第9話:癒しの勇者、真の無詠唱魔法を教える
魔法には、詠唱魔法と無詠唱魔法がある。
魔法の発動に詠唱を必要とするのが、詠唱魔法。
魔法の発動に詠唱を必要としないのが、無詠唱魔法。
並べてみるとシンプルだ。
「二人の魔法には、余計な術式が混ざってる。これは詠唱魔法の特徴だ。頭の中で呪文を詠唱するってのは、敵に発動する魔法を知られないための技術。無詠唱魔法とは別物だ」
「私たちが無詠唱魔法だと思っていたのは実は詠唱魔法だったってこと……?」
レミリアが、信じられないものでも見たかのように、混乱していた。
「じゃあ……無詠唱魔法って何……?」
ミーナも、脱力して頭を抱える。
「魔法ってのは、イメージを具現化するツールなんだ。例えば、『ファイヤーボール』ってのは火の魔法だよな。火ってのを明確にイメージし、必要な魔力を正しい方法で組み上げれば、理論的にはどんなことでも実現できる。例えば、こんな風にな」
『ファイヤーボール』を発動する。
すると、硬い地面を突き破って火球が飛び出し、空に飛翔して爆発した。
「じ、地面から『ファイヤーボール』が!?』
「これ、なんて魔法!?」
詠唱魔法は、無詠唱魔法の繰り返し動作を楽にするために生まれたものだ。
二千年前は、プログラムと呼んでいた。
ここまで詳しく知る必要はないから二人には説明しないが、詠唱魔法の中でも高級詠唱と低級詠唱に分類できる。
無詠唱魔法はすべての魔法を実現できるが、簡単な魔法をいちいち組むのが面倒なので、新たな言語を創り、その言語の組み合わせで様々な魔法を簡単に使えるようになった。
低級魔法を土台にして簡略化することで、詠唱魔法はさらに進化し、呪文一つで様々な動作を実現できるようになった。
欠点としては、直接魔法を組むのと比較して術式のコードが不必要に長く洗練されていないせいで、速度が遅いことと、威力が低いこと、そして安定性が低いことが挙げられる。
これは、言葉を術式に変換する過程で完全に洗練されたものに変えるすることが困難だったからだ。汎用性を追求すれば、特化性は失われる。
とはいえ、詠唱魔法は生活魔法に広く浸透した。
俺も無詠唱の術式を覚えていなければ、わざわざ『クリエイト・ウォーター』のような魔法はいちいち無詠唱で勉強しなかっただろう。ケースバイケースだが、戦闘がなければそれほど重要ではないかもしれない。
しかし、国を守る魔法使いですら戦闘で詠唱魔法を使っているのでは先が思いやられる。
「普通に『ファイヤーボール』でしかない。普通にやったんじゃ、詠唱魔法でこんな風に簡単な改変もできないだろ?」
「た、確かに地面から打ち上げる方法なんて想像もできない!」
「座標をちょっといじるだけだし、本当は無理やり工夫すれば詠唱魔法でもできなくはないけどな。……まあ、無詠唱魔法を覚えればこんなことは簡単にできる。威力も強いし、発動速度も速い。ちゃんと覚えれば応用も利く」
「す、すごい……カイトはどこでこれを覚えたの?」
ミーナが、キラキラした眼で俺を見つめる。
俺は、言葉に詰まった。
転生のことを話せば話は早いが、今は隠しておきたい。
「それはだな……独学……だな。突然閃いたって感じだ」
「独学……何年くらいかかる?」
そうだな、真面目に覚えようとすれば簡単な魔法を使えるようになるのに1年、中級魔法を使えるようになるまでに10年、上級魔法ともなれば、一生かけても使えないこともある。
才能がモノを言う世界なのだ。
でも、それは癒しの勇者がいなければの話。
もし、癒しの勇者がいれば——
「簡単な無詠唱魔法ならすぐにでも使えるようになる。そこからは練習方法と才能次第だ」
俺は、ミーナの手をとり、軽く握った。
「ど、どうしたの急に……あっ///」
「どうした? 気分悪いか?」
「な、なんでもないっ! なんか、あったかいのが流れてきて……」
どうやら、上手くいったようだ。
「俺の魔力を一部ミーナに流して、共有してる状態だ。難しい魔法の感覚とか、文法みたいなところを一瞬で理解できるようになる」
自分の魔力を他人に流すこと自体は、賢者だった頃も再現可能だった。だが、『魔力とともに情報を流す』という作業は、癒しの勇者にしかできない。
「す、すごいの! なんか、目の前が全部文字みたいに見えてきて……」
「それで正解だ」
慣れれば普通の景色だが、『魔法に気づいた』初心者はそうなる。
「じゃあ、次はレミリアだな」
レミリアにも、ミーナと同じように魔力と情報を流して、身体で直接理解させた。
二人とも、これで無詠唱魔法をとりあえず覚えたことになる。
ここまでくれば、今日の目標は達成できたも同然だ。
「よし、これで全ての準備は整った。次は強化魔法と、弓魔法の時間だ」