Prolog
読んでもらえるとうれしいです
真冬の都――
都市化が進む現代において、唯一と言っていいほど大量の緑を残した都。一年を通して比較的過ごしやすい気候を保つ、その都は『縛神島』と呼ばれていた。
頭上に浮かぶ新月が、いつもよりも闇を深く感じさせる。そんな頃。街では温まるものを囲んで広まり始めたばかりの噂話が語られていた。
酒の肴としての他愛ない話題。よくよく耳にする都市伝説の一つのような一抹の話。七人目の吸血王。この島のどこかで息を潜めているという噂を。
対して、それを聞かされた女性先輩はそれほど面白くもなさそうに冷たい表情で「そう、それで?」と息を吐いて問うた。さしもの都市伝説もこの島ではさほど興味を唆られない。そういう者たちが数多く住む、この縛神島では――。
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山梨県の山奥に存在する国営の中学校。しかし、その存在は公には発表されておらず、そこでの勉学は常識だけではない。武術、あるいは凶祓いを主とした教育である。
深夜だというのにも関わらず辺りが明るいのは学校を清めるために埋め込まれた聖櫃のせいだろう。時間にして深夜一時。通常であれば校内に人はいるはずがないのだが、今夜ばかりは違った。
多少の幼さを残した黒髪の少女は突然の呼び出しにも関係なく、少しだけ緊張した面持ちで普段は入ることが絶対に許されない理事長室の扉の前で立ちすくんでいた。
すると、中から女性の言葉が飛んでくる。
「名乗りなさい」
「はい。如月結衣です」
「……入りなさい」
重い扉が開かれるような音とともに扉は自動で開かれ、如月は心を決めて一歩を前に出した。
中は意外にも綺麗に整頓された部屋で、無駄と思われるものは何一つとしてなかった。強いて言えば、杉の匂いが強いくらいだろうか。それも気になるほどではないが、緊張感は先程よりも数倍も増した。
ゴクリと生唾を飲んだ如月は適当なところで正座をして、目の前に座した五人の御人を控えめに目にする。如月の目の前にいるのは、この中学校の親と呼べる『凶祓い』を専門職とする国の機関、『聖王機関』の現トップ――聖王五傑と呼ばれる五人の聖人たちである。
緊張は振り切れていなかったが、如月が五傑に向かって疑問をぶつけた。
「急なお呼び出しでしたが、何用でしょうか」
「その前に、いくつか質問を、如月結衣。あなたは今年でいくつですか?」
「は、はい……? 正確には断言しかねますが、戸籍上ではあと四ヶ月で十六歳になります」
「よろしい。ではもう一点。七人目の吸血王について、どれだけの知識がありますか?」
「静謐の夜炎について、ですか……? 噂程度の知識でよろしければ。彼の者は今はなき旧き神々によって創造され、全ての吸血王を退け、全ての災厄を生み出し、生ける全ての血肉を喰らう化け物……としか」
果たして、この言葉で正しかったのか。そういう声で如月が言い終わると、五傑たちは一同に会話を交わす。なにかまずいことでもしてしまったか、と。そう思っていると、先程から話しかけていた女性が再び話し出す。
「それはそうと、あなた。戦闘経験はお有りでしょうか」
「戦闘、ですか? 月例の模擬戦程度を戦闘と数えられるのでしたら何度か。実戦は一度も経験していません」
「そうですか――」
その言葉を最後に、膨れ上がった殺気が如月を震わせる。
正座から一瞬で背後に飛び、臨戦態勢を整える如月に対して、五傑の誰かが生み出したであろう影武者が如月の座っていた場所から生まれた。
如月はそれに臆すること無く、まるでいつもの模擬戦のごとくただ淡々と相手の弱点を見抜こうとし、それが見つかったら躊躇なく弱点を目掛けて駆ける。
「……っ!!」
力いっぱいを込めた突きは内側から影武者を震わせ自壊させた。影武者の完全消滅を確認してから、如月は五傑に向き直り、少しだけ不機嫌そうな顔で告げる。
「どういうことですか?」
「力量を測るためです。お見事ですよ、如月結衣」
座しなさい、と。五傑の女性が命を告げると、如月は渋々それに従って正座した。そうして、正座した如月の前にアタッシュケースが運ばれた。これは何なのかと問うと、女性が焦るなという声色で話し始める。
「それは零式多形型対吸血用戦機。銘は『獅子王』」
アタッシュケースを開くと、中には緩衝材などで厳重に保管されている銀の柄があった。それを手に取り、一振りすると、いつの間にか柄から刀身が伸びて刀に変わっていた。
そのことに驚きを見せていると、女性が話の続きを語る。
「その武具は殺神兵器です。ありとあらゆる魔を滅ぼし、数多の神軍を退ける。それをあなたに授けます」
「で、ですが。私はまだ――」
「はい。通常であれば、その武具を渡すのは四ヶ月後でした。しかし、状況が変わったのです。七人目の吸血王がこの日本にいます」
「静謐の夜炎が、この日本に?!」
「そうです。未だに問題こそ起きてはいませんが、いつ何時事件が起きるともわかりません。今は各地に対処しうる力を持つ者を配置しなければならない。故に、まだ未熟ではありますが、あなたにも七人目の吸血王がいると思われる場所へと赴いてもらいます」
そう言われて、さらに驚いた顔になる如月に、五傑の女性は深い溜め息を漏らす。
されど、未熟者と言われた自身が行ったところで何かが好転するはずもない。もう一度、考えてもらおうかとも思ったが、答えが出るよりも早く如月に女性が告げる。
「如月結衣。五傑である我々が命じます。所在の知れない七人目の吸血王を見つけ次第、抹殺しなさい」
「抹殺……」
「あなたにそれができると思えたから、我々は『獅子王』をあなたに託すのです。それでは、明日。東京からの便で、あなたには七人目の吸血王がいる可能性が最も高い場所、『縛神島』へと発ってもらいます」
「そ、そんな急に……」
「大丈夫です。手続きは既に済ませてあります」
そういう意味ではないのだが、そういう意味に捉えた女性は静かにそう告げると、話は終わったというふうに如月を理事長室から退出させる。緊張から解き放たれた如月はどえらい事に巻き込まれたものだと、深く肩を落としたのだった。