一章~パズズの魔風~
「なんだよてめぇ、せっかく人が楽しんでる所を邪魔しやがって……」
男は苛立った声で練を見る。
「人……なのか?」
人の形にをしながらも異形の姿をした男を見て練は驚く。
「てめぇのその刀と同じ権能ってやつさ。さて、俺の楽しみを奪った責任とってもらわねぇとな」
「楽しみ?今やろうとした行為が許されることだと思ってるのか?」
「ぷっ、ははははは!」
男は練の言葉に何を思ったか口を大きく開けて笑う。
「バカはてめぇだよ!許される?そんなのここじゃ意味のない言葉だ!さっき聞いただろ?ここでは殺し合うのがルールだ」
口角を吊り上げ、言葉を続ける。
「ここに咎める奴なんていない。その上勝ち上がれば願いも叶えてもらえるなんて報酬ある。その為なら殺すのだってここじゃ正義だ!」
男は声を張り上げる。
「てめぇもさっさと殺してやる!俺は獅子尾蝗魔。てめぇの名前はなんだ?」
「……鋼神 練」
そうお互い名乗りあった瞬間、蝗魔は距離を詰め攻撃を開始する。
蝗魔は蠍の尾と獅子の腕に生えた鋭い爪を使い、対する練は十束の剣を巧みに使い、その猛攻を防ぐ。
常人なら反応すら難しい紙一重の攻防に近くで見ていた智花は息を飲む。
先ほどから自分を狙う蝗魔と知り合ったばかりの練、二人の男の戦いに智花は目を離せなかった。
普通なら練を見捨てて一人逃亡するだろうが、何故かそれしなかった。
それは智花自身が人を見捨てるような性格をしていたこととすこしであったが練と話したことと自分を助けに来てくれたということに他の人よりも多少なりの信頼をしていた事で智花の中から見捨てるという選択肢がなくなったのだろう。
「ちぃ!このままじゃらちがあかねぇ!」
膠着した状態に痺れを切らせた蝗魔は練と距離を大きくあけ、目を閉じる。
「我はパスズの名においてここに厄災を招く。それは熱き風、病を運びて今ここに死を溢れさせよ!『死を抱く魔風』!」
蝗魔は自身の翼を大きく羽ばたかせると、強烈な熱風が吹き荒れ、練に襲いかかる。
「ぐっ……」
練は踏ん張りを効かせその場に留まる。
風に耐えた練だが次の瞬間ふらつき、その場に倒れた。
「な……んだ。これは……」
体から力が抜け、重度の病気になったかのように吐き気と頭痛が襲う。
パズズとは紀元前一○○○年、アッシリアとバビロニアで崇拝された魔神である。
風と熱風を操り、その土地の干魃を早め人々を苦しめ、熱風には熱病の原因となる病原菌が含まれている為、人はおろか蓄獣にさえ振りまいていた。
ゆえにパズズは風の魔王とも称されていた。
また、シャマルとは熱風を運ぶ季節風である。
練を襲ったのはまさにこの熱病を含んだ熱風だった。
「うっ……」
病魔に侵されて苦しむ練に蝗魔はゆっくり近付く。
「はっ!権能を使えばこんなもんかよ。悪いなぁ。これも俺の能力でな。この病原菌を含んだ風を浴びさせれば、敵は動けなくなるから俺の勝ちは確定になるんだ」
練の頭を踏みつけ、蝗魔は自慢げに語る。
「さんざん邪魔してくれた礼だ。すぐには殺さねぇ。たっぷりといたぶってから殺してやる!」
そう言うと蝗魔は倒れている練の横腹を思い切り蹴りを入れる。
「ぐっ……」
病で動けなくなった練はただその暴力を受けることしか出来ない。
それを知っている為か、蝗魔は楽しそうに何度も何度も執拗に蹴って、持ち上げては投げ捨て、まだ持ち上げては胴体を殴り続ける。
「鋼神さん!」
そのあまりな一方的な暴力の光景を見て、見ていられなくなった智花が叫ぶ。
「安心しな。まだ殺しちゃいねぇよ。こいつにはもっと痛い目にあってから死んでもらわないと俺の気が収まらねぇ」
練を持ち上げたまま蝗魔は智花に視線を向け、話し掛ける。
「こいつの始末が終われば次はお前だ。お前は殺す前にたくさん楽しませてもらうぜ。くくく」
蝗魔は智花の体を舐め回すかのように見ながら、くつくつと笑う。
その視線に智花の背筋がゾッとする感覚が襲い、腰を抜かしてしまう。
智花は元の世界にいた時からその優れた容姿ゆえに男からは劣情を含んだ視線を、女からは嫉妬や羨望の混じった視線を向けられていた。
過去にはそれが元となり、陰湿ないじめやいきなり襲われそうになったりなどの経験もある為、智花はその手の視線にはとても敏感になってしまったのである。
そして、蝗魔のその視線は智花のトラウマを再発させるのには充分なものだった。
「あ……あぁ……」
過去のトラウマ、今直面している死と凌辱されるという恐怖からか腰が抜けて立てなくなったことも相まって智花の脳内から逃げるという気力を奪っていく。
「………………にて、………………す」
「あぁ?」
智花に集中していた蝗魔の耳に今にも消え入りそうな小さな声が聞こえる。
蝗魔は声のする方向を向くが、そこにいるのは先程まで自分がサンドバッグにしていたボロボロの練がいるだけだった。
「ちっ、まだ落ちてなかったか…………もう少し痛いぶっやろうと思ったが、これ以上邪魔されるのはたまったもんじゃねぇし、殺しちまおうか……」
蝗魔が苛立ちながら呟く。
「じゃあな、病の風に苦しんで死ね」
蝗魔が蠍の尾を頭上の高さまで上げて、練の心臓目掛けて突撃し、迫る。
すると瀕死だった練の目が見開き、声をあげる。
「我は須佐之男の名において牛頭天王の権威を発現する。その力をもって厄災を打ち払え!」
その言葉と同時に練を蝕んでした力が弾け飛び、体の自由を取り戻した練は自身を持ち上げていた蝗魔の腕を掴み、顎を思い切り蹴りあげる。
「ぐはっ!」
顎に重い一撃を入れられた蝗魔は手の力が緩んでしまいついには手を離してしまう。
その隙をついて練は一気に距離を取り、落とした十束の剣を拾い上げ、中段に構えて蝗魔を見据える。
また練の見た目も変化する。
肩には青色の着物を羽織っており、頭には小さいが赤黒い一対の角。
周囲にはバチバチと電気を纏わせていた。
「さぁ、仕切り直しだ」