゃんが首謀者だったが、偶然にもクリスさんの時と似た様な状況になっていたのは皮肉がきいていた。


「手、握っても良い?」

「お好きにどーぞ」


 その返答を聞いて、彼女の手の指が俺の手に絡まるのを感じた。


 俺は紳士だからね。彼女が泣いてたらハンカチくらい貸すし、震えてる時は手くらい貸すよ。


「やっぱり、アルの手握ってると安心する」

「それは良かったから早く寝ような?」


 話しかけるなとまで言うと怒られそうだったので、口には出さなかった。


 代わりに出たのはひと際大きな欠伸だ。段々と良い感じの睡魔が襲ってきた。


 明日のデートの事はなるべく考えないように、俺は深い眠りの海へと沈んでいった。


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