第十三話 ドキドキ恋愛相談
やまない雨が無いように、明けない夜もまた無い。昨夜のメアリーの暴挙に対する脳内ワニワニパニックを未だ処理できていないというのにもう朝が来てしまった。
昨夜は途中まで確かに祭りを楽しんでいたのに、家に着く頃には打って変わって気が重くなってしまった。
いっそこのまま布団から出なくて良いならどれほど素晴らしいだろうか。しかし残念。今日もフローラさん家への出勤日なのさっ。
もし昨日のことが夢ならば、この後メアリーに会っても通常運転で接する自信はあるのだけれど、あの生々しい唇の感触は現実としか考えられない。
……柔らかかったな。
嗚呼、煩悩に支配されてしまう。果たしてアルベルト・クロワッサンという男はキス一つでここまで心がかき乱されるような人間だっただろうか。
幼少期は使用人の間で"修行僧"だとか不名誉なあだ名で呼ばれてるくらい何事にも動じない人間だったはずなのだ。俺は。
俺はあの頃と変わってしまったのだろうか? ま、数年も経てば人の性格も変わるか。それに俺も今や17歳でギリ思春期だしな。心が多少乱れるのはしょうがない。にんげんだもの。
実際、昨夜から自室の布団の上で一人、暴れるミミズのようにのたうち回ってる俺はまさに絵に描いたような思春期の少年っぷりだ。
今のこの有様を昔の同僚に見られたら、遂にアルベルト君も心を手に入れることが出来たんだね。とかコメントされそうだ。俺はオズの魔法使いのブリキ男かよ!
「さー! 起きるぞー! 朝だ! こんなとこに居られるか! 俺は起きる!」
心の中でセルフツッコミを入れた後、自らを鼓舞して俺は布団からはい出た。
鏡を見ると、いつもの通りの仏頂顔をしたイケメンの男がいる。おはよう今日もハンサムだね、と鏡に住んでる男に挨拶した。
昨日はお祭りを回って楽しんだ。その後ちょっとごたごたしたけど、それだけのことだ。
窓を開ければ相変わらず空は青いし、蝉は鳴いてるし、鳥は飛んでる。世界はいつも通りの色をして回っている。見える景色は昨日と何も変わっていないし、それを見ている俺だって、昨日と何も変わっていないはずだ。
その後、いつも通りの朝のルーティーンを済ませた後、俺はメアリーの部屋に向かった。
「おはよう。もう起きてるんだな」
「おはよ」
部屋に入るとパジャマ姿のメアリーがいた。その姿を見て内心動揺する。彼女の部屋なんだから居るのは当たり前なんだよ。何故俺は動揺するのか。
挨拶を済ませてから、いつの間にか毎朝の日課へと昇華されてしまった、彼女の髪のブラッシングを行う。
何度見ても綺麗な黄金色の髪を梳いている間も彼女の様子は普段通りだった。少なくとも俺にはそう見えた。
やはり彼女にとっては、自らが言うように昨日のことはあまり深い意味は無かったのだろう。
クリスさんが気に食わなかったから、彼女を悲しませる為に、俺にキスした。つまるところはそういうことで、それ以下でも以上でも無いわけだ。
「昨日のことなんだけどさぁ」
「どれのことよ」
「いや、俺にキスしたじゃん。しかも二人の目の前で、それ以外無いだろ」
「ああ、そ、そのことね。あったわねそんなことも」
……なんか、微妙にとぼけてる様子がにじみ出てるよな? 流石に厚顔無恥のメアリーと言えども一晩経って冷静になると、自分の行動について思う所があったのだろうか。
ここで、誰にでもああいうことしてんのか? とか、本当は俺のことが好きなんだろ? とか発言する奴は、メアリー検定に合格できません。
そんな不用意な発言をする奴はすかさず彼女の拳によって黙らされることでしょう。
勿論、伊達に専属使用人を10年以上やってない俺は、きちんと最適解を導き出せます。なんて世の中の役に立たない特技だ。
「今度からキスする前に味の濃い物食べない方がいいぞ。された方は直前に何食べたか分かるからな?」
……無言で頬を引っ叩かれました。まだ髪型を結んでないのに部屋から追い出されました。残念ですがメアリー検定不合格です。
乙女心が分かんない。分かんない。分かんない。
俺は頭を抱えた。あーあーもうしーらね。職場に行ってきまーす。
「どうしたんだい、珍しく悩んでいるね。アル君」
「そう見えますか? フローラさん」
私情を職場に持ち込むなんて、折角働かせて貰ってるのに良くないな。気持ちをちゃんと引き締めないと。
「仕事もいつも通り完璧にこなしてくれているし、表情も特に変化は無いけど、なんとなくね。そう思ったんだ」
「やっぱり画家さんの観察眼は流石ですね。普段通りにしてたつもりなんですけど」
「画家としての、と言うよりは女の勘ってやつかな。一応こんなのでも生物学上は女なのでね」
「一応も何も、誰から見てもフローラさんは魅力的な女性ですよ」
この相変わらず掴み所が無い人はどこか謙遜が過ぎるきらいがある。何故か自己評価がやたらと低いのだ。
「お世辞でも君にそう言って貰えると、素直に嬉しいよ」
「いや、お世辞じゃないですって」
実際彼女は美人だ。西洋人形の様な美しさを持つメアリーや、妖精の様に愛らしいクリスさんとは違い、まるで彼女自身が一枚の絵のような、周囲の風景と隔絶されている圧倒的存在感が綺麗だと感じる。
すらりと長い手足や雪のように白い肌はどこか儚げな印象を与えるのに、矛盾したような妖艶な美が醸し出ている。
「話が少しズレてしまったね。困った事があるなら気軽に話してくれていいよ。申し訳ないことに解決できるかは分からないけど、助力は惜しまないよ」
「ありがとうございます。フローラさん。………………聞いてくれますか?」
俺の思春期特有の、顔を覆いたくなるような恥ずかしい話を相談するかどうかは悩んだ。
だが、自分で考えても分からないことがあった時は、他人に聞くのが最善である。これ、社会の常識ね。聞くは一時の恥だけど聞かぬは一生の恥になるとは言い得て妙である。
「何から話せばいいのやら、実は昨日のお祭りに同い年くらいの女の子と一緒に行きまして」
「なるほど、色恋の悩みだね」
「えっ!? そうなのかな? ……そうなのかも?」
「いいね。実は持病持ちで、なんて語り口で来られたらどうしようかと思ったよ。男女で祭りの日に逢い引き、少し妬けてしまうくらいだ」
「……真面目に聞いてます?」
「勿論。大真面目さ」
少し疑わしいが、彼女は俺の様な小僧とは違い、酸いも甘いも噛み分けて立派に自立している一人の女性だ。年齢は未だ知らないが少なくとも俺より年上である女性のアドバイスは、五里霧中な今の状況下では是非とも欲しい。
「そこで、その子にキスされたんですよ。でもちょっと状況が特殊でして、どうも俺に好意的な別の子に魅せつけたくてキスした……みたいな」
「ふむ。モテモテだね。アル君」
「茶化さないで下さいよ。それで、そのキスした子との距離感を測りかねてるというか、俺自身どうしたいのかも良く分からなくて」
うーん。自分で言うと凄い恥ずかしいぞこれ。カウンセリングのような羞恥プレイを味わってる気分だ。
「ふふっ。少し安心したよ」
「何がですか?」
「君は少し大人び過ぎていたからね。きちんと歳相応の可愛いところが見れたことに、かな」
「隠居した爺みたいな性格してるとよく言われてきましたけど、これでも17歳ですよ」
「きっと君は自分に自信が持てない人間なんだろうね。私と似ている」
「……似てますかね? 誰にでも当てはまりそうなこと言ってませんか?」
「そうかもしれないね」
本当に掴み所が無い人だな。悩み相談をしているつもりなのに、会話の中で俺という人間を観察して推し量っているような気がする。
「君は分析力に優れているのだと思う。答えにたどり着くことより、客観的に物事を見て自分を安心させたいんだろうね。自分の立ち位置を確認したいという欲求があるのかな。仕事を完璧にこなそうとする姿勢も、自分という人間の価値を確立させようと無意識的に考えてるんだと思うよ」
まるで全てお見通しとでも言うようにつらつらと彼女は語った。
「それは決して悪い事じゃない。誰だって自らを客観的に見て、感情を理性で抑えて生きている。だけど、君はそれが少し強すぎる。そうなった原因は分からないけど、自分の感情を完全に押し殺して理性的に行動し過ぎている。だけどそれはある意味人として欠陥しているとも言えるね」
「俺の自己分析を代わりにお願いしたつもりはないんですけど」
「いやいや。これは非常に大事なことさ。特に色恋の悩みには、こころが深く関わってくる問題だからね。しかも、君は自己評価が低いせいで他人からの好意を素直に受け止めることが出来ていない。もう少し自分を好きになってみたらどうかな」
「もうやめましょう。フローラさんの話を聞いてると余計に迷走しそうです」
「そうかな。本人が言うならしょうがないね。出過ぎた真似をしてしまって済まなかったね」
「いえ、こちらこそ、話を聞いて貰っただけでもありがたかったですよ」
その日の仕事を終えて帰る時、フローラさんから別れ際にアドバイスを貰った。
「アル君が今対面している問題は直ぐ解決すると思うよ。月並みな言葉だけれど、自分の気持ちに正直に向き合うことが大切だよ」
「本当に月並みな言葉じゃないですか」
「先人達は偉大だからね。青春、とても良いね。若い頃を思い出すよ」
「まだフローラさんは若いでしょう。ちなみにいくつなんですか」
「あ、もう一つ月並みなアドバイスすると女性の歳は聞いちゃ駄目だよ。デリカシーデリカシー」
ち、さらっと聞けばイケるかと思ったのに、謎は深まるばかりだぜ。
帰りの道中を歩いていると、草むらから飛び出してきた野生の美少女とエンカウントした。
「や、やあアル先輩、こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「クリスさん! あ、どうも昨日ぶりです」
ぺこりと頭を下げて挨拶する。そこそこ大きい村なんだけどなんで今会うかなぁ。アウラさんが居ないのは唯一の救いか。
うーん。正確にはキスしたとこ見られて彼女が走り去った時ぶりだから、これまた何話せばいいのか分からんぞ。逆に誰か分かる人いる? もし居たら教えて。
「すみません。こんな待ち伏せみたいなことして、ただどうしてももう一度お会いしたくて」
「今さっき奇遇って言ってたような……?」
「あ! そう、たまたま、たまたま会いました!」
もしかして、昨日の今日で俺の職場と家間の道と退勤時間調べられてるの? 怖っ! 貴族の情報収集力が凄いってだけだよね? 彼女個人で調べられてたらちょっと怖いし重いよ?
「それで、そのぅ……お二人は既に交際されてるんですか!?」
「あはは、全く無いです。あいつにとって俺は玩具か何かですよ」
「でも、キスしてましたよね?」
「大したことじゃ無いらしいですよ。あいつ曰く」
「おっしゃ!」
そう言ってガッツポーズをとるクリスさん。男爵令嬢としてはどうかと思うけど、感情のまま真っ直ぐに生きている彼女は俺にはまぶしく見える。
「明日、おしごとお休みですよね!?」
「な、なんで知ってるんですか?」
「たまたまです! たまたま!」
それは流石に無理があるだろ。
「それで、デートしませんか? 私お弁当作りますよ! じゃんじゃん好きな物とか入れちゃいますよ! アル先輩は何が好きですか!?」
「わーぐいぐい来るー」
「……ごめんなさい。こういう女の子嫌いですか?」
「何を馬鹿な。男なら誰でもあなたみたいな女性にお誘いを受けて嬉しくないわけありません」
「ほわー、カッコいい……」
「ちなみに好きなものは飲み物はコーヒー、茸ならエリンギ、野菜ならピーマン、魚なら鮭、肉なら鳥肉ですかね」
「分かりました! 私3つ以上のこと覚えられないので、手のひらにちゃんと書いときますね!」
「健忘症ですか?」
「違います! 好きな人が出来るとその人のことで頭いっぱいになっちゃうだけです! 強いていうならこれは恋の病です!」
「面と向かって言われると恥ずかしいのですが」
「ななっ、アル先輩とは言ってないですよ!? 好きな人がいるとは確かに言いましたけど!」
それは流石に無理があるだろ。(二回目)
「明日お昼前に家まで迎えに来ますね! お弁当楽しみにしててくださいね! 私は飯美味い系ヒロインなので! それじゃまた明日!」
「あ、はいじゃあまた明日、良ければ送って行きましょうか?」
「え!? 嬉しい! けど、大丈夫ですよ! すぐそこなんで、さよならー!」
そう言い残して、すったかたーっとクリスさんは走り去っていった。というかやっぱり実家も知られてるのか。怖っ。
デート、……デートか。な、何故だ!? ふ、震えてやがる……。まさか俺は、ビビってるのか!?
しかし明日とはまた急だな。お出かけ用のコーディネートしなきゃねっ!
◇◇◇
「折角なら送って貰えば良かったのに」
「うわっ!? アウラ見てたの!? いつから!?」
「や、やあアル先輩! から」
「最初からやんけ! 声くらいかけてくれれば良かったのに……」
「二人の逢瀬を邪魔するのもどうかと思って、良かったね。昨日のことはもう大丈夫?」
「う、うん。キスのことは、あのときは動揺したけど、もう平気。それに今はアル先輩が誰と付き合っても、最後に私の横にいてくれればいいかなって思ってる」
「一途と言えばいいのか重いと言えばいいのか分からないけど、親友の私は応援してる」
「うん。ありがとうねアウラ。はぁーそれにしてもアル先輩かっこよかったー仕事帰りだからかちょっと疲れてる顔も魅力的だったしそれでいて私へのフォローも忘れずにいるところとか紳士的で素敵だしお弁当に入れる物って意味で好きな物を聞いたら真っ先に飲み物が出てきちゃうところが天然で可愛いしいつか好きな物を聞いた時にクリスって言ってくれたらいいなぁそしたら私もアル先輩が好きですって返してお互いはにかみながら笑い合えたらきっと幸せだと思うんだよねうちはあんまり身分の差とか気にしないからお父様達も許してくれると思うしなんならアル先輩を使用人として雇うのもアリだよねそしたら執事服着て貰って毎朝起こしに来てくれたりとかお休みのキスしてもらったりとかしてもらえるかなアウラはどう思う?」
「ひえっ」
全24か25話予定で考えていたので一応折り返しです。
もしかしたら話数増えるかもですが……。




