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荒野の魔王領 ~少女、仮想異世界にて銃花を咲かす~  作者: あたりけんぽ
幕間:本日の城崎さん

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[EX-01]

 私立駅馬ヶ原(はゆまがはら)学園。


 それは閑静な東京郊外某所に学び舎を構える、最先端電子設備と古きよき伝統の調和を保つ女子高等学校である。


 慎ましやかなセーラーワンピースに身を包んだ女生徒たちは、まさに『立てば芍薬(しゃくやく)、座れば牡丹(ぼたん)。歩く姿は百合の花』。


 見よ、十人十色の花園を。彩り豊かな温室を。

 華やぐ乙女たちの学び舎――それが駅馬ヶ原学園なのだ。


 さて、その女生徒たちがどんなお喋りに興じているかというと、


「あ、城崎(きざき)さんが中庭にいる」


「本当だ。何してるのかな」


 話題となっているのは、城崎寧々(ねね)

 寡黙ながらも決して無口ではなく、声をかける者にどきっとするほどミステリアスな微笑で応じる少女だ。


 大抵、どのクラスにも自然と中心となる人物はいるものだ。


 その点、城崎寧々は中心から外れたところに己の定位置を見出している節がある。


 にもかかわらず、誰もがそこはかとなく気にし、それとなく目で追ってしまう――不思議な存在感を持っていた。


 柔らかいウェーブボブがそよ風に揺れる。


 小柄な城崎寧々の容姿をたとえるのに、『小動物的』というには不正確だ。それよりも『アンティーク人形のようだ』という表現のほうが相応しいだろう。


静里(しずり)って、すぐ城崎さんを見つけるよね。ここ、二階の廊下よ? センサーでもついてるの?」


「そ、そんなことないって!」


 今は昼食後の自由時間。

 中庭のベンチは桜の木陰となっている。今年の花は早々に散り、今は新緑の葉をつけていた。


 実のところ、そこは不人気なスポットだった。

 屋内のほうが快適で、しかも桜の木の下となれば毛虫が出る。怪談の題材にもなっていた。


 城崎寧々はそういったものを気にする様子もなく、タブレットデバイスを操作している。


 タブレットは半透明のプラスチック板に画面を投影させるタイプで、彼女が使っているのは生徒全員に配布される学習用デバイスだ。


 城崎寧々が読書家だというのは、広く知れ渡っている。

 今も読書に没頭しているのだろう。画面をスワイプしては凝視し、時折、顔を赤らめて目を伏せる。


「可愛い……郁美(いくみ)もそう思わない?」


「まあ、それは思うけど」


「だよね。城崎さん、何読んでるのかな」


「あの感じは……いつものと違うわね。きっと恋愛小説よ」


「えっ、どうしてそう思うの?」


「ミステリを読んでるときの城崎さんはこう。すんってしてる」


「……郁美も大概よく観察してるじゃん」


「たまたま話しかけたときがそうだったの」


「ふうん。私は海外ファンタジーをいくつか教えてもらったよ」


「幅広いわよね。でも、他の子の話と合わせても、恋愛小説はなかったなって」


 ふたりの女生徒は、さらに用心深く城崎寧々を見つめる。

 城崎寧々はタブレットに額をくっつけて身悶えしていた。


「あのリアクションから見て、城崎さん、恋愛に疎いんじゃないかしら。きっとご家族が厳しいのね」


「それで、隠れて恋愛小説を読んでるの?」


「ほら。『えっ、ここでキス!?』って顔してる」


 素晴らしい観察眼だった。

 城崎寧々は画面に食らいついて、ページをどんどん進めていく。ほんのり顔を赤らめ、しきりに身じろぎもしていた。


「ちょっと意外だな。城崎さん、クラスでカレシの話をしてても興味ないって感じだし」


 そう。『伝統』がなんだ。『温室』がなんだ。

 彼女たちは年頃の少女なのである。青春は一瞬。駆け抜けろ、少女たちよ。


 ……で、だ。


「わかったわ! 相手が殿方とは限らないじゃない。恋愛は恋愛でも、百合小説を(たしな)んでるのよ!」


「おー! なるほどー!」


 百合。またの名をガールズラブ。

 女子校である駅馬ヶ原学園でも流行している物語の一大ジャンルである。

 その影響を大いに受け、めでたく結ばれるカップルも大勢いた。


 となると、城崎寧々も……?


「城崎さんと特別仲のよさそうな子って、あまりいないよね」


「放課後に逢引してるのかも」


「……この学校にはいない子ってこともあるよ?」


 などと、勝手に城崎寧々の『お相手』を妄想していたときだった。


 城崎寧々の頬に、ひと筋の光る物が流れた。

 涙、である。


 ふたりはしばし言葉を失う。


「……とても切ないストーリーだったのね」


「愛する人との悲しい別れ――すごく応援してたんだね」


「私たちも応援しましょ。城崎さんの恋路」


「……うん!」


 今日も今日とて城崎寧々を遠巻きから見守るふたりの女生徒であった。


   〇


 本日の城崎さんは。

〈荒野の魔王領〉の世界観に馴染もうと西部劇小説を読んでみたら、その悲しい結末にぐすっとしてしまう。


(敵のおじ様がすごくカッコよかった……)


(誰よりも主人公のことを理解してる元親友で、事情がこじれて和解できなくなっちゃったけど、決闘後にお互い認め合ってることがわかって……)


(心身ともに傷ついた主人公にヒロインが寄り添って、二人は静かな大地へと旅立つ――うんうん、平和な日々を送れるよう、私も祈ろう)


(にしても、ベッドシーンの力の入り様にびっくりしちゃった。思い出すだけで顔が恥ずかしくなっちゃうよ。ふー、あつあつ)

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