第1章−1 我が主
一途に想う貴女をボクは想う。
「……めさま…」
「……」
「……様!」
「ん~…」
「織姫様っー!!」
「ん~…るさいってばー…」
「もう、起きてください!昼ご飯の時間ですよ!」
「……ふあぁ。寝たの朝方だったからー…スー…」
「どうせまた地球の乙女ゲームやってただけだろっ!」
「違う~…昨日は歴ロマドラマで…」
「どっちも一緒じゃーい!!」
「ぐえぇっ!!」
堪忍袋の緒が切れたボクの華麗なる一撃が、ご主人様のみぞおちに見事命中した。
「んもー!痛いってば!この薄情者!いや、薄情猫ー!」
よろよろと起き上がった主人にため息をつきながら、ボクはリビングへと踵を返した。
「全く、毎日よくも飽きずにゲームやドラマで夜ふかし出来ますね?」
「だって、地球の娯楽品はとっても面白いのよ?」
ブランチとなった食事をパクパクと食べながら、織姫様は得意げに言った。
「それは分かりますけどね…」
「私だって淋しいのよ…。彦様と会えない364日!二次元やドラマでキュンキュンしたっていいじゃない!」
「なーに言ってんすか。昨夜だって彦星様とリモート逢瀬してたでしょ!」
「ぐっ…。それはまぁ、そうだけど…。実際に会ってるのとは違うのよ!」
「ま、そりゃそうですけどね。七夕まであと2週間くらいでしたっけ?それまでに、治した方がいいんじゃないですか?」
「へ?何を?」
一応天界は天帝の一人娘だというのに、どことなく抜けたこの人は口の端にやっぱりケチャップを付けて、キョトンとこちらを見ている。
「顔ですよ、顔。肌荒れしてますよ。ニキビってやつですか?」
「嘘っ!?」
「嘘じゃないです。夜更かししてお菓子食べながらゲームしてたら当然のことです」
「どうしよー!うわーホントだ…」
織姫様は慌てて自分の顔を撫でた。
「こんなんじゃ、彦様に会わす顔がないよー!ねぇ、どうしよう?」
「何を今更。リモート逢瀬で散々見せてるじゃないですか」
「違うの!その…美肌モードとかぁ、ちょーっとだけ細く見える加工とかぁ、しててぇ…えへ」
「新手の詐欺ですか?」
「なっ!ち、違うもん!少しでも彦様にキレイだなって思われたくて…だから…」
全くこの人は…。
彦星様のこととなったら、まるで恋する乙女のように頬を赤らめるんだから。
もう何年も何年も変わらずに…。
でも確か数年前からだ。
七夕逢瀬が終わって帰ってくると、決まって泣き腫らすようになった。
話しかけても、ただ黙ってボクを抱き締めるばかりで、どうすることも出来なかった。
この人はずっと淋しいんだ。
苦しいんだ。
天帝から下された命をずっと守って生きている。
「じゃ、七夕までにキレイに治すことですね!さ、今日も仕事が5件入ってますよ」
デレデレしている主人の様子に何だかムカついて、ボクはペロリと彼女の口元を舐めテーブルをぴょんと降りた。猫のボクには随分と濃い味がした。