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ダンジョンハッカー ~愛と絆の物語~  作者: 沙良
第一章『鋼の拳』
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第四話 『物語の始まり』

――最後に思い浮かんだのは、街に残してきたあの子――の事。

 私の愛しい一人娘、レーヴェ。


 たとえここで終わりだとしても。やり残したことは沢山あるが、自分の選択に後悔はない。

 あの子の事だって心配はしていない、あの街の人々はみんな優しいし、何より私の娘だ。真っ直ぐ育つに決まっている。

 ただ……あの子の成長を見られないのは残念だ。仕方ないとはいえ、出来るものなら見届けてやりたい。直接教えたいことだって山ほどある。


 ああ、こんな事を考えてしまうなんて私らしくもない。別に今から死のうというわけでもないというのに、何を弱気になっているのか。

 私は必ず生きて帰る。この程度の絶望、何度も乗り越えてきたではないか。

 覚悟は決まった。これ以上考え事をする時間もない。ならば――






 レーヴェが目を覚ますと、そこには見慣れた天井があった。綺麗過ぎる白い石……教会の医務室だ。

 外の明るさから見るに、時間は昼過ぎだろうか?

 何か夢を見ていたような気がするが、全く思い出せない。

 あんなに酷いことになっていた左腕もどうやら元通りで、多少痛むし感覚も鈍いが日常生活に不自由ない程度には動きそうだ。身体の中がどうなっているかはさすがによくわからないが、この分だと特に問題ないのだろう。

 聖結晶の治癒の力らしいが、なんとも凄まじい回復力だ。改めてレーヴェが感心していると、

「あら! レーヴェさん、気が付いたのね! あなた、二日も眠ってたのよ?」

 一人の若いシスターがこちらに気付き、笑顔で駆け寄ってくる。見覚えのある顔だ。

「はい……えっと、お久しぶりですマリエルさん」

 混乱した頭で少々場違いな挨拶をするレーヴェ。

「ほんとに久しぶりね! 最近来ないから安心はしてたけど、ちょっと寂しかったのよ?」

 マリエルの高い声が起きたばかりの頭にがんがん響く。こっちまで明るくなってしまうほど楽しそうに話すのだが、こういう時は欠点かもしれないとレーヴェは思った。

 豊満な体つきに対して子供のような声と顔で年齢がわかりづらい女性なのだが、本人によると『二十代前半』らしい。

「大丈夫、エリックさんも無事よ。ギアはちょっと難しいみたいだけど……あ、レーヴェさんのギアは多分大丈夫よ。いつも通りそこに置いてあるわ」

「あ、ありがとうございます」

 勿論それも気にはなっていたが、それよりも。

「私、なんで助かったんですか……?」

「あら、覚えてないの? 私も詳しくは聞いてないんだけど、雪山ダンジョンの森の中に二人で倒れてたらしいわよ。そう、何年ぶりかにドラゴンの気配があったからってハウゼンさんが駆けつけたんだけど、その時にはもうドラゴンの姿は無かったって。あなた達が撃退したらしいって話だけど、ほんとに覚えてないの?」

「私達が……?」

 心当たりがない、といえば嘘になる。気を失う直前、頭に浮かんできた覚えのない言葉。

 竜殺拳・レグルス……とはまあ、いかにも竜に効きそうな技名だが。そもそもギアの基本的な使い方というのは装着した時点で頭の中に入ってくるものなのだ。応用的な使い方はともかく、G.A.Sを含めたインストール済みの術式の認識に漏れがあるというのは考えられない。

 それに、G.A.Sという名称。Gear.Assisted.Salvation。サルベーション……救済? システムのSではない?

 エリックの攻撃でびくともしていなかった竜を撃退したというのもだ。ギアの出力で言えばエリックのほうが上なはずなのに、私が一撃で?

 不可解な事は沢山あるが、わからない事を考えても仕方ないだろう。

「あ、そうだ! ハウゼンさんがね、目を覚ましたら会いたいって! 無理はしなくていいけど、大丈夫そう?」

「はい……って、ハウゼン?」

「そう! 六枚羽! あの“清廉の貴公子”ハウゼンさん!」

 さっきはつい聞き流してしまったが、ハウゼンといえば六枚羽の一人だ。六枚羽と直接話せるというだけでもハッカーとしてはありがたい事なのだが、正直な所。今のレーヴェにとってはあまり会いたい相手ではなかった。

「じゃ、呼んでくるわね!」

 マリエルはまともに返事も聞かず、無駄にうきうきとした足取りで部屋の外へ出ていった。


「やあレーヴェくん、初めまして! 私が六枚羽――セラフの一人、人呼んで“清廉の貴公子”ハウゼンだ! 調子はどうかな? 私は絶好調だよ、ははは!」

 白い歯を見せて爽やかに笑う黒髪の青年。彼こそがこの街に九人しかいない六枚羽の一人『清廉のハウゼン』だ。

 だがその出で立ちは“清廉の貴公子”の二つ名にそぐわず、少々奇異なものだった。

 目線を隠す金属製のゴーグル。目の部分は黒い半透明の横長レンズで覆われており、その下には得体の知れない機械部品が蠢いている。後頭部からは鮮やかな真紅の布が膝下まで垂れ下がり、マントとなってその絹のような髪と共にひらりとたなびいた。ここは屋内であり、当然風など吹いていないにも関わらず、である。

 上半身は裸で、鍛え上げられながらもすらりとした筋肉を惜しげもなく晒している。

 下半身には白いズボンを履いており、両手に嵌めた白手袋と合わせて紳士的な雰囲気を醸し出していた。

「……ええ、はい。おかげさまで。助けてくださってありがとうございます」

 両目を濁らせ引き攣った笑みを浮かべ、あくまでも丁寧に返すレーヴェ。

 いや、これでも実力は確かなのだ。

 頭に装着したゴーグル状のギアは神器と呼ばれる六枚羽専用のもので、中枢部に魔水晶の代わりに聖結晶の枝が使われているという。これを扱うには聖結晶――その中に宿るマナ神に認められる必要があり、つまり彼も認められた人間の一人だと言うことだ。

「いやなに、そう畏まる事はない! セラフたるもの、君たち後進のハッカー達を手助けするのは当然だ! まして君たちは死にかけていたんだ、未来ある若人の命は何よりも重い! そう、あれは私が自宅でゆっくりと寛いでいるときだった。休息は大事だ、それは私だって例外ではない。ああいや、勿論私は少々休息が不足していようと十全に動けるんだが、それは今はどうでもいい。とにかくその時、竜の気配を察知したんだ。雪山ダンジョンは近いからね、この『イノセンス』が反応してしまったわけだな、うん! それで私は急いで雪山ダンジョンに向かってね。何しろ遠い! あそこはこの街からはかなり近い方だが、それでも地平線の向こう側だ。まあすぐに君たちがピンチなのに気付いて六枚羽の特権でポータルを用意してもらったんだがね? そりゃ私が全力で走れば早いが、ドラゴンと戦わなければいけない可能性が高いというのに無駄な体力を使えばそれこそミイラ取りがなんとやら、というやつだ。とはいえ結構な時間を食ってしまった! ずっと見ていたからね、自体は一刻を争うことはわかっていた。認めよう、正直途中でこれは間に合わないと思ってしまった。エリックくんは流石期待のエース、あのドラゴン――私達はブリザードドラゴンと呼んでいるんだがね、奴の攻撃はどれもまともに受ければ致命傷になることがわかっていたんだね! 紙一重のところで全部受け流していたよ! それでいて合間に挟む攻撃も並大抵のものじゃなかった、ギアの性能を最大まで引き出せていたと言ってもいい! それから……ああ、君にとっては辛い記憶かな? だが忘れてはいけないぞ、全ての失敗は次に活かされねばならない。きみの登場で心を乱されてエリックくんはドラゴンの攻撃を受けてしまった! 決死の覚悟で突っ込んだレーヴェくんの攻撃も、あのドラゴンには届かない! このあたりで私はようやくポータルの準備を完了してもらえてね。さあ出発、というあたりで君のギアから見慣れない……そう、全てを見ていた私でも見覚えのないような光が発せられてね! そこからはあっという間だ。君はすぐに気を失い、竜も両目をやられて焦ったように巣に飛んでいった! 最大の危機は脱したが、君たちの傷は深い。気絶してる以上ギアだって作動していないから、すぐに街に届けなければ死んでしまうだろう! だがそこにやってきたのがそう、この私だ! というわけで私は君たちをこの街まで迅速に運搬し、事なきを得たというわけだ。ブラボー私、よくやった! これからも全てのハッカー達を助け続けよう! ……まあ、残念ながら全ての人間を救えないのも確かなんだがね。ああ、本当に残念なことだ。しかし! とりあえずは君たちを助けることが出来ただけでも良しとしよう! なにせ君はツイン、二枚羽の身で竜を撃退したのだ! 素晴らしい! その才能、こんな所で失うわけにはいかないだろう! ああ、もちろんエリックくんがついでというわけでは全く無いぞ! 彼も若干一七歳にして五枚羽を得た期待のエース、十年に一人の逸材だろう!」

 一瞬だけ落としたテンションもすぐに上げ直し、レーヴェを賞賛するハウゼン。

「あ、ありがとうございます。ただ、私、あの時ほとんど無我夢中で……。その私のギアから出たっていう光はどういうものだったんですか?」

「なんだ、覚えていな……いや、当然か。君はあのあとすぐに意識を失っていたからな。だが安心しろ、この『イノセンス』で全て見ていたぞ! 君が虹色の光を纏ったパンチであのドラゴンを殴りつけるとそこからあの硬い鱗が剥がれ出し、奴の頭部全体が……なんというのだろうな、こう、ボロボロになったのだ! エリックくんの決死の一撃と合わせて両目をやられ、傷ついたドラゴンは自らの巣へ逃げ帰って行ったというわけだ! トドメを刺そうとしなかったのは、まあ奴も冷静では無かったのだろう!」

 ハウゼンのギア『イノセンス』のレンズがきらりと光る。

「そうなんですか……」

「お、信じられないという顔だな? いや、その気持ちはよくわかるとも! だが本当だ、この『イノセンス』で見たものに間違いはない! 不安ならそうだな、タグを確認してみたまえ!」

 促され、左手を布団から出すレーヴェ。その手首に付けたタグを見ると、

「え……?」

 その羽は四枚に増えていた。

「そう、これで君も晴れて四枚羽というわけだ! 二階級特進というやつだな、おめでとうレーヴェくん!」

「何故かわからないけどその言い方はあんまり嬉しくない……」

 ついにレーヴェの口調が崩れたが、その目は自分のタグをまっすぐ見つめていた。


「うむ、実に有意義な時間だった! また会おう!」

 ハウゼンは来た時と同じく、爽やかに去っていった。

「うーん、疲れた……」

「お疲れ様、でもハウゼンさんと話せるなんて羨ましいわ。今度私にも紹介してよ!」

 いつの間にか戻って来ていたマリエルの声が、ぐったりしているレーヴェの頭に響く。

「紹介って、そこまで親しくなったわけじゃないんですけど」

 気が合うかもしれない、とは思ったが口には出さなかった。

「残念。じゃ私はやる事がいっぱいあるから行っちゃうけど、何かあったら呼ぶのよ、大声で! マリエルさーん! って!」

 そういうと返事も聞かずに走っていった。医務係のシスターとは思えないほどフランクな彼女だが、だからこそ性に合っていたりもするのだろうか。

「……結局、よくわかんなかったなあ」

 ベッドに寝転び、天井を見ながら呟くレーヴェ。

 気になることをハウゼンに色々訊いてはみたものの、見た以上の事は知らないようだった。

 むしろ、レーヴェが自分で何をしたかわかっていない事に驚いていたくらいだ。


 なんとか一命を取り留めたという結果にはなったが、これからの事を考えるレーヴェの目はきらきらと輝いていた。ギアの事やそもそもなぜ竜がこんな所までやってきたのか、疑問は尽きなかったが。いまのレーヴェにとって、大事なことは一つだけだ。


 “これで、今まで行けなかったダンジョンに行けるようになる!”


 四枚羽では行ける場所に限りはあるが、そこまで危ない場所に初めから行く気もない。お母さんの日記だって殆どは四枚羽の頃のものだ。目的のために必要な資格はほぼ手に入れたと言っていいだろう。

 彼女の物語。本当の冒険は――今、ようやく始まったのだ。


 エリックにも早くお礼を言いたいし、それはそれとして謝る必要もある。この調子なら二人ともすぐに傷は治って会えるだろうし、お互いまたダンジョンにも潜れるだろう。そんな事を思いながら、レーヴェは枕元の明かりを消して目を閉じた。

 窓の外は既に暗く、聖結晶だけが月の光を浴びて淡く輝いていた。

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