第十話 浴衣美少女と夏祭り
メアリーが家に来てから二週間が経った。
未だに俺の気苦労は絶えないが、特に大きな問題も無く平和な日々が続いている。
朝起きて、朝食を食べ新聞を読み終える。メアリーを起こした後、彼女の髪を手早くとかして家を出る。
新たな職場となったフローラさんの家に行き、炊事洗濯掃除その他雑務を行う。
手紙で来る絵の依頼内容を検分し、フローラさんの指示を仰ぎながら仕分けしていく。
彼女のファンレターを朗読し、その返事を文章に代筆する。
夕方になる頃には彼女の分の食事を作り、自宅に帰る。
自宅で夕食を食べた後はメアリーのダンスレッスンを受け、お互い汗だくになる頃にはレッスンは終了し、その後各自風呂を浴び、部屋に帰って就寝する。
そんな日々がルーティーンとなりつつあった。
俺が仕事している間、メアリーは畑仕事や読書をして過ごしているそうだ。お袋指導のもと最近料理やお菓子作りにも挑戦しているらしい。
両親曰く最近は畑仕事にもだいぶ慣れてきたらしく、指示したことは素直に吸収するので教え子としては優秀らしい。
彼女は元々器用ではあるし、どうも両親の言うことはきちんと聞くようなので平民生活も順調といったところだ。
それから、兄貴と義姉さんが甥を連れて一度挨拶に来た。
兄貴は相変わらずの調子だったのでメアリーも再度混乱していたけど、義姉さんが注意したことで多少は真面目に自己紹介をし直した。
その為、お互い無事に顔合わせも済ませることが出来た。メアリーは義甥に義叔母さんと呼ばれたことに引きつった笑みを浮かべていたが、流石に2歳の子に乱暴するようなことはしなかった。
そんな、特にこれといった事件も無い穏やかで平凡な日常が過ぎていった。
「それじゃ、フローラさん俺そろそろ帰ります」
「おっと、もうそんな時間か。毎日のようにこき使ってすまないね。疲れていないかい?」
「大丈夫です。それが仕事ですし全然平気ですよ。お疲れ様でした」
「ふむ。聞いた話だと今日はこの村の祭りごとがあるらしい。君も親しい人と一緒に行ってはどうだい? ちょっと待っててくれ」
フローラさんはそう言って、白いタンスをごそごそと漁ると祭りの出店のチケットを何枚か取り出して俺に渡した。
「知り合いから貰ったチケットだけれど、私はどうも人が多い所というのが苦手でね。良かったら有効活用してくれると嬉しいかな」
「俺も行くかどうか分からないですよ?」
「それならそれでもいいさ。どうせ他に渡せそうな人も思い浮かばないしね」
本日行われる花火大会の存在は認知していた。しかし誰から誘われるわけでもなかった為、現状行く予定は無いのだが、年長者の厚意を無下にしたくも無かったので、ありがたく受け取ることにした。
「ありがとうございます。もし行くなら使わせてもらいますよ」
「うん。それじゃ今日もお疲れ様」
いつも通り家に帰ると、そこにはいつも通りの格好をしていないメアリーと両親がいた。
「どうも平民の奇抜な服は動き辛いわね。コルセット着けなくていい分ドレスよりはマシだけど」
「あらあらメアリーちゃんの普段の可愛さと合わさって優雅で上品で雅で素敵だわぁ」
「うむ、まるで水の妖精、いや女神だな」
リビングには、ところどころ紫陽花の模様が施された藍色の浴衣を身に纏ったメアリーが紅い帯をお袋に締められていた。
「あら、アルベルト帰ってたのね」
「喜べ息子よ。今日のお前には、この優美なる姫をお守りする騎士の称号を授けよう」
そう言った両親に押し出されるような形でメアリーと正面から顔を見交わす。
普段の長い髪はいったいどこにその質量を隠したのか、肩ぐらいまでの長さで一つに纏められていて、赤い簪が後ろに見える。
薄らとだがメイクもしているのか、自分では慣れてきていると思っていたはずだった彼女の天使の様な美貌をまじまじと見詰めてしまった。
煌く黄金の髪と長いまつ毛、溢れ出る品の良さ、浴衣の上からでも分かる完璧なボディライン、透き通るような白い肌、なのに頬は若干紅く染まっている。まるで絵画からこっそり抜け出して来たかのような美の化身、そんな彼女に笑いかけられて、ドキドキしっぱなしだった心臓の鼓動がひと際跳ねた。
「そんなジロジロ見られると流石に恥ずかしいのだけれど? それで感想は?」
「えーと、凄く可愛いです」
「似合ってる?」
「似合ってます」
「よかった」
浴衣というのは王都では見る機会の無い服装だ。元々は東洋の国の民族衣装の様なものらしいが、何故かハーケン村の祭りではよく着られることが多い。
「よし! じゃちゃっちゃとあんたも着替えてきなさい!」
「いやいや俺まだ祭りに行くとは言ってないぞ」
「なに馬鹿なこと言ってんの! メアリーちゃんに一人で行かせるわけないでしょ! 40秒で支度しな!」
「はい」
素直に言うことを聞いたのは、親の命令だからであって、決してメアリーと祭りに行くのが楽しみになってきたからではない。
メアリーを連れて歩いていくと、食べ物の匂いと共に縁日の明かりが見えてきた。あちこちで橙色した提灯のぼやけた灯りがうす暗闇に浮かびあがっている。
浴衣を着た村の子供や老人と幾人もすれ違う。がやがやとした雰囲気は普段なら煩わしいと感じるが、何処か懐かしくもあり、柄にもなく気分の高揚を感じる。
「ところで今日って何の祭りなの?」
「うーん。ハーケン村夏祭りとしか知らんな」
「普通名前あるでしょ。王国生誕祭とか精霊降臨祭とか」
「こっちの人は祭りの理由まで気にして無いと思うけど」
「祭り事一つとっても相変わらず訳わかんないわね平民って」
「楽しければいいんだよ。祭りなんて」
「ほんと、考えるだけ徒労ね。気にしないで楽しむことにするわ」
そんな会話を二人でしながら出店をいくつか回る。
「なによこれタコ焼きってまさかあの海の悪魔と言われてるオクトパスのこと!?」
「王都では一般的では無いけどこっちじゃ普通に食べるぞ」
「無理無理無理! あんなの食べ物にするなんてどうかしてるわよ」
「そうか? まぁ無理に食えとは言わんし、折角の無料チケットだし俺が全部食べるよ」
「信じられない。あり得ないわよ。だってデビルフィッシュよ?」
「お、あのおっちゃん中々いい腕してるぜ。あっつ、熱いけど美味い」
「ごくり……」
「ん? やっぱ一個いるか?」
「ど、どうしてもっていうなら一個くらいなら食べても良いわよ。あーん」
ちょっと怖がってるのか、目を瞑りながら口を開けているメアリー、まるで餌を待っている雛鳥のようだ。俺はタコ焼きの一つを吐息で冷ますとそれを口へ放り込んだ。
「っ!? あふっ、あふいじゃない! 何よこれ!」
「いや、熱いって言ったじゃん。それでお味はどうですか?」
メアリーは熱さに悪戦苦闘しながら、そのうちタコ焼きを咀嚼して飲み込んだ。
「熱くてよく味が分かんなかったから残りは全部私が食べるわ」
「お気に召したようでなによりだよ」
「なにあれ、きんぎょ掬いだって、平民はきんぎょも食べるの?」
「あれは食用じゃなくて、きんぎょを鑑賞したり育てるのを楽しむ人がやるもんだ。俺らには必要なし」
「ふーん。なんか残念。水魔法使えば10匹でも20匹でも掬えそうなもんだけど」
「魔法禁止」
「分かってるわよ」
「射的だって、あんた得意?」
「狩りとかやったこと無いから俺はあんま得意じゃないな」
「じゃ、勝負ね。私が勝ったらあんた私の奴隷だから」
「いつも奴隷みたいなもんなんすけど」
「いつもは義弟として可愛がってるだけでしょ。ほんと失礼なやつね」
「何言ってんだ。俺が義兄でお前が義妹だろ?」
「は? 馬鹿言わないで、あんたが下で私が上なのは地球が丸いくらい当たり前のことでしょ」
「は? やんのか?」
「は? ぶちのめすぞ」
こうして射的勝負が始まった。結果から言うと俺は負けた。こいつ絶対ばれないように魔法使ったと思うんだよ。クマの人形を抱きしめながら横ではしゃいでいるメアリーを見てそう思う。俺は残念賞で貰った水風船を弾ませながらため息をついた。
「うーんこのブルーハワイって味、どういう由来なのかしら、食べてみても全然分からないわ」
「元々はそういう名前の酒が由来らしいぞ、よく知らんが」
かき氷を食べながら二人で歩いていると遠くの人混みの中に見知った顔が見えた。トウシンだ。
彼女さんと一緒に連れ添って歩いている。あのカフェでの一件以来会っていないが、もし顔を合わせたらまたろくでもないことになるのは目に見えていた。
危機回避能力の高い俺は、メアリーと一緒に、目に入った近くのお面屋の出店へ足を進めた。
「お面を被ろう」
「何よ藪から棒に、義弟」
「これを言うのはものすごく抵抗があるが、お前は超がつくほどの美少女だ。さっきから歩くたびにすれ違う男全員がお前を見てくるぐらいには」
「そりゃそうでしょ。本来ならこんな村に私みたいな絶世の美少女が居るわけないし」
「目立ちすぎるのはあまり好ましくないしこれで中和しよう」
そう言ってウサギの面を渡す。
「ったく、しょうがないわね」
「すまんな。けっこう皆着けてるしこれも平民文化だと思ってくれ」
俺も彼女と同様にスズメのお面を被る。
「ちょっと視界悪いわね」
「確かに思ったより見辛いけど、もう出店も大体回ったからあとはどっかで最後の花火見るくらいだろ。そんな歩かんぞ」
人も増えてきたし、はぐれないように彼女の手を取って歩く。
さっきまでと違って、道行く人もお面かぶった男女二人にそこまで注目を浴びせなかった。
焼きそばを二人分購入した後、花火を見る為の特等席へと彼女を連れていく為、舗装がきちんとされていない雑木林の坂道を歩く。
「どこ行くのよ。花火もう始まるんじゃないの?」
「雑木林の上の方に確かベンチが有るんだよ。子供の頃の記憶だけど、まず人もいないし花火見るにはもってこいの場所だったと思う」
記憶の通りに歩いていけば、案の定少し坂を上った先には開けた場所があった。無人の空間の中、木で作られたベンチが二つぽつんと置かれていた。
「誰もいないようで良かったよ。座って焼きそばでも食おうぜ」
「また珍妙な食べ物が出てきた……」
二人でお面を外して、ソースのたっぷりかかった麺をフォークで絡め取りパクつく。微妙に安物っぽい食材を濃い味で誤魔化している感じが絶妙にチープで美味かった。
食べながら花火開始まで待っていると、後ろの方からきゃいきゃいとした声が聞こえてきた。誰か来たな。
「誰か来たみたいね」
「別に俺らの専用席ってわけじゃないしな。隣のベンチに座るだろ」
この場所は俺の知ってる花火観賞の穴場だが、気づく奴は気づく。そのくらいの場所だ。
やってきた二人は俺らの存在をちらっと確認すると隣のベンチに座って話し始めた。どうやら声から察するに女の子二人組みらしい。
「いやー久しぶりの祭りだけど美味しい物いっぱいだったね」
「それにしてもクリスは食べ過ぎ、太るよ」
「そんなこと無いよ。イカ焼きと焼きそばとリンゴ飴と綿飴とタコ焼きとケバブとかき氷とチョコバナナくらいだもんまだまだイケるよ」
「いや、十分なんだけど」
「ほらほらそんなことよりもうすぐ花火はじまるよ」
やがて、どこからかひゅるるると間の抜けた音が聞こえた後、夜空には鮮やかな色の巨大な花火が咲いた。
それを言ったのは誰だったのか、綺麗やら凄い等の感嘆の声が聞こえる。ひょっとしたら気づかず俺が言ったのかもしれないし、この場にいる全員が口に出していたのかもしれない。
次々と、絶えることなく花火は上がった。爆音は振動となり、俺の身体に空気の衝撃波が当たるがそれすら心地よかった。
そんな中、ふと隣のベンチを見るとそこに座っていた女性と思いがけず目が合った。さらに、夜のうす暗い闇の中をも照らし続ける花火の光がお互いの存在が誰であるかを互いに認識させてしまった。
「嘘だろ? なんでここに……」
呟きが漏れる。俺の危機回避能力が今のこの状況に警鐘を鳴らしていた。
「なんでここに、アル様が……」
隣のベンチに座って花火を見ていた女性の一人は、メアリーの恋仇にして、因縁の相手であるクリスティーヌ男爵令嬢だった。
奥に座っているもう一人の女性は俺らに気づいていないのか、たーまやー! などと声に出している。
俺の右に座っているメアリーも笑いながら花火を楽しんでいた。
何故彼女がここにいるのか? 俺の疑問に答えは出ないまま、今夜最後の花火はひと際大きな爆音を鳴らした後夜空一面に咲いて残照を煌かせながら消えていった。




