街中追いかけっこ
矛を収めてもらった代償として、近くのハンバーガーショップへ来店した御劔と如月であったが、来店してすぐに如月は注文を済ませて何処かへ行ってしまった。
御劔も注文を済ませると、注文した品を持って適当に席に座る。そうして、如月が帰ってくるまでの間をどうにか潰そうとしてスマホを取り出す。
「……ん?」
スマホの画面を開くと、目一杯のメールが届いていた。しかも、その差出人は全て同じ人。御劔の今最も会いたくないと切に願う幼馴染であった。きっと、買い出しの後に落ち合うという今思い出した約束を無視しているが故のメールだと思うが、御劔はそれをスルーしてニュースサイトを開いた。
特別何かを探しているわけではないが、仕事が早い社会人の仕事っぷりでは先程の事件も触りだけは報じられているのではないかと思って探してみるが、仕事をしていないのかどこのニュースにも載っていない。
まあ、そういうことが多い島だから仕方ないと割り切ってスマホを閉じると、ちょうど良く如月が戻ってきた。
「ここに居たんですか」
「ああ、適当に席選んでおいた。そう言えば、どこに行ってたんだ?」
「先程の事件を上に報告してました……って、あなたには関係なかったですね」
「いや……モロに巻き込まれてるから関係あるんだけどな……」
実際、如月がどこの機関に属しているのかは関係していないから、聞かなくても良かったのだが。
さて、揃った二人は周りに気をつけて話を始める。
「それで、あなたは一体何者なんですか?」
「まあ、落ち着けよ。お腹を膨らませてからでも遅くはないだろ?」
「そうやって時間を先延ばしにしても、質問をされる事実は変わりませんよ?」
「可愛くねぇ後輩だな」
後輩……? と。首を傾げた如月に御劔は如月が着用している制服を指差して言う。
「お前が着てる制服。俺の高校の附属中学の制服だぞ。知らなかったのか?」
「そ、そうなんですか……? じゃあ、あなたは私の先輩……?」
「たとえ、学校の先輩じゃなくても人生の先輩であることには違いないけどな」
信じられないという顔でいる如月に失礼なという風で返す御劔。
二人は妙なところで共通点を持っているわけだが、そもそも如月がその制服を着ていなければ、御劔は話しかけることはなかったのだ。遠目からでもわかる附属中学の制服を見て、見ず知らずの可愛らしい少女ではなく、可愛らしい後輩が困っているのならばと手を差し伸べてみればこの有様である。
まったく、人生というやつは。などと、御劔が卑屈になっても文句はあるまい。
そうやって、とりあえず話を逸らそうとする御劔の口車にまんまと乗りかけた如月は、ハンバーガーを一口かぶりついて、キッと鋭い瞳で御劔を睨みつける。
「そんなことより――」
「ったく。どうしても俺の正体を聞きたいようだな」
「もちろんです。解答次第ではあなたの処遇を決めなければならないんですから」
「怖いことばっかり言ってるとモテねぇぞ?」
「たった今ここで首を落とされたいんですか?」
冗談にも程がある。けれど、如月の言葉が冗談に聞こえないのだから困りものだ。
とにもかくにも逃げ場を失いつつあるわけで。御劔はすぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちで一杯になる。だが、逃げ出すにしても、如月が持つ武器がよくわかっていなくて逃げようがなかった。あの、暴れまわる血鬼と戦うに互角まで押し上げた武器さえわかれば、逃げる算段などすぐにでも出てきそうなものなのに。
現実の厳しさを痛感しつつ、なんとかしたいと思う一方で。御劔はこの状況を心の底から楽しんでいた。
というのも、こんなにも可愛らしい女の子と一緒にハンバーガーショップでハンバーガーを食べるなどモテナイ男子からすれば夢のまた夢の物語であるからだ。これで一緒に食べている女の子に敵意が無ければ完璧だったわけだ。
「ちなみに、俺がただの人間だった場合、どうなるんだ?」
「その場合は確実にないですけど。もしもそうだった場合、特にお咎めは無しですね」
「じゃあ、如月の言うように俺が吸血王とか、その第二世代だった場合は?」
「良くて三年の幽閉、悪くて処刑ですね」
そりゃあ、何が何でも人間で居たいと思うわ。そう心でつぶやいて御劔は苦い顔になる。見れば、如月は至って冷静に話すように、あるいは当たり前のことを言うかのようにいるではないか。見ていて嫌になるほどの正義の面目は御劔に大いに疲労を与えた。
「そりゃ、あんまりだろ。まあ、そっちにはそっちのルールってやつがあるのかもしれないけど。ここは縛神島だぜ? 珍獣と珍品で出来上がった世にも珍しい最東端の島だ。ここにはここのルールってやつが――」
「日本憲法に於いても、許可を持たない吸血者が無闇に力を行使をしてはならないとされていますし、先程のあなたの行動はそれに抵触すると思いますけど?」
「ぐっ……だ、だとしてもな……」
「確かに、あなたのお陰で助かった命があるかもしれませんが。それは結果論です。あなたが暴れたせいで被害を被る人が絶対に出なかったとは言えないでしょう?」
「……お前、容赦ねぇのな」
中学生の分際で、などと言ってしまっては如月に失礼だろうが、そう言いたくなるほどに理責めの応酬に年上であるはずの御劔は手も足も出なくなる。元々が国営、引いては国家機関の中学である。そういう分野は大の得意である如月に、ただの高校生が口で勝てるわけがない。
観念するべきか。それとも――
「はぁ……お前がそう来るなら、俺もそれなりの態度で応戦しないとな」
言うや否や、御劔の中心に得も言われぬ気持ちの悪くなりそうな気配を感じる。如月はそれを知っていた。それはつい昨日の深夜にぶつけられたものだった。そう、御劔の放ったものは殺気。しかも、如月だけでなくこの場一帯を破壊するというような殺気だった。
如月は長袖の中に隠してあった獅子王を抜くと躊躇なく御劔の首を落とそうと右腕を振り抜こうとする。けれど、それは失敗に終わった。それというのも、如月が危害を加えようとする前に御劔の方が殺気を収めてしまったからだ。
そうして、殺気の無くなった御劔に驚いた如月は右腕の速度が落ちて、容易く御劔に掴まれてしまう。こうなれば御劔のものだ。純粋に男子高校生と女子中学生の腕力を考えれば、必然的に男子高校生が勝つ。最初からこれを狙っていた御劔は、掴んだ右手に収められた武器を観察する。
「吸血者が苦手とする銀を多く含んだ武器か。しかもこれ、すげぇコンパクトに収納できるのな」
「な、何を見ているんですか!!」
「何って、お前が持ってた武器だけど? リーチはこれくらいか……? 重さは……そこそこ重いな。でも、これなら――」
掴んでいた手を離すと、一目散に背中を向けて走り出す御劔。その様子を見てポカンとしてしまった如月はワンテンポ遅れて大声を上げた。
「ど、どこ行くんですか――!!」
「逃げるんだよ~」
「ちょ、まっ……ずるいです!!」
命が掛かればずるいも何もあったもんじゃない。元より自分の正体を明かすつもりは無かった御劔にしてみれば、こんな行動はずるでもなんでもなく、いうなれば運命と言うやつなのだ。武器のリーチも重さも。不十分であるが如月結衣のことも知った御劔は、逃げれるという確信を持って逃げ出した。
スタートダッシュは上々。如月との距離も申し分ない。地の利はこちらにある。これで逃げ切れなければ嘘だ。勝ちを確信した御劔は、その直後に驚かされるハメになる。
前を先行していたはずの自分に後ろから攻撃されている。追いつかれるなど、当分先のはずなのにどうしてそんなことが起きているのか。振り向いた御劔は目を丸くして驚いた。
「おま……それは反則だろ!」
「あなたが逃げるからじゃないですか!」
「だからって……自転車は使っちゃ駄目だろ!!」
そう、如月はどこかに駐車してあったであろう、おそらく誰かの自転車で追いかけてきたのだ。しかも、速度を出すためか立って漕ぐ姿が目に焼き付く。女の子が、スカートで、自転車を立って運転しているのだ。必然的にスカートは風で捲れる。
そう――捲れるのだ!!
少し距離を取っても見て取れるほどにきめ細かい白い肌。筋肉と脂肪とがいい塩梅で付いた太もも。その付け根に存在する絶対守護領域の色は水玉の水色。
通り過ぎる全ての男子の目をひきつけて離さないその美しさは正しく絶世の美女、あるいは傾城の美女、その類である。
そんなこんなで、自転車というチートを使われたせいで、体力だけは自信があった御劔の作戦はまんまと瓦解した。つまるところ、御劔は追いつめられたことになる。
「しつこい……やつだな……」
「あなた……こそ……諦めが……悪い……ですよ……」
お互い体力の限界が明らかに見えている。肌寒い季節だと言うのに汗が止まらないのがいい証拠だ。地の利を活かそうとしても裏目になり、自慢の体力はチートで負かされ、出す術がなくなった御劔は心底焦っていた。追い詰められたこのタイミングで先程の話の続きをされたらと思うと、本当に嫌気がする。
何か、神秘的なそういう感じの奇跡を願っていると、神は御劔を裏切ったようで、体力が多少戻った如月が御劔に殺神兵器を向けて問いかける。
「さあ、あなたは何者なんですか」
「……さぁな」
「この期に及んで白を切りますか。二度はありません、あなた――」
神は御劔を見捨てたが、どうやらその逆は御劔を見捨てはしなかったらしい。問いかけようとする如月のポケットに入っていたスマホが鳴り出したのだ。音の種類での判断は出来ないが、長さ的に電話か、アラームだろう。そして、今回は前者であったようだ。
如月はスマホの画面に映し出された名前を見て、驚いたような顔ですぐに電話に出た。
「はい、如月です。……はい。……はい。……そうです。……え? あ、はい。……いえ…………分かりました」
キッと、目元に少し涙を浮かばせて如月は御劔を睨みつけた。何事かと御劔が警戒していると、対して如月は向けていた殺神兵器を畳むと袖に収納した。そうして、未だにコンクリートの上に座り込んでいる御劔に、これだけは忘れるなと言いたそうに口を開いた。
「急用ができました。ですが、あなたのことは覚えましたし、見過ごすつもりもありません。日を改めて、もう一度お会いしに行きますから」
言い残して、如月は踵を返して歩き出した。
何がどうしたと未だに状況を理解しきれていない御劔は、最低でもこの場だけは生き延びたのだと理解できると、冷たいコンクリートに背中を付けて、「なんじゃそりゃ」と心の奥に押し込んでいた言葉を吐き出すのだった。