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一章~練の過去1~

 練の苗字は正確には鋼神ではなかった。

 ある人物に引き取られ、昔の苗字を捨て今の苗字を得たのである。

 練は極めて普通の家庭に生まれた少年だった。

 会社員の父と専業主婦の母、3つほど年の離れた妹がいる貧しいわけでもなく裕福すぎるわけでもない一般家庭で練は愛情を受けて育てられた。

 そんな練は明るく優しい少年に育ち、笑顔の絶えない生活を過ごしていた。

 ある事件が起きなければ……。




  ーーーーーー・ーーーーーー





 それが起きたのはとある夜、十一歳の練が両親の寝室にとなりにある自分の部屋で寝ているときだった。

 

 「ーーーーーっ!」


 「ーーーーーーっ!」


 突然近くの部屋からガタガタと物音となにかに押さえられた叫び声を聞き、練は気になり布団からでて両親の寝室の扉を少し開け中を覗く。

 そこには凄惨な光景が広がっていた。

 外からの月の光で照らされた部屋の床や壁には大量の血が飛び散り、体の至るところをめった刺しにされた両親が血塗れで倒れ、その傍らには同様にめった刺しになったまだ幼い妹の姿もあったのだ。

 あまりの光景に練は言葉を失う。

 両親の死体の横にいる人のようななにかが動く。

 その影の大きさやガタイから判断するに男のものだった。

 男は他に獲物がいないか周りを見渡し、バチっと一瞬、練と目が合う。

 男は暗さもあって気づいていなかったが、見つかったと思った練はつい足を引いてしまい、後ろにあった物にぶつけて物音を出してしまった。


 「おや?まだ生き残りがいるみたいだ。確かにまだガキが一人いたな……くくく、おーい、大丈夫だよ。お父さん達の所に連れてってあげるから出ておいで!」


 物音に気付いた男が楽しそうにまだ見えない練に語りかける。

 見つかったことに気付いた練は慌ててその場から離れ、一目散に玄関に向けて走る。

 もう見つかってしまったのに、隠れる意味などなかったからだ。


 「くくく、まだ楽しめそうだなぁ!」


 男は嬉しそうに笑うと練の後を追いかけ始める。

 練は今にも泣きそうになりながら、必死に逃げる。

 捕まれば次は自分の番であると言うことを練は幼いながら理解していた。


 (怖い怖い怖い怖い怖い怖い)


 叫びたい心の声を口に出さないように走り、玄関まであと少しというところで練の襟首を捕まれた。


 「つーかまーえた!惜しかったなぁ」


 「あ、あ……あぁ……んぐっ!」


 練の襟首を掴んだのは、両親を殺した男だった。

 痩せこけて不健康そうな外見とは別に目は爛々と輝いており、興奮からか息も上がっている。


 「さすがにここじゃ声が響きそうだし、押さえさせてもらうよ。……それじゃあ、お父さん達の所ににいってらっしゃーい!」


 「んー、んー!」


 男は血が付着したナイフを振り上げ、練の心臓目掛け振り下ろそうとした瞬間にそれは起きた。


 「いいや、死ぬのはあんたの方さ」


 突然割って入った誰かの言葉の直後、目の前にいた男の首がズレていきそのまま落ちていった。

 断面からは血が吹き出し、練の全身をその血で真っ赤に彩っていく。


 「すまないね、坊や。もう少しあたしが早けりゃ誰も死なずにすんだかもしれないのにね……」


 暗い廊下に窓から月の光が入り、その声の主を照らす。

 練に話しかけたのは紺色の着物を白髪しらが混じりの高齢の老婆だった。

 片手には日本刀が握られており、先程の男のものであろう血を刀身に付着させていた。


 「お、お婆さんは誰?」


 「あたしかい?私は偉い人に雇われて殺し屋、そこの男の命を奪うことを依頼されてきたのさ。さて、死体の処理は奴等に任すとして、この子はどうするかねぇ?」


 老婆は練を見て刀に着いたが血を布で拭き取り、納刀する。


 「両親はどうなったかさっきみてきたけど、あんた親戚はいるのかい?」


 「…………いない。お父さん達施設の出身て言ってた」


 声を震わせながらも老婆から目を放さないようにいう。

 練の両親は元々施設に預けられた孤児だった。

 幼い頃から共にいた二人は育ち、施設を出て結婚した。

 だがようやく築いた幸せは脆くも崩れていった。

 

 「なるほど。ねぇ、あんたうちにくるかい?」


 「えっ?」


 いきなりの提案に練は間抜けな声を出してしまう。


 「元々あたしがその男をもっと早く殺せなかったのが悪いんだ。そのままにするのは私の気分が悪いからね。それとも人殺しのあたしじゃ嫌かい?」


 「…………」


 練は考える。

 父も母も妹も殺された練が行くのはおそらく両親と同じ施設だろう。

 自分と同じ境遇の子供が集まるであろうそこは辛くはあろうが寂しくはない。

 だが、練には思うことがあった。


 「ねぇ、お婆さんについてけば強くなれる?」


 それはなにも出来なかった自分の弱さに対する怒り、そして目の前に老婆のあまりにも鮮やかな太刀筋に練は心を奪われていた。


 「なんだい。強くなりたいのかい?」


 「うん、僕はもうあんなやつに負けたくない」


 「あぁ、あんな奴目じゃないほど強くなれるさ。私が仕込んでやろうじゃないか」


 老婆は口角を上げてにんまりと笑う。

 

 「あんた名前は何て言うんだい?」


 「草薙……草薙練」


 「練……いい名前だねぇ。あたしは鋼神こうがみ椿つばき。この業界じゃ『首断ち椿』って呼ばれてるよ。さて、そうなるとここから出なきゃならないね。体洗って必要なもんを持ってきな。……あとのことはあたしがやっておくから」


 そういうと練は急いで体の血を洗い流しに浴室に行った。

 そして取り残された椿は小さくため息を吐く。


 「可哀想なことをしちまったよ。現役最後の依頼でこんなことになるとはね……。残り少ない婆の人生をあの子にしてあげることが今まで殺してきた奴等への贖罪かもしれないね」


 誰にも聞こえない小さな声で椿は呟いた。

 その後、体を綺麗にして必要なもの持ってきた練が戻ってくるがその頬には涙を流した跡があった。


 「別れはすんだのかい?」


 椿の質問に練はコクリと頷く。


 「そうかい。じゃあ行くとしよう。証拠隠滅のためにも後から着た依頼者の部下が火を放つだろうからね」


 「え?」


 それを聞いて練は驚く。


 「あの男が暴れた痕跡はなくさなきゃいけない。それが依頼者の要望でね。あんたには悪いが、許しておくれ」


 一瞬なにか言おうとするも、すぐにやめる。

 自分が何をいっても変わらないのを悟ったからである。


 「すまないね。そうなると草薙の苗字は使えないし不便だね。……そうだ。あたしの苗字を使いな。今日からあんた鋼神練だ」


 そういって椿は練の頭を優しく撫でる。

 歳をとってできたしわが刻まれたその手はまるで孫をなでる祖母のようでもあった。

 二人は草薙家から離れ、町を見渡せるほどの高台に上ってしばらくすると草薙家があったところから火の手が上がる。

 消防車が現地に向かい、消火活動を始めるが火の勢いが強く草薙家はあっという間に火に包まれていく。

 のち朝日が上るまで燃え続けた家からは両親と妹の焼けた死体が見つかり、練は行方不明扱いとなり世間を賑やかせるのだがこの時の練は知らなかった。

 椿は煙立ち上るそんな光景を背に練を連れて、自身の家に向かって歩み始めた。

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