[01-06] いざ、初めてのクエスト受注!
ラカは〈フルハウス〉の裏手におウマさんを繋いでいた。
つぶらな瞳と目が合った私は、思わず駆け寄ってなでなでしてしまう。
「わあ、可愛い! えへへ、いい子いい子~」
ついテンションが上がってしまい、幼児化してしまう私だった。
それを見たラカが、両手で口元を押さえて悶える。
「あんたが可愛いかよ……」
「……こほん」
だって、あまりにも生き生きとしていて、私に鼻先で『撫でて撫でて』してくるんだもん。
ファンタジーの世界でもウマはウマだった。
この子は艶やかな鹿毛で、筋骨隆々とした体つきだ。鬣が長くて、優雅な佇まいである。
鞍には荷物を載せていた。力持ちさんなのだ。
ホルスターも備えていて、ラカはそこにライフルを納めた。ずっと手に持っているのも疲れるもんね。
「女の子?」
「いんや。××××が描写されてないだけ」
突然のもにょもにょ音にぎょっとする。
ラカがNGワードを平然と口にしたのだ。だ、大胆……。
「名前はつけてるの?」
「うん。この子はスモーキー。今までで一番賢い子だわ」
「今までって……もしかして寿命が早いの?」
「悪徳が栄えてる世界だからねー。寿命ってより、ほら、アレ」
ラカは歯切れ悪く語る。
「最初の子は銃撃戦の流れ弾。二番目の子はモンスターと戦ってる最中に逃亡。三番目の子はあたしが死んだときに行方不明。で、四番目のこの子ってワケ」
「……動物って可愛いけど、怖さもあるよね」
「まーねー。できれば長く付き合いたいけどねー」
ラカに撫でてもらうと、スモーキーは嬉しそうにふすふす鼻を鳴らした。
私たちは柵に繋いでいた手綱を解き、スモーキーを連れてストリートに出る。
レベル10代の人が多い中、レベル40を越えているラカは注目の的だ。私も背筋を伸ばして歩いてしまう。
「とりあえず、あたしがいないときでもレベル上げと金策ができるように、クエの受け方を教えとくわ」
クエ。魚や鳥の名前だろうかと考えてしまったけれど、クエストの省略とすぐに気づく。
「あ、チュートリアルもそこで止まってる」
「〈掲示板を探せ〉ってヤツよね。クエは掲示板の貼り紙から受けられるけど、NPCとの会話の流れで発生することもあるから、普段から怖がらずに人と話すように」
「はい、先生」
「うむ、よろしい」
掲示板は大抵、保安官事務所や交易所の前に設置されているらしい。
駅馬車や電信などの情報網によって、賞金首討伐クエストやアイテム納品クエストなどの依頼書が張り出されるのだ。
交易所の掲示板の周りには、仕事を探している人がたくさんいた。
小柄な私はよいしょとつま先立ちをして依頼書を覗き込む。
「〈馬車の護衛〉〈仇を討って〉〈借金の取り立てを〉〈あの人の行方を捜しています〉。……どれも大変そうだなあ」
「違う町に行かされるのは、旅のついでに受けとくと楽よ。アレなんかいいんじゃない?」
「なになに……〈シカの毛皮の納品〉?」
「狩猟はエルフとセリアノの得意分野だからね。ネネが持ってるスキルを伸ばすのにも合ってると思うわ」
「じゃあ、それにしてみようかな」
ずっと後回しにしていたチュートリアルの続きが視界に浮かび上がる。
《クエスト掲示板の依頼書を注視すると、クエスト情報を記憶し、メニューからいつでも閲覧できるようになります。達成に向けて何をすべきか迷ったときは、この情報をチェックしてみてください》
私は依頼書をちゃんと読み通してから、掲示板から離れる。
……本当だ。クエストウィンドウには、今読んだ物と一字一句同じ文章が記録されていた。
「えっと、〈クエスト:シカの毛皮の納品〉。カディアン周辺の森に棲息する〈フォレスト・ディアー〉を狩猟し、剥いだ毛皮を交易所のボビーさんって人に持ってく。報酬は毛皮一枚あたり、〈100ルオノランド・ビル〉。……ルオノランド?」
「この国が使ってる紙幣ってこと。ちなみに、リボルバーの銃弾一発あたりの値段は大体〈5ビル〉ってトコね」
「待って。人の命、安くない!?」
ラカは私のリアクションにけらけらと笑う。
「魔王領では命の値段を問うな、ってね。ここで最も価値があるのは『商品』よ。だから、一番稼げるのは交易会社絡みのクエ。その分、罰則もきつくなるけど」
不死者でも大勢が交易会社の雇われ生活を送っているのだとか。旅費がかからずに済むというのが大きな理由らしい。
「同じ名前のクエでも、時期によって報酬が変動するってことは頭に入れといて」
「時期って、どういうこと?」
「毛皮だったら、冬が来る前に需要が高まるでしょ? 他には、町の周りにギャングがうろついてるとか、モンスターが湧いてるとかで危険度が増してる場合。今もちょっと値上がり傾向にあるわね」
「……あ、もしかして」
「ネネが乗ってきた荷馬車の御者が報告したんじゃないかしら」
クエストの難易度が上がれば上がるほど、相応の対価を支払ってもらえるのはいいことだと思う。やりがいも出てくるしね。
「毛皮の在庫がだだ余りになると、安く買い叩かれるようになるわ。ライバルの少なそうな依頼を受けるのが金策のコツね」
「なるほど……」
あれ、周りのプレイヤーもラカの話を盗み聞きしているような。心なしか、ちらちらと目線を感じる。この町、旧魔王領の端っこなだけあって、初心者さんが多いのかもしれない。
ラカは気づいてか気づかないでか、例外についても言及する。
「報酬が爆上がりするケースだと、こういうのもあるわ。狩猟対象が絶滅の危機に陥った場合。超レアアイテムの納品ね」
「それって、その、色々と大丈夫なの?」
「もちろん、大丈夫じゃない。大抵、エリアごとに絶滅危惧種の保護条例が定められてて、それに反して狩りを行うワケだから、要は密猟よね。めでたく賞金首デビューよ」
ゲーム開始時にプレイヤーが我先にと狩猟をしたせいで、絶滅してしまった動物が何種かいるらしい。
慌てて発令された保護条例に気づかなかった大半は犯罪者となり、今度は人を狩る大捕り物イベントに突入したそうな。
「その一件で、低難易度の納品クエは初心者のために残しとくって暗黙のルールができたんだってさ」
「おかげで大助かりです、先輩」
私だけでなく、周りの初心者もうんうんと頷く。ここからがんばって成り上がろうね、同志。
「まあ、ゲームに慣れてくると、もっと稼げる手段を見つけるってオチなんだけどさ。行き着く先はボス狩りのハイリスクハイリターンよ」
ボスなる存在がどういうものかはわからないけれど――
私のゲームライフはまだ始まったばかり。生業を早く見つけたいものである。