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幼馴染の特権

 御劔と如月が別れてから二十分ほど経った頃。御劔はみっちりと御坂のお叱りを受け、正座でもう金輪際そんなことはしませんという態度で粛々としていた。いつものごとく、最後にゲンコツでも飛んで来るものかと思っていたが、今日の御坂は少しだけ心配したような口調になる。

 というのも、最後に御劔に確認した内容がそういったものだったからだ。


「そう言えば、光希。あんた、商店街の方へは行ってないでしょうね?」

「商店街……? どうして?」

「知らないの? 昨日、商店街の方で血鬼が暴れたって朝ニュースでやってたでしょう?」

「あ、あー……それな……ま、まあうん。行ってない、かな?」

「何よ、その煮え切らない返事は。まさか、昨日の記憶がもうないだなんて言わないでしょうね?」


 御劔が煮え切らない答えを出すのも、昨日商店街の方へ行ったどころではなく、件の血鬼暴走事件での血鬼を停止させたのは御劔である。関係が無いわけがないのだ。しかし、ここで行ったなどと言えば、御劔が吸血王だと知らない御坂は心配するだろう。そういうことを避けるために、言葉を選ぼうとするが、先に御坂のほうが話してしまう。


「おばさんからアンタのことを頼まれている以上、私にはアンタの面倒を見る義務があるの。確かに姉弟ではないから毎朝朝食を作ったりだなんて出来ないけど、学校にいるときくらい安全に暮らせるように――」

「いやまあ、学校で多少悪さをしても笑い話で済まされるようになってるのは助かるよ。変な噂が立つわけでもなく、俺が普通にこの学校で生活できてるのは七海のおかげだ。でも、俺だってもう高校生だぞ? 幼馴染に心配されるほど悪ガキでもないだろ?」


 まあ、実際のところ血鬼を素手で殴るなどという非常識を普通に熟してしまうようなバカではある。けれど、わざわざ幼馴染に迷惑や心配をかけるように言葉を選ぶほどのアホではない。そもそも、御坂が御劔のことを心配するように、その逆だってあるわけで。

 御劔が吸血王だと知れば、御坂はそのことで他国からの支配を受けないかなどと心配するのだ。そんなにも優しい幼馴染を巻き込みたくないと思うのは自然である。

 それでもやはり、隠し事をするのが苦手な御劔は、目を泳がせる、大量の汗を掻くなど、パッと見ただけでもバレてしまいそうな挙動を取ってしまう。もちろん、それを見逃さない御坂ではあるが、あえて追求はしなかった。その代わりと言って、少し悲しそうな顔で言葉を放つ。


「アンタがどこで誰といちゃついていようが構わないけど。危ないことだけはしないでよね。昔から、アンタは私を心配させることしかしないんだから」

「わーってるよ。って言って安心できるわけは無いだろうけどな」


 そう言って、立ち上がった御劔を引き止めるように裾を掴む御坂。珍しい行動に驚いて、御劔は構えてしまうが、御坂に御劔を襲う意図はなく、というよりもふと出た疑問を解消するために引き止めたと言っても過言ではない。ただし、それが御劔にどういった悩みを与えるかはまた別の話である。

 

 では、御坂がふと疑問に思ったこととはなんであろうか。

 十中八九、御劔のことであるのは間違いないだろう。しかし、これと言って、御劔に対して疑問を持つことがあるのだろうか。というのも、知っての通り御坂は御劔の姉のような存在だ。御劔のことなど、小学校の時から知っているし、好きな食べ物から好きなAV女優まで知り尽くしている。そんな御坂が御劔について疑問に持つことがあるのか。


「そう言えば、今朝一緒にいた女子は誰?」

「……は? 如月のことか?」


 結論から言ってしまえば、御坂が気になったのは如月という女子の存在である。御劔といえば、その破天荒ぶりから有名になることは多く、好かれることも多いのだが、何分生徒会長たる御坂が傍にいるので声を掛けるに掛けられない。そういうこともあって高校生になっても彼女の一人もいないわけである。

 そんな御劔であったはずなのに、今朝は女子と一緒に登校してくるではないか。御坂にとってはそれが非常にあり得ないものだったのだ。

 それと同時に、御坂には御劔が女子にモテるというのは少しだけ悩ましいことでもあったのだ。その理由は定かではないが、御劔が女子に持て囃されるのを余り好まない。

 だから、御坂は今朝御劔と一緒に居た女子がそういうものではないという確証を得ると同時に、どういう関係なのかを探るためにそんなことを聞く。けれど、それを正しく理解できていない御劔はというと、内心で変なことを言えばまた鉄拳制裁が下されると青い顔になる。

 そうして、少しの誤解と共に御劔から如月のことが語られる。


「如月はただの友人だよ。知り合ったのは三日前だし、それ以上は特には……」

「ただの友人にしてはちょっと距離が近いような気がするんだけど?」

「そ、そうか……? 普通だと思うけどな?」

「私が光希にそういうことしたら怒るくせに」

「は? だって、七海が俺にそういうことをしてくるときって大抵俺に得がないだろ」


 御坂は自分で言うのも何ではあるが、自分のことを美少女だと思っている。事実、学園の誰もが認める美少女ではあるのだが。そんな御坂に言い寄られていい気分をする人はいれど、悪い思いをする人はあまりにも少ない。そういう事実がある中で、御劔は御坂が言い寄るのを自分に得がないと言った。

 御劔のこの発言は想像以上に御坂の精神にダメージを負わせた。負けず嫌いから顔には出さないが、心の中では今にも叫び出しそうなくらい絶望感を持っていた。

 また、生来の頑固さ、負けず嫌いのおかげもあって、サラッと自分のどこが駄目なのかを聞き出し、それを治そうと思って問う。


「た、例えば、光希はどういう女子だったら隣りにいてうれしいの?」

「はぁ……? 一緒に居て面白いやつとか? めちゃくちゃ可愛いと一緒にいると緊張するな……って、何の話だこれ?」


 つまり、自分は一緒に居て面白くないのか。などと膝をついて心の中で復唱する御坂に、どうしてこんな話になったのか思い出せない御劔はお互いに交錯の仕方を間違えていた。

 結局のところ、交差しない話に勘違いを重ねた御坂は空回りにも程がある時間を無為に過ごしているわけであるが、それを解消できるはずの御劔がどうしてこうなっているのかをわかっていないのだから救いようがない。

 そうこうしている内に、一時間目のチャイムが鳴ってしまう。御坂と御劔は遅刻したことになるのだが、御坂はグイッと御劔を引っ張って顔を近づける。


「わ、私って可愛くない!?」

「………………どうした、七海。頭でも打ったのか?」


 デリカシーの無い極まった言葉に本気の鉄拳が頭に落とされ、御劔は低い唸り声とともに頭を抑えて転げ回る。そうしている御劔を見て、どうして自分はこうも……と。どうしようもない心の内を吐き出してしまおうかと思った。しかし、その言葉だけは未だ霧がかかったように上手く出ては来なかった。

 ちょっとしたため息を零す御坂を見て、激痛で転げ回っているはずの御劔から、優しい笑いが飛び出した。


「な、何よ」

「いや、七海も悩んでるようなため息を零すんだってさ」

「も一発殴るわよ?」

「そりゃ勘弁。…………でも、お前は可愛いと思うぜ? 心配なんてしなくてもいいほどにな」


 そんなふとした御劔の意外な一面を見た御坂は今にも爆発しそうな勢いで顔を真っ赤にして、それを隠すために御劔から顔を逸らす。けれど、お礼はしなければいけないと、律儀さを出そうとするがうまくいかない。なので、少しだけ時間を要して冷静さを取り戻そうとする。

 そういう御坂を見ながらどうしたんだろうと、自分がしたことにすら自覚を持てない御劔は首を傾げながら御坂の返事を待っていた。そうして多少冷静になった御坂がいつもの調子を真似るように腕を組みながら横目で御劔を写して。


「そ、そう。…………い、一応お礼を言っておくわ。ありがと」

「ん? おう」


 片や姉弟のように、片やはそれ以外の関係のように色々と噛み合わない二人の今は、こうやって過ぎ去っていこうとしていた。

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