[01-03] ラカ先生のスキル・ステータス講座
私たちは奥のテーブルに移っておしゃべりをすることにした。
ミルクにちょびっと口をつける。生ぬるくて、味も薄い。
リアルの市販の牛乳と比べると、この世界のミルクは飲みやすくない。
それでもおいしく感じるのは、『ネネ』が長いこと飲み物を喉に流し込んでいなかったからだ。渇きが癒され、全身に水分が行き渡るのを感じる。
おつまみの後に運ばれてきたステーキやサラダを食べると、空腹も満たされた。リアルの私は晩ご飯を食べた後であるにもかかわらず、だ。
それもこれも、VRシミュレーターのなせる脳の誤認である。
ラカはお行儀悪くテーブルに肘をついて笑った。
「やー、もっと手こずると思ったよ」
「私、早いほうだった?」
「うむ。期待の新人だぞ。天才かもしんない」
「えへへ」
ゲーマーのラカに褒められて、いい気分。
しかし、ラカは知らないのだ。あのときの私の慌てっぷりを見ていたら、きっと大笑いしたことだろう。
「何もかもうまくいったワケじゃないよ。銃が全然当たらないんだもん」
「初期武器、どれ選んだの?」
「リボルバー。〈ラーヴェン855〉っていうの」
「あー……それ、ライフリングついてない銃だから、命中率最低レベルなのよね」
道理で。
と、納得するよりも先に、疑問のほうが勝った。
「ごめん。そもそも、ライフリングって何?」
「うーん、そうねえ……」
ラカは自分のリボルバーを取り出し、装填されていた弾丸を全て取り出した。
改めて見ると、〈ラーヴェン855〉とは段違いにぴかぴかな銃身で、銃把にも上質そうな黒い木材が使われていた。
ついでにアイテムの情報も参照させてもらう。
《ケルニス・アローヘッド・カスタム タイプ:リボルバー レアリティ:エピック》
高級品なんだろうなあ、と見惚れる私に、ラカはリボルバーを差し出した。
「銃口を覗いてみ。溝が彫ってあるの、わかる?」
「……うん、わかる」
「この溝のことをライフリングって言うの。映画とかで観たことない? スローモーションの画面で、銃弾がくるくる回りながら飛んでくシーン」
「あるある!」
「この『くるくる』のおかげで、銃弾がほぼまっすぐに飛ぶってワケ」
「へー……」
そういえば、ミステリやサスペンスでこんな描写を読んだことがある。
被害者の体内に残された銃弾にライフリングの跡がついていて、そこから銃の所持者を割り出す――というものだ。
てっきりシリアルナンバー的な何かだと思い込んでいたけど、そっか、そういう機能だったんだね。
私は「ありがと」とリボルバーを返す。
ラカはそれをリロードしてからホルスターに戻した。
「命中しないのは武器だけじゃなくて、アバターとプレイヤー両方のスキルが低いのもあるんじゃない? この手のゲームはFPS力も要求されるしさ」
「えふぴーえす?」
「一人称視点射撃の略ね」
「じゃ、同じジャンルのゲームを遊び慣れてる人は有利なんだ?」
「そ。あたしがスタートダッシュを切れた理由ってヤツ」
ラカはちょっと得意げだ。
この際、ゲームの先生に何もかも質問しよう。
「そのスキルってのがよくわからないの。スキルが育つとステータスも上がって、おまけに私自身のレベルも上がるっていうのは、さっきチュートリアルで読んだんだけど」
「オーケー。それならステの話からしよっか」
さらっと『ステータス』を『ステ』と略すラカだった。
「ネネ、自分のステウィンドウ、開ける?」
私は思考する。ええと、自分のステータス、っと。
すると、空中に情報の羅列がずらっと表示された。
《ネネ PC:セリアノ Lv:2》
ゲームを始めたばっかりで、レベルはまだ低い――
げ、身長と体重まで記載されている。す、スリーサイズも!? なんでここまで赤裸々に測定されなきゃいけないのさっ!
幸い、他人には閲覧できない情報のようだ。体重の項目なんて、ラカが見たら絶対にからかってくるはずだから間違いない。
その下に……あった。ステータスの欄。
「うん、見つけた」
「上から順番に説明すると、HPはヘルス・ポイント。撃たれたり殴られたりするとこの数字が減ってって、0になっちゃうとネネは死ぬ」
「え、こわ」
「大丈夫。プレイヤーは何度でも復活できるから」
それってなんだかゾンビみたいだ。逆に言うと、何度も臨死体験を味わえるということである。……もちろんゲームだから、そこまで深刻にはならないだろうけど。
「MPはマジック・ポイント。魔力を使うと数字が減る」
「……最初っから0だよ?」
「それでいいの。MPを持ってるのはドラウかデモニスだけよ」
この特権によって、魔族は人族に長らく優勢だった。うん、確かに数字で見せられると、ずるいなって感じちゃう。
「CPはコンセントレーション・ポイント。集中力ね。このゲームでは最重要って言ってもいいわ。緊急回避に狙撃、精霊術でも消耗するの」
「精霊術?」
「こんな感じの。おいで、ノーム」
ラカが手のひらをテーブルに乗せる。
すると……ぽんっ。軽い音とともに、半透明の白いお化けが出てきた。ぬぼーっとしたぬいぐるみみたいだ。
これが、精霊なのだろうか。
ノームという名前の精霊は、お皿からピーナッツを持ち上げ、サッカーのスローインの動きでラカにぽいっと放り投げた。
ラカは少しも動かず、口を開けて待つだけ。ぱくり、お見事。
一芸を披露したノームは私に手を振って、また、ぽんっと消えた。
「何今の可愛いっ!」
「でしょ? エルフは自然霊、セリアノは動物霊との関係が深いの。ネネも精霊術を学べば何かしら使役できるようになるわよ」
俄然、スキルについて知りたくなってきた。
だけど、ステータスの解説はまだ半分も終わっていない。
「SPがスタミナ・ポイント。そのまんま、運動の持久力ね」
「……リアルでこの数字が見えたら、マラソン大会でも一位を目指せるのに」
「ペース配分はできるだろうけど、ネネ、そもそも走るの苦手でしょ?」
ぐっ。そのとおりである。
「今言った四つのステは、この辺にゲージで見えると思う」
ラカは自分の右下付近を人差し指でくるくる示す。
私の視界でも、同じ右下のほうに赤、青、緑、黄色の色つきバーが並んで見えた。
「戦ってる最中でもここをチェックできるようになったら初心者脱出よ」
「わかった。意識してみる」