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一 牢の女

(からす)が橙色の空をに向かってゆるやかに飛んでいく。雲は夕日を受けて黄、紫、黒とそれぞれの色をかえ、細く伸び流れている。

この時期にしか見ることの出来ない、一年で最も美しいといわれた夕焼け景色。街は賑やかに活気づいてはいたが誰一人としてこの雄大な萱草色の光に満たされた空を見上げて立ち止まる者は居なかった。



街の中心をいちばん賑わっている大通りが延びている。その両側にはぎっしりと大店が軒を連ねており、湯屋や菓子を扱う小洒落た店なども混じっていた。

大通りから一歩道をそれれば対照的にぼろく煤けた平屋がつづき、合い間合い間で幼子たちが裸足で遊んでいる。その横で母親は手際よく井戸の水を汲む。


さらに大通りから離れるほど暮らすのは貧しい者となり、治安も悪くなる。


大通り沿いに住むものは治安の悪い貧民街を「凹」と呼んだ。

「凹」の一角に堂々たる石造りの蔵とも呼べるほど立派な作りのそれがあった。






鉄格子のついた人の頭ひとつ分ほどの大きさの小窓。そこから夕日いろの光が差し込み、いつも暗く陰気な彼の住まいをほんの一時ばかりだが情緒あるものしてくれていた。

彼が無造作に胡坐をかいているこの一角は幾つかに仕切られたなかではいちばん広く造られており、唯一この小窓もある。木製の格子越しにだが牢番たちがやってくる鉄の扉もよく見える。悪い場所ではないと彼は思っていた。


と、その鉄の扉がごとごとと音を立てた。

牢番が食べ物を持ってくる時間には早すぎる。彼は不思議に思って眼を凝らしてそれを見つめた。


鈍い引き摺り音とともに扉が開けられる。


「……っせ!」


扉が開ききると同時に甲高い声が響き渡った。

彼の居場所からその扉までは軽く二十間はあり、はっきりとは姿が見えないが牢番が三人と罪人がひとりらしい。


「はなせ!どこ触ってやがる変態ッ」


罪人は暴れているらしく、牢番が三人がかりで押さえつけているのだ。

言葉遣いはまるで男だが甲高い声は女のものだ。


「うるせぇぞ、このアマ」


女は四肢を持てる限りの力で振り回しているが大の男三人に囲まれてしまえばかなう事は無い。牢番たちは梃子摺りながらも確実に女を牢屋の方へ運んでくる。


「あたしは何もしちゃいねぇだろうが!!いい加減にしろ糞じじい!!」


彼は石の壁に反響して耳に残る甲高い声に不快感を覚え眉間に皺を寄せた。

しかし彼が何か行動を起こす前にいっそう鋭い悲鳴があがり、しんと静かになった。牢番たちが下品な女だぜ、とつばを吐く。女はぐったりとして片手でみぞおちを押さえていた。黒く長い髪は内外かまわずに巻いたりはねたりしているせいでまったく顔が見えない。


「おい、あまくさ」


牢番が彼の名を呼ぶ。彼――あまくさはぎろりと睨みつけただけで唇は真一文字に結んだままだ。


「相変わらず可愛げねぇな、若いくせに」


そのばかにした様な言葉にのこりふたりの牢番が大口を開けて笑う。

その光景はさらに彼の神経を逆なでした。


「黙りやがれくそおやじが!」


また彼の行動を見て大笑い。むかしからずっと変わらない。あまくさのすぐに発熱する感情も、ここで彼の番をする者たちがどうにもいけ好かない連中だという事も。


牢番のひとりがあまくさの隣の牢の錠を外し扉部分を開けた。

男たちはまた数発蹴りや殴りを加え、意識が途絶えた女を中に投げ込んだ。


「へへ、この女うるせぇだろ。手練の女泥棒らしいぜ」


にやつきながら鍵をかけなおしあまくさに声をかけてきた。


「てめぇが黙りやがれ」


「じきに処刑だとよ」


興味など湧くはずが無い。

この牢に殺されるまでの間取りで入れられる罪人など山ほど見てきたのだ。


「さっさと殺しちまえ、そんな女」


牢番につばを引っ掛けた。


「くそガキが」


牢番も彼に向かってつばを吐いたがあまくさは身体を後ろにずらしかわした。

また何が面白いのか牢番の男たちは大口を開けて笑い合いながら帰っていった。





すっかり光の届かなくなった牢の中、薄暗い闇の中でぼろ着をまとった巻き毛の女の姿だけが異質なものとして景色に馴染まずに倒れていた。











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