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ダンジョンハッカー ~愛と絆の物語~  作者: 沙良
第二章『銀の少女』
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第七話 『保健体育』

「いけいけハルちゃーん! ごーごーハルちゃーん!」


 どこから出してきたのか両手のポンポンを振り回し、楽しそうに踊る六花。文字通り応援するだけで手伝うつもりは全く無いらしい。

 その様子を意にも介さず、立ち上がる魔物を見つめるハル。魔物を指していたナイフをくるりと回して逆手に持ち替え、


「行くぞ!」


 全身をしならせて魔物に飛びかかる。

 蹲っていた魔物も既に立ち上がっており、空中のハルを叩き落さんと右腕を振るおうとする。だが、その右腕がハルに触れることはなかった。


「ぜいっ!」


 迫る右腕に対して一閃、ナイフをひゅっと振り下ろす。振り抜かれた魔物の右腕には、肘から先が無くなっていた。どすんと音を立て、切断された右手が床に落ちる。血が通っていないのか、切断面から何かが溢れ出すことはなかった。


「オ、オォ……」


 悲しげな声を上げ、魔物は切断面を見る。


「戦闘中に余所見か?」


 いつの間にか後ろに回り込んでいたハルの冷ややかな声。


「順番が前後してまったが……」


 両手のナイフを握る手に力がこもる。


「その左手、頂こう!」


 魔物の死角から、目にも止まらぬ速さでナイフを振り下ろす。その刃は魔物の左手首を正確に捉え、すっぱりと切り落とした。


「アア、ア……グ……」


 切り落とされた左手首と、先程切断された右肘を交互に見ながら狼狽える魔物。


「情けない奴め、その程度の覚悟で六花に手を上げたとは笑わせる……いや、いっそ笑いすら出てこんな。あの女が散々脅すからどんなものかと思っていたが、やはり図体がでかいだけで広場に居た個体と大差ないか」


 期待はずれだと言わんばかりに吐き捨て、魔物の首にナイフをあてがう。


「終わりだ」


 ナイフが閃き、魔物の頭がぽとりと地面に落ちた。


「ふん、口ほどにもない」


 ハルはナイフをしまい、魔物に背を向ける。


「すごいすごーい! やっぱりハルちゃんは最強ね!」


「ああ、六花が応援してくれていたからな」


 二人がいちゃついている所に、嬉しそうな声が聞こえてくる。


『はい合格、よく出来ました……と言いたい所ですが。残念、それじゃ不正解です』


「……なんだと?」


「えぇー?」


『安心してください、大丈夫です。これだけで不合格にするほど私は厳しくありません。むしろこれはダブルチャンスです。これから問題を解けば、ちゃんと正解にしてあげますからね』


 その声に反応したのか、じっとしていた魔物が再び動き出す。

 両腕の切断面がざわざわと蠢き、にゅっと新しい腕が生えてくる。

 その腕で落ちていた頭を拾い上げ、胴体の上に載せると首も繋がった。首の動きも変わらず自然なままで、切断面すらわからないほどだ。


「……ちっ、化け物め」


 忌々しそうに舌打ちをするハル。


『あら、酷いことを言いますね。この子は育ち盛りですから、傷の治りが早いのは当然です。ましてやここは保健室、どんな怪我だって瞬時に治るに決まっているでしょう?』


「なるほど、じゃあ仕方ないか~」


「いや、限度があるだろう……」


 納得する六花と、得心が行かないハル。この世界は不条理に満ちている。


「ウ、オォ!」


 話している間にも、魔物は殴りかかってくる。


「ええい、鬱陶しい!」


 攻撃は単調で簡単に避けられるし、何なら直撃した所で大した事はないだろう。ただ、無限に復活してくるというのは余りにも面倒だ。こういうのは相手にせず逃げるなり先に進むなりするのが定石だが、今回に限ってはそういうわけにもいかない。


「六花、何か案はないか!」


「えー? 大丈夫大丈夫、ハルちゃんならなんとかなるって!」


 六花もこの調子だ。彼女がどうにかなると言っている以上どうにかはなるのだろうが……。

 ともかく、避けているだけではどうにもならない。何か行動は起こす必要がある。


「いっそバラバラにしてみるか……?」


「ハルちゃん、何怖いこと言ってるの……」


『不正解! 不正解です! そんな酷い事を思いつくなんて、あなたには人間の心が無いのですか!?』


 二方向から非難が飛んでくる。


「ええい、どうしろと言うんだ!」


 その間も絶え間なく飛んでくる攻撃を避けながら叫ぶハル。

 

「もー、そんなに難しく考えなくていいのに。さっきの見てたでしょー?」


 呆れたような声を出し、自身の頭をコンコンと叩く六花。


「さっきの……? ――あ」


 そうだ、本当に簡単なことだ。問題というほどの事ですらない。さっき、あの魔物は。

 両手は切断面から生やしたが、頭はわざわざ拾って繋いだじゃないか。


「なるほど、そうとわかれば話は早い!」


 逃げの一手から一転、攻勢に転じるハル。地面を殴りつけた右腕を踏みつけて喉元まで飛び上がると、


「断ち切れッ!」


 すれ違い様に魔物の首を一刀両断、頭部は再び地に落ちた。

 魔物はすぐに頭部を拾おうとするが、


「やらせはせん、ふんっ!」


 ハルは一足早く急降下するとその巨大な頭部を踏み潰した。

 魔物は一度身体をぶるっと震わせると両手を伸ばしたまま倒れ込み、そのまま動かなくなった。


「今度こそ、やったか……?」


『はい、正解です! ちょっと時間はかかりましたが、良しとしましょう。人間の急所はたくさんありますが、やはり本体と言えるのは頭、頭部ですからね!』


 魔物の生死を確かめるより先に、嬉しそうな声が響く。どうやら正解らしい。


「いえーいハルちゃん、正解だって! やったー!」


 全速力でハルに飛びつき、そのままくるくると回る六花。エルマの放送に負けず劣らず嬉しそうな声だ。

 六花を優しく抱きとめながら、


「はは、まあ落ち着け」


『そうですよ、これはあくまでも第一問ですからね。喜ぶのは結構ですが、まだまだ道のりは長いですよ。それに……』


 教室の外から物音が聞こえてくる。


『彼らもそろそろ追いつきそうですし、急がないといけませんね。安心してください、廊下の長さは元に戻っています。次はそのまま二階へ向かってください』


 足音はまだかなり遠いが、よく聞くと少しづつ近づいているのがわかる。一刻を争うと言うほどではないにしろ、ゆっくりしている暇はなさそうだ。


「じゃあこの部屋にはもう用はないのね! よーし出発だー!」


「ああ、次もさっさと解いてしまおう」


 魔物の頭部を捌き、魔水晶を取り出しながら答えるハル。広場の個体よりも随分大きかっただけあり、魔水晶もソフトボール大程度のサイズになっている。

 魔水晶を六花に手渡し、六花は白衣の中に無造作に仕舞った。


「ハルちゃんだっこー」


「全く、私はだっこじゃないぞ」


 笑いながら、両手を差し出てぴょんぴょん跳ねる六花を抱え上げる。そのまま右肩に担ぎ、


「よし、走るぞ! 二階まで一息だ!」


 童女のようにきゃっきゃとはしゃぐ六花を肩に載せ、散らかりきった保健室を後にする。

 

『さあ、次の問題はちょっとだけ難易度を上げてあります。今回はハルさんだけでも大丈夫でしたが、今度はそうはいきませんよ? 心の準備はしっかりとしておいてくださいね!』


 嬉しそうな声を背に、六花とハルは階段を登っていった。

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