第2話:癒しの勇者、一方的に試験官を蹂躙する
二千年前、俺は賢者シリウス・ディオンスとして魔王を滅した。
癒しの勇者がいなかった討伐隊は、俺一人を残して全滅した。仮に俺が何らかの勇者だったなら、自分だけが死ぬ形で収めたかもしれない。
だが——俺は勇者ではなかった。
ただの賢者にできることなど、破壊しかない。
窮地に瀕した俺は、自らの命と、討伐隊たちの亡骸を媒介にして災害級魔法を放った。
大地と、空と、海と、宇宙の魔力を全て我がものとして扱う禁術。
その結果、魔王は消滅し、人類は世界の9割を失った。
癒しの勇者さえいれば、もっとマシな方法で世界を救うことができた。
だから、俺は願った。
転生するのなら、次は癒しの勇者だと——
——俺は新しい人生で条件を達成し、願いは叶えたらしい。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉ!」
身体中の細胞が活性化し、魔力が無尽蔵に湧き出るかのような感覚。同時にシリウスだった時の長い記憶が一気に流れ込んでくる。
この世界でカイト・アルノエルとして生きた15年間を忘れるわけではなく、あくまで記憶が融合された。
癒しの勇者の転生条件とは——癒しの勇者としてふさわしい『痛み』を知ること。
『痛み』には、肉体的な痛みだけじゃなく、精神的な痛みも含まれる。
俺はその因果のため、両親を失くし、能力を制限され、カースから嫌われていたのだろう。
だが、もう因果は終わった。
今日から俺は本当の意味でカイトとして第二の人生を生きる。
賢者の知識と、癒しの勇者の能力を持って。
まずは簡単な治癒魔法で傷を癒しておくことにする。
痛々しかった傷がみるみるうちに癒えていき、すぐに痛みが消えた。
簡易的な治癒なので、減った魔力までは回復しない。
「な……き、傷が癒えていく……だと!?」
カースが驚愕していた。
「そんなに驚くことか? これは特別な能力がなくてもできることだけどな」
二千年前の世界では、攻撃系の魔法使いでもこのくらいの治癒魔法は普通に使っていた。そんなことよりも死にかけの状態から魔力が活性化したことに驚くべきだ。
ま、本来の能力を取り戻したから分かったことだが、カースの能力値は驚くほど低い。到底魔法使いとは言えない。素人レベルだ。素人なら分からなくてもしょうがない。
俺は哀れみの目をカースに向けた。
「この通り、俺はピンピンしてるぞ。カース先生の本気はそんなもんだったってことだな?」
「な、なにを……クソガキが!」
頭に血が上ったカースは、次から次へと氷の槍を生成し、俺に向けて降り注ぐ。さっきと同じ魔法だ。
さっきよりも槍の数が増えて、今度は50本。
『クリエイト・アイススピア』と『ウィンド・レイン』の合わせ技か。古臭いというか、効率の悪い魔法を使うもんだな。こういうのは中級以上の魔法を使えない初心者が使うものだ。
遅いし威力も低い。
この50本が100本になろうが1000本に増えようが簡単に対処できる。
「遅い。本物の魔法ってやつを見せてやるよ」
俺はカースの攻撃が発射されたことを確認してから、魔法を起動した。
『バースト・アイス・レイン』
俺のちょうど頭上から一本の氷の槍が出現し、分裂しながら発射される。
分裂数はカースに合わせて50本にしておくとしよう。
指向性を持った槍が次々とカースの魔法を迎撃していく。
全てを撃ち落とした。
「な、な、な、なんだと……!? 化物か!?」
……あまりにもヌルすぎる。
こんな戦いをこれ以上続けたところで面白くもなんともない。足元に落ちていた剣を拾った。
勢いよく地面を蹴り、ジャンプでカースに肉薄する。
「この移動速度……こんな魔法見たことねえ!」
だろうな。なぜなら、
「これは魔法じゃなくてただのジャンプだ」
言って、カースの首に剣をトンと当てた。一瞬で意識を失ったカースが、その場に崩れ落ちる。
見学していた生徒たちの間にやや長い沈黙が流れ……。
「うおおおおおお! カイトがカース先生に勝ったぞおおおお!」
「信じられない! どうしちゃったの!?」
「カースざまあみやがれ! カイトよくやった!」
めちゃくちゃ盛り上がっていた。
まるでお祭り騒ぎだ。
そんな中、俺の幼馴染み姉妹——レミリアとミーナが駆け寄ってきた。
姉のレミリアは金髪碧眼で胸が大きい。そして心配性だ。
妹のミーナは銀髪碧眼で胸が大きい。性格は大雑把。
二人とも文句のつけようがない美少女だ。
双子なのに髪の色が違う理由はよく分からない。
「一時はどうなることかよ思ったわよ! 大丈夫? カース先生の魔法が胸に刺さったように見えたけど……」
「心配ないよ。刺さった部分は浅かったし、この通りピンピンしてる」
まあ、貫かれなかったとはいえ、死にかけてはいたのだが。……全部正直に話すとレミリアには心配されそうなので、控えめに言っておくことにした。
「確かに大丈夫そうだけど……」
「ミーナ、カイトがまさか倒せるとは思わなかった。……死ぬ前にカースを殺して助けるつもりだった。どういうトリックを使ったの?」
なんとも物騒なことを真面目な顔で言う。
昔からミーナは俺のこととなるとちょっと大袈裟になるんだよな。
安心させたいけど、転生のことはひとまず隠しておきたい。15年この時代に生きているとはいえ、転生のことについて調べたことがなかった。もしかしたら転生の話題はタブーかもしれない。
「最初はちょっと苦戦したけど、今までの努力がさっき繋がったんだ。ほら、実戦の中で点と点が繋がることってあるだろ?」
「……そんなことってある?」
なぜか疑いの目を向けられてしまう。
やや無理があったようだ。話題を逸らそう。
「ま、細かいことはいいだろ。それよりもこれは卒業試験クリアってことでいいのかな? なんかめちゃくちゃ弱かったけど。もうちょっとマシなやつを試験官にするべきだな」
「……え、今なんて?」
ミーナは首を傾げる。さらに疑いの目が強くなる。
俺、何も悪いことしてないのに……。
「いやだからさ、あんな弱い試験官じゃなくて、もうちょっとマシな強い魔法使いをだな」
「カースは……生意気にも学院最強。元王国騎士団の主力魔法使いだから、多分この学院でカースより強い人はいないと思う……」
「えっと……そうだっけ? ああー、そういえばそうだな!」
まずい、前世の記憶と、今世の記憶が融合するタイミングで、記憶の一部欠損が起きていたらしい。
今の時点では、自分が何を覚えていて、何を忘れているのかよく分からない。
ただ、どうやら会話をした限りでは、『常識』の部分を失った可能性が高いようだ。