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巻き込まれた少年

 一年を通して過ごしやすい気温といえど、冬の寒さはそれなりに存在する。つまるところ、肌寒いわけだが。そんな日。一人の少年が街中を歩いていた。

 少年、と言っても彼は十七歳の高校生であるわけだが、それでも大人から見れば子供で悪しからず。そうして、子供と定義づけられた少年の名前は御劔光希(みつるぎ みつき)。縛神島に存在する唯一の高校に通う列記とした高校生である。

 しかしながら、現在時刻は平日の昼間。まだ高校生の授業は終わらない時間帯である。決して、御劔は学校をサボるようなヤンキーではない。では、どうして御劔が学校の外を彷徨いているのかと言えば――。


「……ったく。なんで俺が学校の買い出しなんかに駆り出されなきゃいけないんだ。こんなもの通販で頼んじまえばいいだろ……」


 そう、今日は月例の生徒による校内物品の買い出し日により午後の授業が休みになっているのだ。御劔は薄手のコートをなびかせて、両手いっぱいに膨らんだ袋を持って渡されたメモとにらめっこしていた。やっとの思いで買い物を終えたことを確認すると、御劔は息を吐いて呆れたようにメモを設置されたゴミ箱に投げ捨てる。

 買い物を終えるまでに四軒ほどの店を回った御劔にしてみれば、寒くなってきたこの頃に生徒に買い出しに行かせるなど、どういう神経をしているのだろうかと言いたいだろう。最も、寒さを苦手とする御劔の私情が少なからず入っているのは織り込み済みだ。


「あとはこれを学校へ置いて、任務達成だな」


 己がやるべきことを再確認して、御劔は足を進め始めた。そうして数分。歩数にして百数歩ほどのところで御劔は再び足を止めることになった。

 視界に入る範囲で、目を疑うほどに可愛らしい少女が自販機を前にして首を傾げて立っているのだ。どこか幼さを残した顔と、透き通る白い肌が太陽の光を浴びて輝いて見える。同時に、肩くらいの黒い髪が風になびいているのでさえも、芸術のそれに見えてしまう。

 控えめに言っても目を奪われた御劔は、必死に目を逸らそうと努力する。


 御劔は知っている。こういう状況を嫌というほど知っている。ああいう女子と関わるとろくでもない事になるという確信めいた事実を知っていた。

 だから目を逸らしたかった。過去形なのはお察しのとおりだ。


「どうかしたのか?」

「……はい? あ、えっと……」


 自ら面倒事に首を突っ込んでいる自覚はある。けれど、それも致し方なし。可愛らしい少女が困った顔でいるのなら、男は黙っていられない。いやこれはナンパではない、と。そう言い聞かせながら御劔は目を光らせて、少女の困り事を見抜こうとする。


「……もしかして、自販機の使い方がわからないのか?」

「い、いえ! ただ……硬貨が違うことを思い出して……」

「硬貨……? お前、本土の人間か?」

「はい……」


 ここ縛神島は領土こそ日本だが、お金は日本とは多少違う。単位は同じだが、硬貨や紙幣が本土のものとは大きく違うのだ。


 この島には絶滅危惧種とされる伝説に連ねる存在の末裔や、その他の多くの珍しい生物が暮らしている。その中に本土の硬貨を手にできない、あるいは問題が生じるなどと言った種族がいるため、この島ではお金の単位はそのままに硬貨や紙幣を変えているのだ。


 そういうこともあって、本土から観光でやってくる人々の中にもたまにお金が使えないなどと言ったトラブルが起きるらしいことを聞いたことがある。少女もその一人のようだったので、御劔はポケットから財布を取り出すと、


「どれが飲みたいんだ?」

「え……? あ、その……カルピスを……」

「ほらよ。少し言ったところに両替所がある。そこで両替してもらってきな」

「は、はい。その、色々とありがとうございました。あの、飲み物の代金なんですけど……」

「いや、別にいいさ。子供を倒れさせたなんて知れたら、幼馴染が何してくるかわかったもんじゃないからな」


 そう言って、御劔が歩き出そうとする。だが、それを良しとしない様子で少女が声をかけた。


「で、では、お名前だけでも!」

「ん? 俺は御劔光希だけど?」

「わ、私は如月結衣です。飲み物の代金はまたどこかで出会った時にお返しします!」

「あー、わかった。じゃあな」


 今度こそわかったようで。少女――如月結衣――に背を向けて、御劔は一歩を踏む。しかし、背後で陽炎のように歪んだ気配に、御劔は振り返らざるを得なかった。音もなく、空気の流れさえも変えず、ただの気配として感じ取れたそれは、明らかなる悪寒。背筋をスッと流れる冷たい汗を思い出させる感覚だった。

 振り返ったその瞬間。目の前が爆ぜた。


「なっ……!」


 驚きよりも先に体が吹き飛ばされた。体育の授業で教わったばかりのぎこちない受け身を取りつつ、如月の安否を心配するとともに、御劔はその現象を究明する。

 と言っても、珍獣が多いこの島において、こんなことができるのは限られてくる。最強種と呼ばれる三種族が、あるいは最悪の場合で吸血者と呼ばれる存在であるのは間違いなかった。

 そして、事態は最悪へと持ち上げられる。


血鬼(けっき)……!?」


 血鬼とは、吸血者と呼ばれる字のごとく血を吸う者たちが使役する鬼のことである。吸血者のちの摂取量に応じて力を増し、それぞれに特有の技を持つとされる。また、姿形もそれぞれで、一説によれば血鬼の形態はその吸血者の心象により変化するのだそうだ。


 爆煙が上る場所には黒い牡牛が赤い目を光らせて暴れまわっている。あれほど暴れまわってしまっては如月はダメかもしれない。むしろ、ここは自分の体のことを考えて早めに退散したほうが得策だ。そう判断して、気づかれる前に逃げようとする。

 けれど、逃げる足よりも早くに金切り音が聞こえた。見れば、黒い牡牛は暴れまわっているのではなく、何かと戦っているように思える。いや、けれどそれはおかしいのだ。血鬼と戦えるのは血鬼か、あるいは凶祓いを専門とする国家公務員のみ。この場にはその両者は存在しては――いや、と。御劔は目を丸くして見つめる。

 黒い牡牛と戦っていたのは誰であろう如月だった。爆煙の隙間から見えた影は、たとえ数分の記憶だとしても、脳裏に焼き付いたそれと同じ。なら、如月は――。


「あいつ……巫女、なのか……?」


 右手に収められていたのは魔を退ける銀に輝く刃。それを踊るように振るう姿は、正しく巫女。流石の血鬼も巫女の攻撃は容易くは対処できず、嫌がるように距離を取った。

 静まる辺りの中で、冷静さを取り戻しつつあった御劔は近くに吸血者と思われる不審人物がいないことを確認する。とすれば、この事件は無差別に行われたものであるに違いないと踏んで、御劔は如月に声をかける。


「おい、如月結衣とやら!!」

「なっ……まだ居たんですか!? 早く逃げてください! ここは危険です!」

「そんなことより、手早く済ませろ! これは無差別な可能性が高い! 犯人の狙いはお前じゃなく――」


――この街の住人全員だ。


 その言葉は最後までは伝えられなかった。黒い牡牛がターゲットを如月から逃げ惑う住民に変えたのだ。一目散に逃げる住民へと駆ける牡牛は荒々しい息遣いと恐怖を思わせる鋭い角を持って、今にも被害者を出そうとしていた。

 ターゲットを変えた牡牛の意図を汲み取った如月の行動は一歩遅かった。あと半歩足りない。そのラグとも思える時間で住民は釘刺し状態になってしまう。もうダメだという思いになった如月の表情を驚愕させたのは、なんと御劔である。


「いい加減に――しろ!!」


 力の込もった拳骨が牡牛の頭を叩いたかと思うと、牡牛の体は地面を抉るように沈んでいき、一瞬にして沈黙してしまった。普通ではありえない現状。只の人間の拳骨が血鬼を沈黙させるなど、歴史上ただの一度でさえも起こり得たことがない事実である。

 では、御劔はただの人間なのだろうか。いや、逆に只の人間でなければ、御劔は何になってしまうのだろうか。そう考え至った如月は無意識に御劔に獅子王を向けて威嚇していた。


「……何の冗談だ?」

「それは……こっちのセリフです。血鬼を拳で沈黙させるなんて……あなたは一体何者なんですか」


 血鬼と互角に対峙できた武器を向けられて、体が強張る御劔に容赦なく如月は物申す。理由はどうあれ許されたことではないが、如月の使命と未熟さから言えば妥当な行動だろう。そう、如月はこの島に観光を市に来たのではなく、この島にいるかもしれない七人目の吸血王を始末するためにいる。

 そのことを知らない御劔からすれば、これは犯罪行為であると言っても過言ではない。されど、それを大平に叫べないのは、叫ぶと面倒になる自信が御劔の中にあったからだ。お互い退けぬ状況下で、御劔が口を開く。


「お、俺がただの人間じゃないとして……この島ではそう珍しいことでもないぞ……?」

「そうだとしても、血鬼の攻撃を素手でどうにかできる生物がいるとは思えません」

「じゃ、じゃあ……例えばお前は俺が何だと思うんだよ?」

「超常現象と同義にされる血鬼を素手で沈黙できるのは優れた身体能力を身に付けた凶祓い師か、あるいは最高位の吸血者――すなわち吸血王とその第二世代のみ。私はあなたのような凶祓い師は聞いたことがありません。ということは、必然的にあなたは――」


ーー吸血王かそれに準ずる第二世代ということになります。


 決して下に見ない物言いと、敬意を残しつつ警戒は解かないという強い意志を感じさせる物腰で如月は告げた。そして、御劔はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 だが、全く如月の言うとおりであるという意味ではない。むしろ、如月の語った文句を馬鹿にする様に腹の中では考えている。それを口に出さないのは、如月が怒ったら何をするかわからないというのを感覚的に感じ取ったからだろう。その実、興奮状態の如月は何がきっかけで殺神兵器を振り抜くかわからない。

 とりあえずは冷静にさせなければ話にならない。しかして、出会ったばかりの二人はお互いの扱い方をまだよくわかっていない。故に、どうすればいいのかがわからないのだ。


 緊張が増す中、突如キュゥ、という音が響く。

 その音は明らかに如月のお腹から聞こえ、如月はそれを隠そうとしているが顔が真っ赤になっているためバレバレである。両手を静かに上げた御劔は、ある一つの提案を持ちかけた。


「とりあえず……近くで飯でも食うか……?」

「……お金を貸していただけるのでしたら」


 ご飯を奢る代わりに矛を収めてもらった御劔はやっと緊張から解き放たれると、つい数十分前に己が考えていたことを思い出して、深く肩を落とす。

 そうして、小さい声で「だから、ろくでもないことに巻き込まれそうな女を助けるのは嫌だったんだ」などと、本末転倒なことをつぶやくのだった。

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