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荒野の魔王領 ~少女、仮想異世界にて銃花を咲かす~  作者: あたりけんぽ
第1話:カディアン森林と潜伏ギャング団
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[01-08] 千里の道もマタギから?

 喧騒が遠くなった頃には、風景も深い緑色の森にすっかり変わっていた。


 地面には馬車の(わだち)(ひづめ)の跡が残っている。私がお世話になった荷馬車のものだ。

 強盗に襲われたの、確かこの辺りだったと思うけれど――


「あれ、死体が残ってない」


「保安官が片づけさせたんじゃない? すぐ消えるのは不死者(しなずもの)だけだし」


 まあ、いつまでも死体が放置されてたら、他の通行人がびっくりするか。


「さ、道から外れるわよ」


 私たちはスモーキーから降りて木々の合間を歩いていくことにした。


 てっきり先導してくれるのかと思いきや、ラカはスモーキーと一緒に後方から私を見守るのである。

 しかも、サムズアップなんてしちゃって、


「今夜の食事代と宿代を稼ぐのよ」


「えーっ!?」


「ほらほら、大声出すと獲物が逃げてくぞ~」


 私はがばっと口を押さえる。

 甲高い獣の鳴き声が聞こえてきた。ラカは『ねっ』とウィンクする。


「言ったでしょ。このクエはセリアノ向きだって。ネネならできるっ」


「……わかった。やってみるよ」


 鳴き声のしたほうへと忍び足で向かう。

 狩りの道具はリボルバーだ。フォレスト・ディアーを見つけたら、狙って撃てばいいはず。


 踏みつけた葉っぱがくしゃっと音を立てる。

 この一帯に生えている木は広葉樹だ。密度はそれほどでなく、日差しで明るい。湿気があるせいか、少し蒸し暑くもある。


 足を滑らせないように気をつけて歩いていると、


《スキル〈追跡 Lv2〉が発動しました》


 というログが表示された。


 白い光が地面から浮かび上がり、獣の痕跡を(あら)わにする。

 それを辿っていくうちに、植物の香りだけでなく獣の匂いも感じ取れるようになってきた。


 果たして――いた。

 フォレスト・ディアー。文字どおり、シカだ。


 角がついているのでオスだろう。想像より……体が大きい。リボルバーの弾丸で倒せるか、不安になってきた。


 離れてついてきているラカに身振りで報告する。

 ん? 何か口パクで言っている。がんばれ、か。

 なんだか、授業参観で運悪く指名されてしまった気分だ。うまくやらないと、というプレッシャーがかかる。


〈ケルニス67〉には弾丸を装填してあるので、ハンマーを起こすだけでいい。かちり。これでいつでも撃てる。


 が、私は銃口を向けるより先に、まずフォレスト・ディアーを観察してみた。

 獲物を知らない狩人は三流。一流なら、獲物が何を考えているのかも手に取るようにわかる――なんて、ファンタジー小説の登場人物が言っていたのを思い出したのだ。


 木陰から見つめると、いつものように情報が表示された。


《フォレスト・ディアー ビースト Lv:5》


 ……悲しいかな。私よりも野生のシカのほうが高レベルだった。


 フォレスト・ディアーは土をもしゃもしゃと()んでいる。そんなもの、おいしいのかな。今年の土は非常に芳醇で百年に一度の発酵具合、的な。


 今ならリボルバーでも狙撃できそうだけど――

 もし外したら?


 逃げてくれればいいが、最悪、こちらに突撃してくるかもしれない。私の体、あの立派な角で串刺しにされても平気だろうか。いや、間違いなく命を落とすだろう。


 確実にやろう。私はさらに距離を詰めた。


《スキル〈潜伏 Lv1〉が発動しました》


 フォレスト・ディアーはたまに頭をぶるると振る。一撃必殺を狙うなら、タイミングを見極めないと。


 ……よし。

 私は木陰に片膝をつき、〈ケルニス67〉を両手で構えた。


 照準はフォレスト・ディアーの頭に。

 集中しようと息を止めると、CPゲージがどんどん消耗され始めた。


 緊張で視界が霞み、腕が震えだす。

 時間はかけられない。迅速に決めなければ。


「……――」


 トリガーを引く。ハンマーが弾丸を叩いた。

 非自然的な閃光が森を走る。


〈ラーヴェン855〉ほどではないが、それでも初心者にとってはびっくりするほどの反動で銃口がジャンプした。


 同時に、フォレスト・ディアーの悲鳴も響いた。

 追跡している間、ずっと耳にしていた鳴き声をぎゅっと押し潰したような音だった。


「やった!」


 私は思わず立ち上がる。


 弾丸は頭ではなく首に当たったようだ。

 フォレスト・ディアーは首の筋肉を引き千切られ、頭を下げたまま逃げようとする。血がだらだらと流れ落ちるのが見えた。


 なんて生命力だろう。ここで倒さないと。


 私は慌ててリボルバーを構えたが、先ほどのような狙撃は無理だった。

 リアルでイスに座っている私は『やれる』と考えているのに、『ネネ』はCPゲージを切らして息を上げている。頬を伝う汗に意識を取られ、狙いもまともに定められない。


 走って追いかけよう。ナイフで倒すんだ。私は駆け出そうとした。


 しかし、その必要はなかった。

 フォレスト・ディアーは急に立ち止まり、精一杯の力で天を仰いだかと思うと、糸が切れたようにどたっと倒れたのだった。


 私はリボルバーを握り締め、フォレスト・ディアーのもとへと慎重に歩み寄る。

 獲物は死んでいる。

 胸に広がっていく達成感の中に、ちくりと刺さる恐怖があった。


 量子コンピューターのサーバーに展開された仮想世界。その中で活動している並列AI。このシカは作り物に過ぎないはずだ。


 なのに、死を迎える瞬間の様子が、私の頭から離れない。

 ちょっと、よくできすぎじゃない?


 と、圧倒されていたというのに、


「やっるじゃ~ん」


「うひゃっ」


 いきなり背後からラカに囁かれたものだから、私はびくっとした。

 危うく銃を向けてしまうところだった。心臓が破裂してしまいそうなくらい、ばくばくと鳴っている。


 ラカは気にせず私の背中を軽く叩いた。


「初心者って、怖がって射程ぎりぎりから獲物を狙うのよね。でも、ネネはかなり踏み込んでから撃ったでしょ? やっぱセンスあるって!」


「センス……」


 命を奪う才能。


 確かに『恐怖』だの『圧倒』だのという感想を抱く以前に、口をついて出たのは『やった!』という歓喜なワケで。


 ……私、自分で思っているよりも狩猟型な人間だったのかなあ。

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