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未覚醒の吸血王

 問題が終わった帰り道は、御劔が近くの服屋で適当に見繕ったズボンを如月に履かせるところから始まった。


 事故とは言え、引き起こした側の御劔にも少しばかり気にかけるものがあったらしく、如月の様子をチラチラと確認する。それが気になった如月は弱々しい声色で聞く。


「なんですか……?」

「いや……やんちゃだった猫が随分と静かになったなと思ってさ」

「……追撃はやめてください。もう、心身ともに限界ですから」

「追撃って……ていうか、そこまでして俺の正体が知りたかったのか?」


 ついつい、弱った如月をいじめてしまう御劔は話を変えるために、気になり続けたことを聞いてみる。

 すると、如月はほんの少し伝えることを躊躇う沈黙があったが、もう仕方ないというように息を吐いて観念気味に理由を話し始めた。


「正体を知りたかったわけではないです。知らなければならなかっただけです」

「知らなくちゃいけなかった? それって……」

「はい。先輩のような異様な(・・・)存在は私が所属する聖王機関が把握しておかなければならないので」

「それじゃあまるで……」


 監視下におかれた猛獣じゃないか。それを口にしそうになって御劔は口を噤んだ。もしも、それを口にしてしまえば、何か大切なものが変わってしまう気がしたのだ。無論、如月と御劔の間にそれほど大切だと思えるものは何一つとして出来上がってはいない。

 しかし、価値観の違いを追求するのは駄目だと思った。いいや、この島では追求しては駄目だと思えてしまうのだ。価値観の違いを廃止した(・・・・)この島では、特に。


 縛神島は、数多くの種族を包容する島である。けれど、その全ての種族が同じ価値観を持っているとは必ずしもあるとはいえない。では、同じ価値観を持つ種族同士でひとまとめにするかと言えば、それは有限の領地からして無理がある。故に、お互いにお互いの価値観に無関心になることで、この島は存在を確立させた。


 そういう場所であるから、御劔は如月の価値観を揺るがすことは許されない。よって、御劔には如月を止めることが出来ないのだ。真実を知ろうとする如月にかける言葉は、もう御劔には一つしか残されていなかった。


「……なあ如月」

「なんですか?」

「曲がりなりにもさっきの戦いは俺が勝利した。そうだな?」

「まあ……不本意ですが」


 本当に不満そうに頬を膨らまして言う如月は御劔に捕まるための腕を強める。多少の息苦しさに低い唸りを上げながら御劔は「だったら」と言葉を続けた。


「俺の言うことを一つだけ聞いてもらうっていうのは、無しか?」

「命令の内容にもよります。例えば――」

「例えば、俺の正体を聞いてもお前の一任で俺を攻撃しないとか。そういうのは駄目か?」


 静かに切り出した御劔に如月は少しだけ状況理解に遅れを生じさせた。

 あまりにも御劔の言葉が衝撃的だったのだろう。如月の答えはまだ来ないが、御劔からすれば、これが落とし所なのだ。いくら戦いだったからと言って、中学生に失禁までさせるなどやりすぎだ。それはどう言い繕っても言い訳でしかない。

 故に、御劔なりの落とし所を探して、これがいい塩梅だったのだ。

 果たして、如月が出した答えはイエスだった。元々そういう話を上からされていたこともあったが、さきほどの殺気の圧力で、すでに如月に勝ち目は無いと確信させた。それ故に、正体を知れるのならば致し方ないことだと割り切った。

 如月の答えに、御劔は腹をくくって口を開く。


「……お前の言うとおり、俺は吸血王だ。巷で噂の『七人目』のな。けど、噂になってるような力はどこにもないし、吸血衝動だって今まで一回も起きてない。ただ、他の人より少しだけ力が強いだけなんだ」


 嘘だ。如月はジト目で自身を背負う御劔を見る。もちろん、そんな如月が見えない御劔は平然とそう言い切ったわけだが。

 そもそも、普通の人間より少し(・・)強いだけの人間が血鬼を素手で撃退できるはずがない。物理的にも、そして理屈的にも不可能な所業を行った御劔は、それゆえに異常だった。その異常性がどこから発生しているのかと言えば、それは間違いなく吸血王の称号だろう。

 とっさに、如月は七人目の吸血王はまだ目覚めきっていないのだと悟る。同時に、今ならば自分でもこの災厄を払うことが可能だとも考えた。


 けれど、そこで武装を手に取らなかったのは如月が約束事に律儀であったのと、御劔に敵意と害意が終始感じ取れなかったからだ。

 出会い頭からそうだった。御劔は見ず知らずの――附属中学の制服を着ていたとしても――女子にナンパ目的ではなく、純粋な人助けで声を掛け、何度も襲われているにも関わらず結果的に――精神はともかくとして――傷つけられていない現状を見るに、本当に七人目の吸血王が人類、引いては世界の敵なのかと疑問が浮かんでしまう。

 そういう疑問が出てしまうと、もう如月は動けない。真面目で、律儀で、義理堅い如月は理由が無ければ悪を断てない。だから、如月は未熟だと言われるのだ。


「……驚いた」

「何がですか?」

「いや、まさか本当に襲ってこないとは思っていなくてさ。てっきりすぐにでも首を落としに来ると思ったんだ」

「先輩は私を何だと思ってるんですか……」

「色白で、幼い顔でいつもムスッとして、事あるごとに男を追いかけ回す。戦闘が大好きな可愛い後輩だと思ってるけど?」

「プラスの項目が一つしか無いんですけど!? それに私、そんなに男の人を追いかけたりしてませんよ!」

「いや、追いかけてるだろ(主に俺を)」


 それは先輩が逃げるから、と。少し弱い声になってしゅんと小さくなってしまう。その様子が可愛かったのか、御劔は今までのお返しと言わんばかりにいじめ返してやろうとも考えていたが、すぐにやめてしまった。それに、元々Sっ()のない御劔からすれば、女子をいじめるなど余り楽しいものでもなかった。

 そして、話を変えると示すように如月を背負い直した御劔は改まって話し始める。


「それで? 俺の処罰とやらはいつになりそうなんだ?」

「はい? ……報告をしてから処罰が決まりますけど、先輩の場合は――」

「つまり、如月が報告をしなければ俺は助かるわけだ」


 その言葉を聞いて、如月は少しだけ震えた。ものの捉え方を変えれば、如月を消せば御劔は処罰されることはない。そして、心身ともに疲労している如月にすぐに戦闘モードになる体制は整っていない。すぐにでも行動すれば如月を殺せてしまうのだ。

 しかし、如月の体が強張ったことに御劔は声を出して笑って、すまないと謝った。


「冗談だよ、冗談。弱ってる後輩にこれ以上何もしないって」

「舐めてますか? 聖王機関は――」

「国家機関なんだろ? それも、吸血者共々(おれたち)専門の。そんな奴らを相手にただの高校生の俺が――いや、もうただのじゃないんだったか。まあ、一介の高校生が太刀打ちできるわけ無いだろ?」

「じゃあ、どうしてそんなに軽く……」

「軽くはないさ。諦めたわけでもない。でも、俺に太刀打ちする手段はない。ならもう、どう足掻いても如月(おまえ)に頼るしか無いだろ?」

「私……に……?」


 もう一度笑って、御劔は頷いた。しかし、その笑いは先程とは全く違って、どこか乾いたようなものだった。

 けれど、そんな笑顔を見せられた如月であったが、御劔の言葉を信じようとは思わなかった。というのも、原則的に吸血王は何もしなくても他の吸血者よりも身体的にも能力的にも勝っている。そもそも、吸血者が人間より勝っているご時世で、御劔の言葉は信用に足るものではないのだ。

 甘言の類だろう。嘘の言葉に違いない。御劔の言葉は信用してはいけない。そう如月の本能が告げる。だから、如月は最後まで御劔の言葉は信じないと心で言う。


「嘘……ですね。先輩は、その……そうやって人を頼るような人だとは思えません」

「こりゃ手厳しいったら無いな。正真正銘、手詰まりだから言ったんだけどな」

「冗談はやめてください。今度は何を考えているんですか?」

「……如月のパンツの色とか?」

「殺しますよ?」

「いや、冗談に聞こえないから。お前の殺意が背中に散々刺さってるから」


 冗談の一つも言って場を和ませようとした御劔であったが、女の子との場の和ませ方が致命的にスキル不足だったこともあって、セクハラ発言しか出すことができなかった。無論、出会って二日。もっと言えば、真面目すぎる如月からすれば、冗談などまともに受け取って当たり前なのだが。


 それはさておき、状況が状況になってしまった現状で、御劔はいかにして如月を取り込むかを考えていると思いきや、実はそんなことはまるで考えていなかったのだ。

 理由といえば、如月がそう簡単に自身の考えを曲げない人間だということを理解していたからと、特別まずいことになったという自覚がなかったからだ。御劔からしてみれば、国に命を狙われるというよりも、幼馴染を怒らせたほうが何十倍も現実味があるし、何よりも恐怖を知っていた。逆を言えば、感じてみなければ怖くないということである。


「そうやって、先輩はすぐにえっちなことするんですね」

「いや、してないから。まだ手は出してないから。人聞きの悪いこと言わないでくれる?」

「じゃあ、なんで私の……その……パンツの色とかを妄想するんですか」

「失敬な。男が女の下着を妄想するのは、男だからだぞ」

「先輩はすぐにでも全世界の男性に土下座で謝ってきてください」


 なんだかんだで打ち解けてきた二人であるが、その仲睦まじい時間もそろそろ終わりのようである。

 終点。またの名を如月の家に着いたのだ。と言っても、学生寮なのだが。広いと言えば広い部屋が売りの学生寮に着いた御劔は背負っていた如月を降ろすと、あからさまに重かったと肩を回す。それを見て、少しだけ罪悪感を感じた後、元々こうなった原因を思い出してムスッとする如月は御劔のほうを見ずに真っ直ぐ学生寮に向かって歩きだす。

 けれど、途中で何かを思い出したかのように振り向いて、御劔を見つめて言葉を放つ。


「報告を遅らせるという件は考えておきます。でも、そんなに長く持つと思わないでください。言っては何ですが、私……嘘は、その……苦手、ですから」


 『ああ、うん、でしょうね』と言いたそうな顔をする御劔は、それでも約束のことを前向きに考えてくれている如月の姿勢に多少ホッとする。

 あれだけ追いかけてきた仇敵同士なはずだが、根は真面目なのだ。そう思えただけで御劔にしてみれば御の字だった。

 如月の言葉を聞いて、御劔の返事はそっけないもので終わり、お互い拍子抜けしたような様子で別れようとする。けれど、それではやっぱり味気ないと、御劔は満面の笑みで。


「じゃあな、如月。また明日」

「え……? あ、はい。先輩も、また明日」


 こうして二人の不思議な関係は、やっとのことで幕開けするのだった。

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