あり得ない恋の物語「葵(あおい)と碧(みどり)」
第1話 奇跡の扉の音
葵は、四国の高松市の出身であることを職場の同僚に一度も話したことがありませんでした。松山市にある彼女の職場には、縁をたどればだれか近しい人が一人や二人はいるはずでしたが、それを許さない職場の雰囲気にいつも息苦しさを感じていたのです。
彼女の職場は、地元では中堅の信用金庫で、古くからの取引先と古くからの縁故が職員の採用にも影響する土着体質だと誰もが知ってました。そして、表の顔と裏の顔がまったく違うことは、中で働く者の警戒心を煽り一人一人の溝を深め孤立させることで、不正やセクハラをもみ消す風土をつくっていたのです。
入社から一年がたち、葵が本店の研修会に出席したとき同期入社の沙弥香に一年ぶりに会いました。葵は思わず話しかけたのですが、沙弥香はこう答えたのでした。
「明るく真面目な人は、ここではじゃまなだけ! まだ分からない?」
と碧の職場である信用金庫の不倫騒動から一月あまり、二人は思いのほか事が上手く行き過ぎたと感じて、お互いが会おうとしなかったのでした。
会おうとすれば直ぐでも会えるのに、すべて上手くいくはずはないという不安や煩わしさから距離を置き、現実を見ないことに居心地の良さを感じていたのでした。
…葵は激怒した。
「あんた、あのねー、、うちに全然、電話して来ないって、おかしくない。…あんときさ~、うち言ったよね。何かあったら、何時でも電話していいよって、
友達承認したよね。、…。何にもなくたって、
ちゃ-んと連絡取るのが、筋っていうもんじゃないの。ったく。」
碧は何も言い訳できずに、うつむいていた。
そんな碧に葵は
「はい、お、し、まい。あんた、何か相談があるから来たんじゃない。早く吐き出しな。うち、暇だけど、仕事中だから。」
その一言で、碧は和也のことを、話しはじめた。
葵は、碧の説明に、少し首を傾げた。
「あんた、それおかしくない。だって和也さんと、ご飯食べに行ったり、遊びに行ったりしたんじゃん。あっ、あれは、未だかもしれないけど。
好きな人が、映画のゴーストみたいだとすると、この世にいる間に、やりまくるでしょうが。あッ、いや、やられまくるのが、当たり前でしょうが。
…あんた、このままだと、本当にへんな奴に捕まって、一生後悔する…っ、はめになるよ。
ちゃんと考えな!」
黙り込む碧に、葵は、
「まっ、私的には、打つ手ないと思った時点で、他にチェンジかな〜、絶対我慢できないし。あぁーあんたは、ずっと我慢だから、分かんないか。」
碧は、そこまで言われたくない!。と思った瞬間
「はい、はい!、じゃあ切り替えしよっか。今日、飲みに行くよ。どうせ予定ないでっしょ!」
碧は、葵に、嘘は通用しないと分かっていたが、少しでも自分の意思を通そうと、
「居酒屋ではなく、どうせならホテルの、ラウンジバーがいい。」とねだった。
葵は快く、
「そうそう、うち、この前、婚活で買ったばっかの、服があるから、着替えてから、そこに行くね。」
碧は、段ボールの荷物は途中で、実家に運んだことにして、自分も服を持って、本店に戻ることにした。
二人の、待ち合わせの時間は、
「夕方7時に現地待ち合わせ。」と、お互いが念を押す。
葵は、
「その前に、あんたに電話するから、必ず出なさいよ。あと、ラインも。」
二人は、やっと携帯での繋がりを、確かなものにした。
第2話 奇跡を信じるか (葵の思い)
葵と碧は、やっと職場の不倫騒動や、セクハラを乗り越えた満足感と、安堵の気持ちから、ご褒美気分満載で、ラウンジバーへと向かっていた。
申し合わせたとおり、近くのコンビニで待ち合わせし、会場に入ったが、二人とも、このホテルは初めてではないものの、自分で予約するような経験はない。いつもの会話は、すっかり影を潜めていた。
バーの入り口には、白シャツに黒のツーピース姿のスタッフが立っていた。
二人はゆっくりと、彼の視線に入り、それぞれの携帯の画面を見ながら、慎重に予約を確認した。
すると、直ぐにエスコートが始まり、流れるように席まで案内された。
スタッフは、無駄のない身のこなしで椅子を引き、その椅子の位置は、二人の好みに重なり、無駄がない。プロの技に驚いていると、裏手からソムリエが、飲み物のオーダーに加わった。
ソムリエは、二人の顔を窺いながら、タイミングを測ったように
「よろしければ、お二人にお似合いのものを、幾つかご用意いたします。その中から、お好きな物をお選びいただく。…いかがですか?」と言い、その場の緊張を包んだ。
「お願いします。!」と二人は即答した…。
葵は、「どうして、こんなに落ち着けるの」
白シャツのスタッフの後ろ姿を、不思議に感じていた。
そんな優しい、やり取りの中、日常の煩わしさは少しずつ薄れ、ソムリエの勧めに応じたワインとカクテルで、ほろ酔い気分が続いてい
た。
あっという間に予定の二時間が過ぎ、満足の笑顔を交わしながら、
葵が「また来た~い!」と言うと、
碧も「また来よう、また来よっ…!」と言いながら、バーをあとにした。
と、その瞬間、、、
碧の顔が、いきなり硬直し、ある一点を鋭く凝視した。
碧の意思とは別に「言葉が出ない。言葉が浮かばない。体が動かない。」を繰り返していた。
葵は、直ぐに異変に気付き
「ねー、大丈夫。酔っ払っちゃった?」と碧の腕を掴もうとすると、
逆にその手を振り払い、碧は一人の男性を指差した。
その指の先には、和也がいた。
「ねっ、誰なの、カッコいいじゃん。知ってる人?」と葵が聴くと、
その問が、宙に舞うように、碧は和也のもとに駆け寄った。
和也は、直ぐに碧に気付き、「やっぱり会えたね、良かった。!」と笑顔で迎えた。
碧の顔から、涙が溢れ、綺麗に磨かれた、フロントの石床にポツリと、落ちた。
乱れた息を挟み、絞り出すような途切れ声で、和也に訴えた。
「どうしてぇ、引っ越したこと、どうして、連絡してくれなかったの?…どうして、、私、心配してたんだよ。」
興奮して立ったまま、泣きじゃくる碧を、和也は何も言わずに、優しく抱き寄せた。
碧は、初めて和也の胸の温かさに浸り、溶けるような感覚を体全体で感じていた。
そして、その一画だけは、フロントの人の動きの中に、自然に溶け込み、時間と時間とを結ぶ、何かが、ゆっくりと流れていった。
※「ここから、主役が、葵に変わります。」
葵は、説明されるまでもなく、その男性が和也であることを確信し、
「奇跡が起こって、良かったねっ!、うち、お邪魔しないで、帰るぅ~。
あんた、もう絶対に離れたらダメだよ。」と、
もらい涙で声を詰まらせた。
葵は、酔いざめの中、一人、足早に帰っていった。…その後を追いかける、白シャツのスタッフが、「……!」何か叫んだ。
スタッフは、葵が泣きながら帰ったことを心配して、追いかけて来たのである。
葵は、事の成り行きを、説明しようとしたが、何故か涙が止まらず、二人だけの時間が暫く続いていた。
ようやく、一言「ごめんなさい、、私、幸せな人を見ると、涙が止まらなくなるの。、、本当に、ごめんなさい!」
白シャツの胸ポケットから、白のハンカチが渡され、惜しげもなく、葵は、涙と鼻水を拭き、自分のバッグに仕まった。
白シャツは、何となく事の成り行きを、理解できたが、やはり人目が気になり、タクシーを呼び止め、葵を乗せるまで、付き添っていた。
葵は、その間のことを、あまりよく覚えていないが、とても温かな、ぬくもりを感じていた。
その翌朝、葵は、碧にラインをした。
奇跡を信じきれない。そんな不安や、記憶が曖昧なことから、ラインの言葉に迷っていた。
そして「やった?!、」と、s…xをやった?という質問か、或は和也との再会を、祝福して「やった(ね)!-」と言っているのか、どちらにも取れる言葉を選んだ。
碧からは、意味を確認するまでもなく、グーマークが返ってきた。
グーマークの追伸には、長々と、
「和也が松山への出張が決まったとき、もしかしたら碧に会えるかも知れないと直感したこと。
そして、岡山で最初に出会った時から、大好きだったこと。…遠距離だけど結婚を前提に付き合ってほしいと言われたこと。
その事を両親に話したら大賛成してくれたこと。最後に、信用金庫を辞めること。」と書かれていた。
葵が追伸を読み終えると、和也と碧の並んだ写真が、ポン!と画面に送られてきた。
第三話 時空を遡(さかのぼる!、(葵の過去)
葵は、送られてきた碧と和也の写真の日付が、何日か遡っていることに気付いた。
しかし、それより「目の前で起こったことが、偶然と言い切るには、出来すぎ。まさか、、?」と自分の記憶を疑い「やった?!、」と、どちらにも取れるコメントを選んだのである。
確率からすれば、信じ難いレベルの「あり得ないこと?」もしかしたら、酔っ払って、夢でも見ていたのか。
葵は一抹の不安がよぎり、本当は一番興味のある、碧と和也が、ベッドで愛し合った場面を、なかなか聞けないでいた。
葵は「あたし、考えすぎかな。あんたには わるいけど、」と、途中で本題を残したまま、ラインを返信した。
そして、祝福のコメントに続けて、打つ予定にしていた、
「あの後、碧の母に電話して〜、愛する彼氏と再会したので、二人でいるから心配しないで〜。」と伝えたことなど、その日の、つじつま合わせは、更に先伸ばしされることになった。
数日後、葵は思い切って、ホテルのあの場所に、同じ時刻を指定して、碧を呼び出した。
待ち合わせした二人は、お互いの顔を見ながら苦笑し、近くのファミレスに移動した。
二人が中に入って席に着くと、「デリーズへようこそ!」と、マニュアル通りの店員の挨拶に、笑いをこらえながら、おもむろに、あの日のことを振り返りはじめた。
すると、碧は、葵の質問を待たずに、二人が別れた後に、和也とどうなったかを、話し始めた。
碧は、こうまとめた。
当日、和也はホテルを予約していたが、シングルだったので、部屋をツインに変更して一夜をともにしたこと。
和也は、初め緊張して「自分が持っているべきものがない」と、真剣に言うから「何のこと?」と聞いたら、例の避妊具のことで、
そのことを無視したところ、和也は「赤ちゃんは二人の愛の結晶、俺、何いってんだ!」と、恥ずかしそうに笑って、その後は、じゃれ合うように、深く楽しく結ばれたこと。
そして翌朝、碧をベッドに残したまま、先にホテルを出て、早朝便で羽田まで飛行機で戻ったこと。
まだまだ話は続いていたが、葵は、自分の過去を、同時にイメージしていた。
葵は、耳から入る話と、6年前の、優馬との思い出を、心の奥に封印するため、自分の昔話を、なるべく避けていた。
身の回には、記念品や写真等の思い出に繋がるような物は、全くなく、ずっと実家に置きっぱなしであった。
優馬は、葵が愛した、最初で最後の男性である。
葵は、四国の高松市で、高校までを過ごした。母は、女で一つで葵を育て、今も高松の市営住宅で暮らしている。
葵は、高校野球で有名な商業高校に入り、野球部のマネージャーをしていた。
そして、優馬と出逢った。
優馬は、1年生では、背番号をもらえない選手であったが、徐々に頭角を現し、2年の夏には、押さえを任されるまでになった。
葵は、持ち前の明るさと、機転の効く性格から、マネージャーとして、チームでも重宝がられていた。
一方、優馬は、というと、あまり目立たない存在であったが、試合の苦しい場面を、しっかり乗り切る度に、葵との会話が増えていった。
そして、2年の秋大会。
優馬は、押さえから、エースになっていた。
葵は、スタンドから応援すると、スリーアウトの度に、優馬と、視線が重なることを意識していた。
優馬は、スタンドに向かって帽子を取って、軽く会釈するが、やはり、その視線の先には、葵の姿があった。
それから、野球部の納会が年末に開かれた時のこと、偶然、向かい合わせになった二人は、初めて野球以外のことを話した。
その雰囲気は、二人がお互いに好意を持っていることが、直ぐに分かるもので、チームメイトも、だんだん、エースとマネージャーの空気に、気を利かすようになっていた。
そして、二人は自然に付き合い始め、一緒に初詣に行き、必勝祈願と甲子園出場を絵馬に残した。
第四話 解かれた封印(葵の傷跡)
「葵!、葵って、ばー!?」
碧が、顔を覗き込んだ。
「あっ、はい、、。(葵)」
「ドレッシングは、青じそで良かったよね。返事しないから、勝手に頼んだよ!(碧)」
葵は、初めて碧に、仕切りをリードされ、我に返った。
一瞬の動揺を悟られまいと、葵は、少し声を弾ませた。
「ハイハイ、、何んも食べてないけど、美味しい話、ごちそうさま。今日はあんたの、おごりかー。さてさて高いやつ!」と切り出し、テーブルの呼び出しボタンを押した。
そして店員に「とりあえず、生二つ…お願い!」と、軽めのオーダーを伝えた。
ほどなくして、テーブルには生ビールが運ばれ、二人はそれを一気に飲み干した。
葵は「たまにはホテルもいいけど、こっちの方が落ち着きマンモス!、そんで、あんたは‥ラブラブ-マンモスぅ~!」とジョークを飛ばしてから、あの日、碧たちと別れた後の話を、口にした。
「あたしね、あの後、あんたのお母さんに電話したの、聞いた?」少し迷いを滲ませながら言った。
碧は、突然の振りに、何のことか、さっぱり理解出来なかったが、
「どうして、お母さんの電話番号知ってるの?」と葵に尋ねると、
「初めて、あんたのお母さんに会った、例の、会社の歓迎会を断った日の、次の日に、お母さんから支店に電話があってさ、、それでっさー。」と言うのである。
碧は「えゎ~何で、男の人とホテルに居ることを、ライブ中継するかな~。もー、家に帰ったら、親の顔なんて、まともに見れないじゃん。
ぅ-あのあと、お母さんに、何にも聴かれてないし、、まさか、お父さん、知ってて、和也さんとのお付き合いしたいって、ちゃんと話したら、〜良かったかい!?〜って。、何が良かったか?!、もぅ、」
「…その前に、やっちゃってたって、知ってたんだよ、お父さんは、、もう信じらんない。」
葵は、間髪いれず
「あんたは、何を拘るかな~。ここで迷うことなんか、何~んにもないじゃん。覚悟決めれば!そもそも、そこがダメだって。」と、強めの口調を浴びせ返した。
流れの気まずさに、二人は同時にメニューを見始め、別の話題に切り換えようとした。
食事を取りながら、一つ一つお互いの隙間を埋めてゆき、先々のことを楽しげに語らいながら、その場を納めた。
葵は「ごちそうさま。あんたの話でお腹いっぱい。頑張って!」の一言。
碧は「私、命がけで和也さんと結婚したい。いえ、絶対に結婚する。」と言い切った。
葵は「それはそれ!‥あんたは天然入りすぎ。勤めも辞め方あるっし、ましてや遠距離をどうするか、全然考えてないでっしよ。
あんた、今の状況をちゃんと乗り越えられるの?誰かに相談した方がいいって、
絶対、いいって。だって、あんたたち二人の、人生掛けた、分かれ道なんだから。」
葵は、いつもと違った口調で、強く話す自分に気付き、別の話題に切り替えた。
その後は、二人とも仕事の話や、和也の色んな癖について話が盛り上がり、ビールと食事で楽しい時間を過ごした。
そして、最初の約束どおり、碧が支払いを済ませ、二人は別々に、それぞれの家へと帰って行った。
葵が、ホテルの脇にあるバス停で、バス待ちをしていると、後から列に並んできたのが、あのとき葵のあとを、心配して追いかけてきた、スタッフの白シャツである。
お互い直ぐに気付き、軽く会釈を交わしてから、葵が切り出した。
「ハンカチ、お借りしたまま!…。
私、本当にご迷惑かけて、名前は、、、あの。」
「、お名前は、ご予約いただいたので、存じ上げています。私は、渡辺、…渡辺弘哉と申します。」、、
バスが到着し、二人は乗り込んだ。
つり革に捕まりながら、葵は、今までの経緯を話し始めた。バスは、終点の駅前に到着し、二人はそのまま分かれると思った瞬間、
タクシーとお年寄りの交通事故に遭遇した。
骨折している。膝に、擦り傷と、うっ血が見えた。
交番から警官が直ぐに来たが、新人らしく、要を得ない。弘哉が救急車を呼んでいる間、葵は、周りの人に、テキパキ指示を出して、協力を求めていた。
タクシーの運転手が、応急処置をしようと、どこからかガーゼと包帯を持って来たが、葵は「それ後でいいわ。頭や、他に骨折がないかの確認が先!」と、落ち着いて指示を出した。
暫くして、救急隊が駆け付け、二人はホッとして、笑顔を交わした。
葵は、すっかり酔が冷め、何の気無しに「良かったら、お茶しません、。この前のお礼もあるし。」と放った瞬間、「ヤバい!。変な女に見られる。」と顔を赤らめた。
弘哉は、迷いなく「いいですよ。僕もさっきのことで、喉が乾きました。何か気持ちを切り替えたいし。」
葵は、弘哉の答えに、赤らむ顔を笑顔に変え、「さっきまでデリーズで、少し飲んでいたので」と、説明にならない話を返した。
二人は、駅近のスタバに入り、葵が弘哉から借りている、ハンカチの話になった。
「ちゃんと洗って、アイロン掛けて、直ぐにでもお返しできるようにしています。ありがとうございまました。(葵)」
「かえって、お気を使わせてすみません。(弘哉)」
「私、ハンカチ汚しちゃって、別の物を買って、お返ししましょうか?(葵)」
「いえ、僕が慌てて、お貸ししたのが、かえってご迷惑をかけることになりました。…あのハンカチは、実は兄の形見なんです。」
「え!、そんな大切な物を。そう言えば、ハンカチにイニシャルがありました。でも?(葵)」
「お気付きのとおり、名字の渡辺の、W、はありません。兄の名前は、正木優馬と言います。Y.M.です。」
葵は、耳を疑った。飲みかけたコーヒーを直ぐに置いて、水に替えた。鼓動が伝わり、動揺を抑えようとしながら、
「私の高校の時の、同じ学年の方と同じ名前です。多分、人違いだと思いますが、兄弟がいるなんて聞いてませんでしたから、(葵)」
「坂本さんは、失礼ですが、どちらの高校ですか?もしかしたら、と言うこともありますし、(弘哉)」
「高松の○○商業高校です。本当に、本当ですか?(葵)」
弘哉が、同時に、うなずきながら、
「本当に、本当です。(弘哉)」
「だって、あれから6年も経って、どうしてこんな事が、(葵)」
「僕も、半信半疑ですが、兄を直接知っている方にお目にかかれるなんて、、兄とは、どういうご関係だったか、良かったら、教えていただけませんか!(弘哉)」
あまりの偶然に、葵に迷いはなかった。
「でも、お名前が違うのは、、?(葵)」
「そうですね。それを説明しないと、いけませんでした。、、僕と兄は双子で生まれ、僕は直ぐに大阪の今の両親のところに、養子に出されたんです。僕の母と、いえ、育ての母から聞いた話ですが、僕たちが産まれたときに、そう決めたそうです。(弘哉)」
「長くなりますが、僕たちを産んだ実の母は、数日後に、急死したと聞いています。そのとき、母親同士が決めたことで、、もともと二人は親友だったので、父の正木さんも、理解してくれたと聞いています。」
葵は、余分な力みや、緊張もなく、静かに弘哉の話を聞いていた。
「でも、双子なのに、あまり似てらっしゃらないですね。お目にかかったとき、気付きませんでした。(葵、笑)」
「僕もそう聞いています。もともと二卵性で、兄は野球で丸坊主。僕は水泳をずっとやってきたので、体付きや、顔、日焼けの感じは、あんまり似ていないって言ってました。
身長も兄が5.6センチ高かったらしい、あっ、いや、高かったです。…もうこんな時間だ。僕の携帯番号、お伝えしますね。(弘哉)」
弘哉は、手帳に素早く電話番号を書き記し、破いて葵に渡し、席を立った。
二人は、店の前で、それぞれ別々の方向に向かったが、気になって同時に振り向いた。そして、弘哉から、
「兄は、きっと、あなたのことが、…。」
葵は「好きです。今も大好きです。」と、周りを気にせず声を出した。また、涙が…こぼれ落ちた。
第五話 泣き顔の似合う姿
駅前で、タクシーを拾うと、葵は、直ぐに自宅のアパートの住所だけを運転手に伝えた。
運転手は、何も言わず、出発し、信号待ちもほとんど無く、アパートの手前のコンビニで停車した。
葵は、千円札2枚で「お釣りは、要りません!」と言って、車を降りた。
アパートの鍵を開け、荷物を置いて、直ぐにシャワーを浴びたが、涙がいっこうに止まらない。浴室の鏡に、自分の泣き顔が写し出され、また、顔にシャワーを掛ける。
赤らむ顔に、タオルを掛け、うつろに部屋にたたずむ姿が、外のかすかな明かりに、影を落としていた。
ジャージに着替えると、顔から上をバスタオルでグルグル巻にして、ベッドに腰掛けた。
ベッドの横には、綺麗な袋に入った、白いハンカチが置いてあった。
葵は、袋ごと胸に抱きしめ、布団に包まった。泣き疲れた体は、一瞬で寝落ちした。
翌朝、ハンカチを抱いたまま目が覚め、昨日のことを整理すると、弘哉から、受け取ったメモのことを思い出した。
間違いなく、受け取った。
いつも、大事な物は、服のポケットには仕まわず、札入れに仕まうことにしているので、急いで確認すると、中に二つ折りになったメモが入っていた。「良かった!(葵)」
携帯を取り出し、直ぐに電話帳に入れた。入力を確認するため、スクロールすると、偶然、正木優馬の次に、渡辺弘哉が、あった。
葵は、何かに操られるように、発信ボタンを押した。声が聞きたかった。
ワンコール、もせず、直ぐに弘哉が出た。二人は同時に「もしもし?…」と言った。
挨拶の言葉はなく、お互いの気持ちを話していた。時間が少しゆっくり感じられ、話の中に笑顔がときどき見えた。何も、気を使わない二人だけの一時が重なっていた。…。
葵は、そこに、優馬の空気を感じた。顔や見てくれは、少し違うが、声や話し方は優馬に、そっくりと気付いた。
我に返った。そして、素直に、「私、今まで弘哉さんと、お話している感じじゃ、ありませんでした。お兄さんと、、ごめんなさい。(葵)」
「僕も、まるで兄が乗り移ったような、気がしてました。今、どちらに、おられますか?(弘哉)」…、、「自宅です。(葵)」
「体調は、大丈夫ですか?(弘哉)」
「大丈夫です。…。違います。……大丈夫じゃありません。大丈夫じゃありません。(葵、涙)」
「直ぐに、会いに行くように、兄貴が僕に言ってます。そう言ったんです。間違いなく! 早く住所を教えてください。お願いします。(弘哉)」
小一時間ほどして、葵の部屋の呼び出し音が鳴った。
玄関で二人は、お互いの目が真っ赤にはれているのに気付いた。
弘哉は、安心して「なんとか、大丈夫じゃなさそう。でも、ちゃんと生きてて良かった!」
「ごめんなさい。変な心配かけちゃって。…あっ、忘れないうちに、ハンカチお返しします。ちょっと待ってて下さい。(葵)」
慌ててベッドに取りに行く葵を、弘哉は、玄関で待った。
弘哉は、葵からハンカチを受け取ると、携帯の画面を見せてくれた。そこには兄の優馬がマウンドで投げている動画があった。
「これ(動画)、正木さんにいただきました。
兄が最後にマウンドに立って、投げている最後の姿だそうです。…覚えてますか?、この後に、試合が終わって、急に気分が悪くなって、倒れたらしいです。…
ユニフォームの中には、このハンカチが、入っていたと聞いています。もしかしたら、あなたに渡すハンカチを、僕が預かっていました。…兄の代わりにちゃんと渡します。葵さんへ。(弘哉)」
二人は、暫く袋に入ったハンカチを持って、一緒に泣いていた。
第六話 パラレルワールド(最終)
その後、二人は何度か連絡を取りあい、食事やドライブに出掛けるようになったが、交際の歯車は、やはり一線を、超えられないでいた。
葵は、思い切って、平日に休みの都合を合わせて、実家の高松にドライブに誘った。
葵の母に紹介されると、弘哉は、話の流れの中で、兄の優馬のことを話し始めた。
葵の母は、優馬のことを鮮明に覚えていた。自分の娘が、どうしても忘れられない思いがあることを、ちゃんと受け止めていた。
葵が、実家になかなか顔を出さないのも、あの頃のことを、まだ、整理できていないからだと、分かっていたのである。
実家にある、葵の身の回りの物は、6年前のまま、綺麗に整理され、まるで時間が停まっているかのように見えた。
葵と弘哉は、母のいる市営住宅をあとにすると、葵の卒業した高校に向かった。懐かしい校門に、二人は、兄の優馬を感じていた。
「初めてだと思えない。なんでこんなに、懐かしいんだろう。(弘哉)」
「多分、そう言うと思ってた。(葵)」
「結婚しょっか!…。いえ、僕と結婚して下さい。(弘哉)」
「私、まだ、整理ついていないんだよ。一生、整理つかないかも!(葵)」
「分かってる。僕も、兄貴が直ぐそこで見ていると思うと、チューも、エッチもできないから。(弘哉)」
「なに、それかい!!…。明日、もし死んだら、どうすんの?…これでいいわけないでしよ。私、ゴーストになって、弘哉をおそって、やりまくるから、。いや、やられまくる〜、もぅ、なに言わせんの(葵)」
「うるさい!!…兄貴が、早くキスしろって言ってる。(弘哉)」
二人は、校門の脇の桜の下で、軽く唇を重ねた。
葵は、少しだけ、時間の針が進んでいるような気がして、二人で校門の下に立ち、記念写真を録って、碧に送った。
3月11日(金)午後2時40分、高校をあとに、松山に向かっていた。
途中、渋滞に巻き込まれ、携帯が繋がらなくなり、車のラジオから、東北地方で震度7の大地震と、大津波による大規模な被害が発生したことが、繰り返し放送されていた。
二人は、どうして、プロポーズの日が震災の日になったか、不思議に感じていた。
でも、愛する人と、二人でいられることが、なんて素敵なことか。
もし、少しでも運命の歯車が、噛み合わなかったら、この場にいないんだよ!!。葵
そうそう!!ほんとだね。碧
--終わり--
【作者コメント】
次の文脈の「後編の〜」から始まるコメントは、2020年4月7日の、後編を取りまとめた際のものです。
その時点から、コロナショックが急激に拡大し、まさに、運命を感じております。あのとき、あのことが「あり得る、あり得ない」で、様々な形で私たちに関わる。まさに、パラレルワールドになっていると、思っております。
(前回コメント文)
後編の「第二話 時空を遡る(2020.4.7に投稿)」で、実はブラインド.ストーリーが含まれております。
文脈で「葵は、ラインで送られてきた碧と和也の写真の日付が、何日か遡っていることに気付いたが…」とあります。もし、葵が写真の日付を気にして確認したら、この話の展開は、どの様に変わっていったのか。
これで、前編と後編が完結したかに見えますが、この写真の日付から、パラレルワールドが始まるのです。
葵が日付を碧に確認すると、葵を中心とした物語に入れ換わり、葵が弁護士の正木と過去に深く関わっていたことがある、というストーリーになります。
これが「あり得ない恋のものがたり(葵と碧)」です。まだ、未完成ですが、どうぞお待ち下さい。




