第一話 さよなら王都
俺は今、故郷に向けた馬車に乗りながら、遠くなっていく王都を見ていた。
隣にはヘドロみたいな性格の元令嬢のメアリーがいる。彼女は悔しさと悲しさが混じりあった表情をしながら俯いて肩を震わせていた。アイスブルーの瞳には涙も溜まっており、膝に乗せた拳を固く握りしめている。
以前は黄金みたいに無駄にキラキラ輝いてた金髪も、最近は手入れがおざなりなのか、どうもくすんで見える。ハーフアップに結んだ長髪も後ろの赤いリボンが曲がっていて、服装も上下共に質素なのを着ているからか、一ヶ月前に比べると彼女からは覇気を感じない。
いくら性格クソオブクソであっても女の子に隣で泣かれるとばつが悪いというか心苦しいというか、メアリーは見た目だけは良いので余計にそう思ってしまう。
いやいや俺、騙されてはいけませんよ。いくら黙って泣いていれば超絶美少女だとしても、この女がしでかしてきたことを思い出せば、その泣き顔を見て溜飲がさがるってもんですよ。
因果応報だとか、悪が栄えたためし無しとはよく言ったもので、先月、メアリーは自身の悪業が、おもっくそバレた。しかもそれがこの国の第二王子であり、許嫁であったチャールズ王子殿下にバレたのだ。
それが原因で王子との婚約は破棄となり、メアリーの父であるルドルフ公爵閣下も大激怒で彼女を勘当、今まで不満が溜まっていた生徒達からは仕返しや罵詈雑言を浴びせられ、学院はもちろん退学、王都からも追放、などとこの一カ月で矢継ぎ早に天国から地獄へ急転直下したのがお隣のメアリー公爵令嬢(元)である。
まぁ自業自得なのだけれど隣にいるメアリーの様子をみると哀れというか同情の気持ちも少しくらいは湧いてくる。
正直こいつ関連で一番苦労したのは俺であり、一番嫌がらせを受けたのも俺である。ので、俺も復讐とか制裁とか考えなかったと言えば嘘になるが、水に落ちた犬を棒で叩くようなことはしたくなかった。こいつに忠誠心なんてものはこれっぽちも無いのだが、我関せずと放り出せなくなるほどには10年という歳月は長く重かった。
「よければ、使うか?」
俺は心臓の鼓動が滅茶苦茶早くなるのを感じた。
それはハンカチを差し出したことに対するキザな台詞に羞恥心が芽生えたとか、メアリーに対する恋心を自覚したとかそんなことは微塵も無く、恥ずかしながら俺は今まで畏怖と嫌悪の対象としてきたメアリーに敬語を使わずに話しかけるということに対して極度に緊張したのである。
ちなみに手は震えている。
「……ありがと」
下手したらキレられると思ってたのに普通に受け取りやがった。
というか10年以上一緒にいたはずなのに、こいつから感謝の言葉なんて初めて聞いたぞ。
「なんか、久しぶりにあんたに話しかけられた気がするわ」
「……そうでしたっけ?」
「あんたが一カ月くらい前に私を裏切ってから、ほとんど会話してなかったでしょ」
「いや、あのときは……お嬢さ……いや、メアリーを裏切ったつもりは。言い訳はしませんけど」
「というかさっきから話し方違くない? あと呼び捨てだし」
「失礼しました。メアリーはこの度、公爵令嬢では無くなりましたので、敬語もなるべく止めて、お嬢様呼びも改めさせて頂きました」
とはいえ急には敬語も中途半端に抜けきれない。10年間の使用人歴は染みついているようだ。
「……そうよね、私もう貴族じゃないのよね」
あ、やばい、ちょっと意地悪な言い方した自覚はあったんだけど、そんな目に見えて気落ちされると俺が悪い奴みたいじゃないか。
いやここだけ切り取ったらそうかもしれないけどさ、御者さんもあーあー泣かせた…みたいな目で見てくるし。俺は人一倍周りの目を気にしちゃう小市民なんだぞ。
「……ルドルフ様もお灸を据えるつもりで一時的にこのような処置をしたのではないでしょうか」
「気休めはやめて、お父様は一度決めた事は絶対に覆さないわ」
だろうなぁ。あの人は実の娘だろうがなんだろうが、国の為にならないと思ったら平気で切り捨てる人だ。
愛国心のメーターが振り切れてんだよなぁ…その少しでも家族の為に向けてればこんなことにはなってないように思うのだが、あくまで小市民の主観だけども。
会話が止まり気まずい空気が流れている俺たち二人を、馬車は無情にも止まることなく運んでゆく。
徐々に増えていく山や畑を眺めながら、こんな事になってしまった決定的な事件である先日の出来事を、俺は思い出していた。
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