[02-17] いつか再び道が交わるときまで
ホテルの一階に下りると、テーブルに突っ伏しているドワーフがひとり。
ぐ、具合が悪いのかな? 私は恐る恐る声をかける。
「え、エルマーさぁん? 大丈夫……?」
「おお……ネネ殿、ラカ殿。よい朝でございますなあ」
のっそりと顔を上げるエルマーさん。その目はすっごく重そうだ。
「や、全然『いい朝!』って感じじゃなさそうだけど……もしかして徹夜したの?」
「ええ、まあ、ちょっと。こちらで仮眠を取らせていただきましたので、バッドステータスはなんとか免れました」
それって、ぎりぎりの崖っぷちに立って『まだ足を滑らせていない』と言っているようなものではないだろうか。
エルマーさんは床に置いたリュックを開けようとして、
「おや、ラカ殿。しきりに首のあたりを気にして、いかがなされました?」
……ラカったら、スカーフでうなじを隠そうとしすぎでしょ。
案の定、不審に思われて余計に慌てるのである。
「ねっ、寝違えたの!」
「軟膏薬でよければ、わたくし持っておりまするが――」
「い、いーのいーの! すぐ治るからさ!」
「……でございましょうか? ぽつぽつと赤くなっているのが見えましたが」
「き、気のせいじゃない? ねっ? ネネ?」
なんでこっちに話を振るの!?
そんなだから、エルマーさんがきらんと目を光らせたではないか。
「オオカミの歯形にも似ていたような……」
私はぐっと堪えて黙ったが、ラカが耐えられなくなってしまう。
「ちょ、ちょっとネネとじゃれ合ってたらね?」
「ひとつの部屋、ひとつのベッドで、じゃれ合いとな?」
名探偵エルマー、にっこりほほ笑んで、それ以上語らず。
ラカが顔真っ赤でもじもじし始めてしまったので、代わりに私が弁明することにした。
「あの、本当に、私がふざけて噛みついただけだから、気にしないであげて」
「はは、もちろんそうでございましょう。〈荒野の魔王領〉ではそこまでできませぬからな」
……そこまでって、どこまで!? 他のゲームだとできちゃうの!?
エルマーさんはにししと肩を揺らして笑う。
「ラカ殿、案外可愛らしい反応をお見せになるのですなあ」
「エルマー、あんたねえ……!」
テーブルにどんと手をつき、怒り心頭で食ってかかろうとするラカに対し、
「さ、本題に入りましょうか」
のらりくらりとやり過ごすのも一流。エルマーさんはリュックから麻袋を三つ取り出し、ラカの前に置いた。
「何これ」
「おや、お忘れでございますか? クエストの報酬でする。復興のこともございますので、ゴブリン・シップに溜め込まれていた宝石での支払いにさせていただきました。わたくしの〈鑑定〉でほぼ均等に分けられているはずでございます」
まだむすっとしているラカは、麻袋の中身を確かめる。
「……オーケー。あたしとしてはこっちのほうが助かるわ」
「それから、ネネ殿にはこちらを差し上げまする」
エルマーさんが取り出したのは、新品同然のリボルバーだった。
第一印象は、シリンダーの周りに違和感を覚える銃、という感じだ。大きさは〈ケルニス67〉と同じくらいだけど……。
ラカが「おっ」と声を上げた。
「〈L&T〉じゃん。珍しー」
エルマーさんも満面の笑顔で頷く。
「ゴブリン・シップの倉庫にて偶然発見いたしました。こちら、〈ラーキン&トレーガー〉……略して〈L&T75〉にはオンリーワンな特徴がございまして――」
エルマーさんは銃身と銃把を持ち、ぐっと力を入れる。
じゃこっ! なんと、銃のフレームがシリンダー下部で折れた。この独自機構が『違和感』の正体だったのだ。
「中折れ式リボルバーと申しまして、展開と同時にシリンダー内の薬莢を排出できる機能がございます。逆にリロードもしやすいはず。ネネ殿のスタイルに合った銃かと思いまして、メンテナンスいたしました」
エルマーさんの親切はそれだけに留まらなかった。
アイテム情報にアクセスすると、〈L&T75〉のレアリティがエピックになっている。
確か、ボスから入手したアイテムがエピックになる、だったっけ。
「この手のギミックは耐久度も損ないがちでする。そこで、鍛冶場をお借りして、残っていたオーガの骨と金属を混合し、フレームを再構築いたしました」
「え、これ、一度溶かしたの? それでまたこんな綺麗に銃の形になるの?」
「なはは……ゲームですからな」
ちなみにだけど、骨を金属に混ぜたら思いっきり不純物になるワケで、これもゲームだからこその〈鍛冶〉といえよう。
「これで強装弾や炸裂弾などを使っても、簡単にガタつくことはありませぬ」
武器の長所を伸ばしたり、短所を補ったり。なるほど、クラフトスキルって便利だ。
もうひとつ気になっていることがある。
この銃を持っていると、なんだか力が湧いてくるのはどうしてだろう。
不思議がる私を見て、エルマーさんがえっへんと胸を張る。
「オーガの骨を素材に使ったのは補強のためだけはございません。正式なアイテム名は〈獰猛なるオーガの骨〉。STRとAGIを割合で強化するプロパティが付与されておりまする」
だからなのだ。
より詳しく銃にアクセスすると、情報の羅列が表示された。
《L&T75 エルマー・カスタム》
《タイプ:リボルバー レアリティ:エピック》
《クラフトボーナス:武器耐久値が32%上昇》
《〈獰猛なるオーガの骨〉:STR8%、およびAGI5%の強化》
《エピック:死霊術によって蘇生されたオーガ。破壊衝動に任せて各地で略奪と虐殺を働くも、オーライルの町にて不死者により討伐される》
……すごい。
普通の銃と比べて、情報量が多い。みんな至高の逸品を求めてトレジャーハントに勤しむというけれど――
エルマーさんはこの〈L&T75〉をカスタマイズするために徹夜したのだ。
「……あの、お礼しないとっ!」
麻袋を開けて報酬の一部を譲ろうとした私を、
「よいのですよいのです。これはあくまでわたくしからのプレゼントでございますから」
と、エルマーさんは屈託のない笑顔で押しとどめるのだった。
「カスタム銃の素晴らしさをネネ殿にも感じていただけたら、わたくしとしては布教成功! この銃でご活躍いただければ、わたくしの名を世に広めることも叶いますしな」
な、なんていい人なのだろう……。
私は思わずうるっと来て、
「エルマーさぁん!」
「おわっ、ネネ殿!?」
がばっと抱きついてしまった。
ぶんぶん揺れる私の尻尾。胸の中で戸惑うエルマーさん。全部お構いなしだ。
「私、ずっと大事に使いますっ」
「は、はは、〈L&T75〉自体の攻撃力はそれなりなので、いずれは上位の銃に交換されたほうがよろしいかと思われまするが……」
「じゃあ、ずっと持ち歩きますっ」
「……わたくしも方々でカスタマイズを請け負って参りましたが、こんなに感動されるのは初めての体験ですぞ」
エルマーさんが気恥ずかしげに私の背中をタップしたので、私は名残惜しくも離れた。
これからどんどんゲームに慣れて、いつかはこういうやり取りも単なる取引としか感じなくなってしまうのかもしれないけど――
忘れたくない。ひとつひとつ、思い出を大事にしたい。
日記でもつけておこうか、と真剣に考える私であった。
朝食を取った後に、私たちは町を出発することにした。
エルマーさんはウズブラ族の人たちと一緒に、馬車で山岳地帯に向かう予定なのだとか。
「おふたりはこれからどちらに行かれるのですか?」
ラカと私はスモーキーに跨り、目的地の方角を再確認する。
「あたしらは北に。そこからは明日の風次第かな。あんたはこの人たちを送った後はどうするつもり?」
「わたくしはユルグムントに向かう予定でする」
「じゃ、大体はあたしらと同じ方向だ。縁があったらまた会えるかもね」
「はい!」
私たちはフレンド登録を済ませている。
だから、どこにいるかは追えないけど、この世界にログインしていることはわかる。離れ離れでも繋がっているのだ。
「またね! エルマーさん!」
「ご武運を祈っておりますぞ、ネネ殿!」
エルマーさんやウズブラ族の人たちだけではない。保安官、町長にも見送られて、私たちはオーライルを発った。
北門の外には解体されたゴブリン・シップの山が打ち捨てられている。鬼の覆面を被せたカカシまで立てられていた。子供の作だろうか。
ゆっくりとそこを通り過ぎたラカが、手綱をぐっと握ってみせる。
「そいじゃま、行きましょ」
「うんっ。カルラ牧場に、レッツゴー!」
明るい私たちの声を受けて、スモーキーが軽快に駆け出した。
〈第2話:オーガとの死闘withゴブリン軍団 終〉
いつも拙作をご愛読いただき、誠にありがとうございます。
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それでは、物語の続きをお楽しみくださいませ!




