校門前の生徒会長
こうして、誰が意図したものでもなく御劔と如月は二人で学校へと登校することになったのだが、周りの視線はいつも以上に熱烈としたものになってしまった。熱烈な視線を送られるのは、何も二人が一緒に登校してきているからだけではない。
御劔たちが通う学校では御劔と如月はともにちょっとした有名人なのだ。御劔はとある女生徒に追いかけられてよく二階の教室から飛び降りたりするし、如月はその可愛らしい容姿から学年問わず噂が広まる始末だ。そんな二人が一緒に登校して来ているとなると、ちょっとした騒ぎになってしまうのだ。
無論、そんなことを知らない御劔と如月はいつもより少し視線の数が多いなとしか思っていない。というよりも、お互いがお互いを意識しているために頭に浮かんでこない。
「よお~、御劔。朝から奇遇だな」
「……京介か」
「何そのあからさまに嫌そうな声。ま、朝から野郎の顔見て喜ぶ御劔なんてこっちから願い下げだけどよ。それにしちゃあ……?」
あまり気乗りのしない登校途中に出会ってしまったのは我修院だった。と言っても、嫌そうな声で反応した御劔と違って、如月は我修院のことをよく知らないのでちょっと困ったような顔をして、御劔の影に隠れる。その様子を見て、我修院が如月に目を向けると、ふ~んというような何かを悟ったような顔でニヤつきながら御劔の方を見た。
「お前たちそういう仲だったのかぁ。そうかそうか。じゃあ、昨日のは痴話喧嘩か何かか?」
「は? お前、何か勘違いしてるみたいだけど、コイツはただの友人だぞ?」
「中学生……しかも女子の友人が御劔にいるわけ無いだろ」
「いや、それは真顔で言う言葉じゃないだろ」
実際そうだから追及はできないが、御劔としては如月は友人のカテゴリに入っている。まあ、如月の中で御劔が友人のカテゴリに入っているかと言えば難しいところではあるが。
それでも変な噂や既成事実など作られたら堪ったものではない。正せるのであれば早急に正してしまいたいところだが、他にいい言い訳が思いつかない。かと言って、本当のことを言ったところで信じてもらえるわけでもないし、そもそも自分が噂の吸血王だということがバレてしまう。どうにかして、煙に巻くことは出来ないだろうか。
そんなことで頭を悩ましている御劔に、興味が失せたような感じで我修院が話を変える。
「そう言えば、御劔」
「こ、今度はなんだよ?」
「いや。昨日お前、学校サボってそこの子と追いかけっこしてただろ?」
「別に好きでしてたわけじゃないけどな」
「そのことを御坂に言ったわけよ。そしたら御坂のやつさ、すんげー怒ってさ。面白いのなんのって――」
「いや、ちょっと待て、今なんつった?」
ん? と。我修院が笑いながら御劔の言葉に反応する。反対に御劔はというと青い顔になって、なんだったら体を小刻みに震わす勢いで怯え始めた。
話題に出た《御坂》とは御坂七海のことで、この人物は御劔の幼馴染であり、御劔が通う高校、及び附属中学の生徒会長である。凛とした態度と男の注目を嫌でも引いてしまう美しさを持ち、知らぬ人はいない生きる伝説を幾つも持つ超人美少女である。
また、この御坂という少女が御劔のことを昔から何かと面倒を見ており、同い年でありながら御劔の姉のような立場にいる。そういうこともあって、御劔が少しでも悪さをしたのならば、生徒会長に伝えれば大丈夫ということが常識となっており、本当にちょっとした悪さでさえも御劔には許されないのだ。
その面倒見の良すぎる姉のような幼馴染に我修院は昨日のことを告げたというのだ。その結果は誰が考えたって最悪そのものである。
告げ口をした我修院の胸ぐらを掴むと、泣きながら御劔は怒鳴る。
「てめ! 何してくれやがった!!」
「いやー、面白くってさ」
「おも……それは結果だろ!?」
「もちろんじゃないか、ブラザー」
「お前と兄弟になった覚えはない! ていうか、ホントにどうするんだよ! 七海のやつ絶対怒ってるだろ……!!」
言うまでもなく、話を聞くだけでも御坂が怒っているのはわかる。もちろん、そうするために我修院が悪そうな顔で告げ口をしたのだが、そんなことに頭が回らない御劔は頭を抱えてしゃがみこんでしまう。
そうこう話をしている内に取り残されている如月は何をそんなに話が進んでいるのかわからないでいた。そして、分からないというのが余り好きでない如月は当人である御劔に話題の人物は誰なのかを聞くことにした。
「あの、先輩?」
「待ってくれ、今俺は絶望中なんだ……」
「あ、はい……えっと……はい」
「おやおや? 黒髪美少女ちゃんは御劔のことが心配なのかな?」
「え……? い、いえ、そういうわけではなくてですね……その、先輩がこんなにも怯えるなんて初めて見たというか……」
「あー、そっか。黒髪美少女ちゃんは知らないのか。こいつな、生徒会長の――」
「バカ野郎! そのことを如月に教えるのはマジで洒落になんないぞ!?」
大声で叫びながら話に割り込んできた御劔のせいで、結局満足のいく解答を得られなかった如月は首を傾げて、御劔と顔も知らぬ生徒会長の関係を必死に考える。
にはははと笑う我修院と御劔が本気の喧嘩を始めそうになったその時。御劔たちの前方からすごい威圧を肌で感じで、如月がつい獅子王を手に取ってしまった。
しかし、獅子王を抜こうとしたその瞬間に目に写った人物を見て、寸前のところで武装を出さずにいられた。同時に、如月が驚いてしまうほどの威圧を発した人物を目にして、驚愕の声を上げる。というのも、その人物というのが御劔たちと同じく制服を身に付けた女生徒だったからだ。
その女生徒はスタスタと御劔たちに歩み寄ってくると、笑っていない笑顔でこう告げた。
「おはよう、光希。朝から女の子と二人で登校してくるなんて良いゴミ分ね」
「……ゲッ」
「あらぁ? 私の顔を見てその反応は何なのかしらね」
「お前こそ、朝っぱらからどうしてこんなところにいるんだよ、七海?」
青筋をおでこに浮かばせて、怒り心頭している美少女こそが御劔の幼馴染である、件の御坂という人物だとわかると、如月はひどく驚いた。何よりも、御劔の幼馴染がこれほどの殺気を放つことができるだなんて思いもしなかったし、加えて想像よりも何十倍も綺麗だったからだ。
そうして、数秒の観察と思考を熟して一つの結論に至った。
それは、御劔が如月に追いかけられているというのに粘り強く逃げ切っていた事実の理由についてだった。つまるところ、日頃から普通ではない殺気を浴びせられ、ともすれば如月よりもひどい追走が行われていたのは想像に難くない。御劔の怯えようから、散々な目にも遭ってきたのだろう。
であれば、御劔が多少力の使い方を知っているのは当たり前のことで、素人だと高を括っていた如月が不意を突かれて羞恥を浴びせられたのは必然であったのだ。
そういう理由があったのだ、と。そう考え至った如月は、急に御劔に対して怒りを彷彿させた。真面目な如月からすれば、そんな前設定がある御劔は卑怯だと思うのだ。それならばそうと言ってくれさえすればいいではないかと思えてしまうのだ。
「私は昨日の授業をサボった馬鹿な幼馴染にお説教をするために朝から寒い中を待っていたんじゃない。そうしたら、楽しそうに登校してくる愚鈍な幼馴染を見つけてちょっと頭蓋骨をかち割ってやろうかな、て思っただけよ」
「いや、それ普通に殺人だからな?」
「それはそうと、後ろの彼女。私は知らないけど、ものすごく怒ってるみたいよ? しかも、怒りの矛先は光希みたいだけど」
「は? ………………如月?」
背後で怒り心頭の如月を見つけて、御劔はどうして怒っているのだろう、だなんて思ってしまっているわけであるが。無論、その理由を分かれとは言えない。なぜならば、如月が感じている怒りの根源である理由は、他でもない八つ当たりに違いないからだ。
要するに、如月は怒っているのは御劔が弱そうな容姿でいたのに、本当は強いだなんていう理不尽を見せつけられたからであった。強いならば強いと言えなど、八つ当たりでなくて何と言う。
そういう如月の甘いところは、容赦なく御劔への敵対心を成長させていくわけである。
「そうだったんですね。だから、先輩は……」
「え? 俺がどうしたんだ?」
「何よ、光希。もしかして中学生にまで手を出したわけ?」
「い、いや! 手を出したわけじゃ……」
ない、とは言い切れない。昨日、如月を追い詰めて失禁させたという事実がある以上、御劔が如月に変なことをしなかったとは言えない。
煮え切らない言葉で返した御劔に、御坂は「ははーん」と何かを悟ったように腕を組んで、あからさまに機嫌を悪くする。
傍から見れば、所謂修羅場と言うやつである。浮気を見つかった男が鈍感すぎてにっちもさっちもいかないという感じだろうか。そんなものを校門前でやるんじゃないと、ほぼすべての生徒がそう思う中、ただ一人我修院だけが腹を抱えて面白そうに笑っているのである。
「お、おい京介! 笑ってないで助けろ!」
「いやー、修羅場ってるな! お前、俺を笑い死させる気か!?」
「ホント、お前いい性格してるよ! てか、いいから助けろ!」
助け舟を出してもらおうとするが、想像以上に使えない悪友にもうどうしようもないと諦めそうになったところで、御劔が御坂に捕まった。と言っても、動けない御劔の首根っこを御坂が掴んだだけなのだが、その掴みが的確すぎて御劔が頑張っても外れそうにない。
そうやって、いつもいつも最後には捕まってしまう御劔は知っていた。この後の自分の末路というものを、十二分に理解していた。だからこそ、それを避けるべく恥を忍んで叫んだ。
「如月! へ、ヘルプミー!」
「え、私ですか? え、っと……その……頑張ってください、先輩!」
「神は死んだ!!」
御劔が今一番助けを請いたくはないであろう如月に助けを求めるが、返事をしようとした如月に濃密な殺意が今にも如月の心臓の鼓動を止めようと背筋を冷やす。探さずともそれが御坂から発生した殺意だとわかっていた如月は恐怖故に、冷や汗を流しながら御劔を見捨てた。
殺されるなどと叫びながら引っ張られていった御劔を最後まで見ていた如月に、笑い疲れたと未だにクスクス微笑む我修院が声をかける。
「面白いだろ、あの二人」
「え、あ、はい。そう、ですね」
「なーに、気にすることはないぜ黒髪美少女ちゃん。なんて言ったって、御劔はロリコンだからな。ちょうど、黒髪美少女ちゃんくらいの年齢が大好きなド変態だ。良かったな!」
そう言って、何を見当違いなことを言っているのだろうなんて思っていると、的はずれな解答を訂正する前に我修院はスタスタと校舎の中に入って行ってしまった。
そうしてただ一人残された如月は、気を取り直して如月がロリコンな先輩と付き合っているなどという新しい噂が広まり始める校内へと足を進めるのだった。