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第1話:癒しの勇者、全てを思い出す

「ぐはっ……!」


 蹴り飛ばされた俺は、30メートル先の校舎の壁まで吹き飛ばされた。

 もしかするとどこか折れているかもしれない。全身が悲鳴を上げていた。


「フハハハハ! そんなものか! 貴様の努力など全て無駄だったのだ!」


 俺を蹴り飛ばしたカースが心の底から楽しそうに嗤った。

 見学している学院生たちの表情は暗い。


 俺はボロボロの身体を無理やり起こす。

 いつ気を失ってもおかしくない。気力と根性でなんとか保っている状態だ。


 ——俺は、中等魔法学院の卒業試験を受けていた。


 俺には魔法の才能も、剣の才能もない。だが、努力だけは怠らなかった。

 毎日魔力が尽きるまで魔法の練習を繰り返し、日が暮れるまで剣を振り続けた。それでも、進級条件ギリギリで這いつくばることしかできなかった。


 これまでは努力でなんとかなってきた学院生活だったが、卒業試験だけはどうにもならないかもしれない。正規の試験で合格できなかった俺は、『特別卒業試験』に臨んでいる。


 特別卒業試験は、中等魔法学院の教官と模擬戦をして、「卒業相当程度の実力がある」と認められたら合格ということになっている。

 俺の努力を認めてくれた教官たちが、俺を救済するために急遽特別試験を組んでくれたのだ。


 だが、全ての教官が好意的だったわけではない。


「もうおしまいか? 貴様のために動いた連中に申し訳ないと思わないのか?」


「いや……まだだ!」


 魔術教官カースは、俺を見下している。

 エリート出身の彼は、才能がない俺を入学当初から嫌っているようだった。わざとみんなの前で恥をかかせたり、必要のない仕事を与えられたりもした。


 俺は文句も言わずカースのイジメに耐えぬいた。その姿勢が他の生徒や教官に評価されたらしい。

 カースにとっては、それが気に入らなかったようだが……。


「貴様なんぞ魔法を使うまでもないわ! んん!」


 カースが拳に力を込めて、ふらふらの俺に近づいてくる。


「カース先生! もうやめてください! カイトを殺す気ですか!?」


「なんだ、試験妨害する気かね、ミーナ・リンツェール」


「そ、それは……ええ。試験なんかよりカイトの方が大切です」


 幼馴染みで学年主席のミーナが、カースに食い下がった。学年一、二位を争う美少女は、なぜか落ちこぼれの俺を見放さなかった。


「止めないでくれ、教官に……認めてもらうまで戦う……」


「何言ってるの!? コイツは卒業を認めるつもりなんてないわよ!」


「教官に向かってコイツとはなんだね。私だって鬼じゃない。私を倒すことができれば、卒業を認めてやろうじゃないか。死ぬ気でやればなんとかなるんじゃないか? まあ知らんがな」


「……! やっぱり最初から合格させるつもりはなかったのね! 中等魔法学院生が教官に勝てるはずがないじゃない! 本来担当するはずだったアレス先生が突然怪我したり……それもまさか関係あるんじゃないでしょうね」


 もともと卒業試験は俺の担任教官だったアレス先生が相手になる予定だった。どういうわけか、今朝何者かに襲われ怪我をしてしまったらしい。そのせいでカースが相手になってしまったのだ。


 カースが犯人だとすれば言うまでもなく犯罪だが、証拠があるわけではない。


「ミーナ、ありがとう。でも、いいんだ。カース先生だってクリアできない試験を用意するはずがない。カース先生の言うとおり死ぬ気でやればなんとかなるはずさ」


 ちなみに、カースの言う「死ぬ気」と言うのは文字通りの意味だ。卒業試験に限らず、対人戦ではたまに死者が出ることがある。俺は本当に命がけの戦いをしている。


 降参するか、戦闘不能になるまで戦うのが卒業試験のルールだ。降参した場合でも、それまでの戦いから能力が認められれば合格できる。……が、カースは認めないだろうな。


「カイト……でもカイトが死んじゃったら私……」


 レミリアが何か言いかけた時。


「あの教官がカイトに何かしたら、ミーナがぶっ殺す。だからレミリアは心配しなくていい。おっけぇ」


 レミリアの双子の妹——ミーナが、レミリアの肩をポンと叩いて親指を立てた。

 ミーナは学年次席の美少女。一対一の戦いではレミリアよりも強い。


 俺なんかよりよっぽど才能がある将来有望な魔法使いだ。ミーナなら、本当に教官であるカースを倒せてしまうかもしれない。


「ヤバそうな雰囲気で話すのはやめてくれよ……まったく、まだ勝負は終わってないんだぞ?」


「それは……そうだけど……そうね」


「カイトがカースに勝てば丸く収まる話。でも、万が一のことはある」


 やれやれ、心配しすぎだ。いくらなんでも、教官が生徒を殺すわけがない。教官は魔法に優れ、高潔で、人格者のはずだ。

 死ぬ気でかかってこいというのも、俺を鼓舞するための方便だろう。


 なら、俺がやるべきことは——


 俺は、剣を握り締めた。


「待たせたな。俺は勝つ、そしてカース先生に認めてもらう!」


 力を振り絞って、地を蹴る。そして、剣を横なぎに振った。

 身体はボロボロ。でも、まだ動ける!

 今の一撃は今日一番だ!


 だが、カースは俺の剣を軽々避け、右後ろに後退する。息つぐ間も無く、魔法を発動した。宙に氷の槍が次々に作られていく。その数——30本。


「貴様のそういうところが嫌いなんだ——よっと、おっ? 魔法の発動に失敗して思ったより出力が大きくなったな————っと!」


 まったく失敗した風じゃない口調で、カースの攻撃魔法が発動する。


「フハハハハ! この数を受けて死ななければ合格だアアアア!」


 俺を殺す気としか思えないほどの大量の槍。

 距離を取る間も無く、大量の槍が降り注いだ。


 うそ……だ……ろ?


 いくらなんでも、殺されるとまでは思わなかった。しかも、魔法を発動する直前に強化している。完全に俺を殺すつもりだ。事故に見せかけて。


 だが、抗議をする時間はもうない。


 キン! キン! キン!


 三本の槍を件で迎え撃つことに成功した。

 だが——


「————あ……ああ…………」


 胸に1本。左腕に1本。右腕に1本。膝に1本。


 合計4本の槍が俺の身体を抉った。

 致命傷は胸の一撃だった。

 心臓への直撃は逃れたようだったが、動脈から血がドクドクと流れている感覚。

 まさか、急所まで狙うとまでは思わなかったが……。


 熱い。

 もはや痛すぎて痛みを感じないが、身体が悲鳴を上げていることだけはわかる。


 ああ、このまま死ぬのかな。

 意識が遠のいていく。視界がもやに包まれ何も見えない。俺はこのまま、この世界から消えてなくなろうとしていた。


 ————————!?


 自然と死を受け入れてた瞬間。突然、俺じゃない何かが流れ込んできた。

 いや、『俺じゃない何か』じゃない。明確に『俺自身』だ。

 ちょっと何を言っているのか自分でもわからない。でも、そう感じた。


 俺と俺がくっつき、一つになる。


 そして、全てを思い出した。

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