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第十一話 クリスは可憐、アウラは世話焼き、メアリーは最悪

評価、ブクマありがとうございます。

多分賛否両論回。


 クーケンバーグ男爵と夫人の元に生まれた一人娘はクリスティーヌと名付けられ、両親から無償の愛をこれでもかとたっぷり注がれて育てられた。


 幼いころから活発だったクリスはよく屋敷から抜け出すと、市井の子供達に混ざっては日が暮れるまで、泥だらけになりながら遊んだ。男爵らはそのことにも当然気づいていたが、本人が毎日笑顔で過ごしていればそれで良いと考えて黙認していた。


 良く言えば元気いっぱい、悪く言えば男勝りな性格に育ったクリスであったが、そんな彼女に転機が訪れたのは8歳の頃だった。


 父に連れられて行った社交界のパーティーの際、後の親友であるアウラ・フォン・ライシュタット侯爵令嬢との出会いが彼女を少しづつ変えていった。


 クリスとアウラは初対面から直ぐに仲良くなった。他者との距離間が近く、どんな人でも寛容に受け入れるクリスと、大人しいが面倒見は良いアウラの性格は互いに似ていないのにやたらと馬が合った。


 二人は最初は子供らしく楽しい談笑をしていたが、やがてそれは主婦同士の井戸端会議の様な愚痴のこぼし合いへとシフトしていった。


 そしてつらつらとクリスから出た言葉の数々にアウラは戦慄が走った。


 曰く、ドレスは社交界の際に親に無理やり着させられる。普段は専ら短パン半そでを着て毎日野原を走り回っている。

 曰く、髪なんて動き辛いから短くしていたい。なんなら丸刈りでも良いけど親が許してくれない。

 曰く、女の子を苛めてた奴を拳で分からせただけなのに、親に怒られてしまい未だその件は納得していない。等とアウラの一般的な貴族子女の価値観からしたら信じられない言葉がわんさか出てくる。


 アウラは、見た目だけなら天使のように愛らしい友人が、貴族云々の前に花も恥じらう乙女として大きくズレているのを理解した。

 

 最早ズレているのを通り越して、生まれてくる性別間違えたんじゃないかと思うような男らしい性格は、なんとか矯正せねばなるまいと、お節介にもアウラはその日決心したのだった。


 その後も、領地が近いこともあり二人の交流は続いた。アウラの献身にも近い奮闘により、見事クリスは女の子らしさを少しずつ学びとり、外を歩く際にようやくスカートを穿くようになった。彼女らが10歳の頃である。クリスの両親はハンカチを片手に泣きながら喜んだ。


 二次性徴を終える頃にはクリスも立派に女の子らしくなっていた。色気より食い気な彼女は初恋すらまだだが、髪も伸ばして身体も女性らしく育ち、服装もまともになったので、少なくとも見た目だけはどこに出しても恥ずかしくない貴族の令嬢だった。


 15歳になり、彼女らは貴族の義務として王都にあるアメス学園へ通うこととなった。


 大勢の新入生の中でも、愛らしくも整った顔をしているクリスの可愛さは特に人目を引いた。男子学生がクリスを見て頬を染めるたび、この子は自分が育てたと内心アウラは誇らしげだった。


 だがメッキというのは直ぐ剥がれるもので、段々とクリスの本性はばれていった。


 なにせ講義中に隠れてパンを食べるわ、目蓋に黒ペンで目を描いて居眠りするわ、カブトムシを捕まえてはしゃいでるわと、彼女本来の大雑把で適当な野性味あふれる性分は他の貴族の生徒達から奇異の目で見られていった。


 それでも男女問わず大多数の生徒が彼女を嫌わなかったのは、その人柄が分かりやすく善人だったからであろう。


 困ってる人がいれば気さくに声をかけて助ける優しい子。いつも笑顔で楽しそうな子。能天気で間抜けで変わってるけど害は無い奴。それが周りから見た彼女の正当な評価である。


 しかし、どこにでも物好きは居るもので、そんな彼女に恋をしてしまった男子生徒がいた。それこそがユグドラシル王国第二王子である三年生のチャールズである。


 きっかけは些細なことで、クリス本人からしてみれば記憶にも残っていないような一つの親切が、結果的にチャールズの心を射止めた。チャールズはクリスと会話をしたいが為に何度も一年生の教室を訪れ、その度に周りの生徒達からは二人は身分違いの恋人だと噂されていった。


 そんな状況になって、良い顔をしないのはチャールズの婚約者であったメアリー公爵令嬢である。


 メアリーは早急にクリスの事を調べると、取るに足らない辺境の男爵令嬢の一人と結論付け、彼女に対する嫌がらせを行い始めた。


 私物が無くなったり、机に落書きがしてあったり、遠くから水浸しにされたりと、使い古されたような嫌がらせを受けるクリスだったが、ちょっと困ったなくらいの感覚でしかなかった。幼少期はこえ溜めに落としたり落とされたり、毒蛇を投げたり投げられたり、殴り合ったり蹴り合ったりとアグレッシブな環境を生きてきた彼女は精神的に逞しかった。


 加えて、親切な誰かが、自分のことをフォローしていることにクリスは気づいていた。私物や落書きはいつの間にか元に戻されているし、水浸しになったあと分かりやすい所にタオルが置かれてたりする。クリスは犯人よりそっちの人の方に興味を持っていた。


 そして、入学から二ヶ月が経ち、新入生歓迎の立食パーティで学園を騒がせる事件が起こった。


 言わずと知れたメアリー婚約破棄事件である。立食のローストビーフしか目に入っていなかったクリスは、アウラに手を引かれて会場を後にするまでその大騒ぎに気づきもしなかった。


 アウラは事の次第をクリスに説明した後、メアリーと従者であるアルベルトから逆恨みされる可能性があるから注意するよう進言した。クリスは、一連の嫌がらせの犯人が誰か分かってのどに刺さった小骨が取れたようにスッキリしたと返答した。そこに危機感は皆無である。


 実際アウラもそこまで心配はして無かった。メアリーの悪い噂は良く耳にするが、まさか王子からこんだけ言われてクリスに害をなすようなことはしないだろうと思っていた。まさかそんな性格悪い奴はいないだろうとも思っていた。まさかねー。


 そのまさかである。


 メアリーの性格の悪さは常識人であるアウラの想定の範疇外であった。


 事件から三日後、メアリーの胸中にはクリスへの怒りと憎しみが渦巻いていた。彼女は、父親であるルドルフから勘当させられたことも、全てクリスのせいだと責任転嫁することでなんとか崩壊気味な精神の安定を図っていたのである。


 残り一カ月で学園を去る前にクリスに是が非でも深い傷を負わせねばなるまいと、メアリーは復讐に燃えていたし囚われてもいた。

 

 金にモノを言わせたメアリーは、屈強な男数人でクリスを襲わせるように計画した。暴力的な意味合いだけではなく、女性としての尊厳を踏みにじり穢し尽くすという意味も含まれている。これも使い古されたような最低の手段であったが、仮に成功していたならば、メンタルお化けのクリスといえども心的外傷と男性恐怖症によりその精神は病んでしまったであろう。


 計画の当日、クリスは学園の校舎裏に手紙で呼び出された。


 死角の位置から覆面をした屈強な男達数人に取り囲まれたクリスは、必死の抵抗も空しくすぐに地面に押さえつけられ無力化させられた。


 皮肉なことに、クリスはそこで初めて自分が非力な女の子であることを自覚することになった。


 制服のリボンを乱暴に引きちぎられ、とうとう下賤な男の手が彼女の柔肌に触れようとした際、彼女にとっての救世主が息を切らして現れた。アルベルトである。


 普段はメアリーのやることに苦言を呈すことはあれど、事態が大ごとにならないようにフォローするくらいしか行動しなかったアルベルトであったが、この状況は彼の持つ良識と照らし合わせた結果、流石に見て見ぬ振りが出来なかったのである。


 突然現れたアルベルトに男達は多少困惑したが、直ぐに嘲るような笑みを浮かべた。人払いは済ませてある。標準的な身体付きの、見るからに平民の男子学生一人が何をしたところで計画に支障は無いと考え、再度嫌がる少女に劣情を持って手を伸ばした男の一人は、アルベルトが放った飛び膝蹴りの一撃の元に沈められた。


 言葉は不要とばかりにアルベルトは暴れまわった。その身のこなしは獅子のように荒々しく、鷹のように俊敏で、男達は訳も分からぬまま気絶させられていった。


 意識がまだ残っている何人かの男達は地面に倒れ伏して呻いているが、凄惨な現場というほどではなかった。せいぜい覆面の下で鼻血を出している者がいるくらいである。


 アルベルトは、怖い思いをさせて済まなかったと、今も震えているクリスに謝ると、お姫様だっこで少女を抱えながら寮の前まで足早に運んだ。


 自責の念と謝意でいっぱいのアルベルトとは裏腹に、クリスは謝恩と慕情の視線を彼に向けていた。まるでロマンス小説の有りがちな展開のように、危ないところを助けられたクリスは彼に一目惚れしていた。彼の腕っ節が強かったことも彼女に芽生えた乙女心をくすぐった。


 クリスを寮まで送り届けた後、彼に待っていたのはいつも以上のメアリーの癇癪だった。計画がアルベルトに潰されたことを彼女は知って怒り狂った。いくらか弁明したが聞き届けては貰えず、結局裏切り者だとか謀反者だとかの誹りを受けた。


 この件は主従間に溝以上の確執を作った。メアリーからすれば彼は主人の意に背いた裏切り者であるし、アルベルトからすれば未遂とはいえ人道に反した行いをするクソな主人である。


 その後、アルベルトが貴族を殴り飛ばす別の事件が起きるまで、二人の主従は冷戦状態であった。



◇◇◇



「あら、久しぶりね野蛮人さん、こんなとこで会うなんて思っても見なかったわ」

「サマリー公爵令嬢……様」


 花火が終わった後、色々と確執がある二人は対峙していた。偉そうにふんぞり返ってるのはメアリーで、困惑気味なのはクリスティーヌ男爵令嬢だ。


 それぞれの横には従者のように控えている俺と、彼女の友人と思しき女性がいた。


 メアリーは会話のマウントを取りたいのか精一杯威厳を出そうとしているが、浴衣姿な上に熊の人形抱えてて口元には焼きそばの青のりがついてるものだからまるで出せて無かった。


「ま、いいわあなたなんかに構っても仕方が無いし、花火はもう終わったもの。帰りましょう? アル」

「え? あ、はい。そうですね。それがいいですね。帰りましょう」


 彼女の発言に俺は動揺した。復讐に盲進してた彼女の気狂いっぷりを見てきた俺としては、この場で怒りに任せて掴みかかることくらいはすると思っていたからだ。


 言葉は多少嫌味っぽいが、とりあえず何事もなく帰れるならそれに越したことはないので、俺も彼女の言葉に賛同した。


 こんな地雷原一秒だって居たくない。ささ帰りましょうメアリーさん。俺は彼女を連れてとっとと退散しようとした。が、呼び止められた。


「待って下さい!」

 

 場にクリスティーヌ男爵令嬢の声が轟く。メアリーは不愉快そうに、何よ? と聞き返した。


「あのあの、アルベルト様!」


 え、俺っすか? なんだろう。思い当たるのは一か月前にメアリーが起こした婦女暴行事件(一応未遂)だが、恨み事は言われ慣れてる俺も何を言われるか想像もつかなかった。


「な、なんでしょう?」

「あの時はありがとうございました! 私ずっと御礼を言いたくて!」

「ああ、いえいえ全然、そんな必要ないですよ。本当に、全くもって」


 本心で思った。貴族である彼女が平民の俺に頭を下げる必要なんて無い。だってあの件はほとんどマッチポンプだもの。こちらから謝る必要はあれど御礼を言われる云われは無かった。


「そう言われるのも分かってました。それでもずっとお会いしたかったので、今日は偶然とはいえ、会えて嬉しかったです」

「貴族様にそう言って頂けて恐悦至極です」

「あの、また今度ゆっくりお話出来ませんか?」

「エッ?」


 そう言って顔を紅く染めた彼女は自身の亜麻色の髪をいじりながら上目遣いでこちらを見上げている。小動物のような愛らしい顔つきは思わず抱きしめたくなるほど可憐だった。


「何よ、あんたこいつに気があるの?」


 そう言ってメアリーは意地悪そうに笑った。聞かれた本人はさらに顔を紅くして俯いてしまった。


 ええっ!? この反応、マジッすか!? この不肖アルベルトにも遂に春の訪れですか!?


 しかも貴族の子女とか逆玉じゃないですか。こんな可愛い少女に何の脈絡も無く惚れられるとかどこのロマンス小説だよ。いやーモテる男は困っちまうぜ。


「でも残念ね。悪いけどこいつは私のモノだから、あんたは隣の友達に失恋を慰めて貰いでもしなさい」


 メアリーはそう言って、見せつけるように俺にしな垂れかかってきた。引き離そうとしたら睨まれた。女の子怖い。


「なっ…! アルベルト様は人です! 物扱いは止めてください! それにいくら従者だからって別にあなたのモノってわけじゃーー」

「今一緒に住んでるから、私達」

「ななっ!?」

「昨日も激しい夜だったわ。二人っきりで手と手を取り合って、気づけば汗だくになっちゃったもの」

「ななななっ!?」


 メアリーの言うことに嘘は無かった。親同伴で、とか、ダンスの特訓で、とか言葉は足りていないが。


 嘘でしょ……? と言いながら、クリスティーヌ男爵令嬢は眩暈を起したようにふらふらしている。彼女の友人に支えられてなんとか立っていた。


 修羅場と言うにはどこか生暖かい弛緩した空気が場を漂い始めた。俺の目からだとそう見えるだけかもしれないが。


 今なら、俺の為に争わないで! とかボケたら面白いかもしれない。いや慣れないことはしないでおこう。


 狼狽している彼女の姿を見て、若干気を良くした様子のメアリーだが、次の言葉を聞いて表情が凍りついた。


「さっきから随分偉そうですけど、貴族に対する言葉遣いが、なって無いんじゃないですか? 平民のメアリー先輩?」


 そう発言したのは先ほどまでは沈黙を貫いていた、クリスティーヌ男爵令嬢の友人のアウラ・フォン・ライシュタット侯爵令嬢だった。


 彼女の言葉にはメアリーに対する敵意と彼女自身の怒気が含まれていた。


 もう俺は帰りたかった。


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