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異世界で釣りをしていたら魔王と釣り友達になった  作者: sillin
第一投目 釣りと異世界
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5 異世界の釣り竿、日本の釣り竿

 案内されたのは城の外にある離れの小屋だった。

 小屋と言っても下手な日本の一軒家くらいの大きさはある。

 そこがエルの釣り部屋、おれたちアングラーが憧れる、釣り専用の秘密基地だった。


「おぉ……」


 ついさっき馬鹿にされたことも忘れて、おれは感嘆の声を上げた。

 よく整理された部屋の中には、いくつもの釣り竿とルアーや仕掛け、それから魚拓がいくつも飾ってある。

 それだけじゃなく、魚をさばく台や、調理器具、ベッドなんかも置いてあって、ここだけで趣味と生活を完結できるようになっていた。


「すげえな。最高じゃんか」


「そうだろう」エルは自慢げだった。だけどすぐに声のトーンを落とした。「父様の小屋だったんだけどな。いまはわたしのだ」


「お父さんも釣りするのか」


「ああ。趣味の人だった。わたしが釣りをするのは、その影響だ」


 だった、ってことはいまはもういないのだろう。

 そこはいま、触れるところじゃない。

 おれは壁に掛けてある釣り竿へ手を伸ばした。


「触っていいか?」


「ああ」


 異世界の竿がどんなものか、興味がある。

 ルアーロッドらしきそれは、2本継のいわゆる2ピースロッドで、構造もおれが持っているものと大差ないようだった。

 ただ、材質は木のような竹のような、ちょっと違う感じがした。日本で主流なのはグラスファイバーやカーボンを使ったものだ。竿先の曲がりもあまりいいとは言えない。組み立ててみて、床に先っちょを当ててみても、やはり感度は鈍かった。


 そしてリール。

 手近のものを取ってみる。

 形としてはスピニングリール……釣りをしない人でも、一般的に思い浮かべるリールの形をしているものの、圧倒的に無骨な印象だ。悪くいってしまうと、デザインが古臭く、昭和の中ごろの品のようなレトロ感が漂っている。これもまた、木なのかよくわからない素材でできていて、重かった。


「どうだ、いいものだろう」


 エルの自慢げな口ぶりを聞くに、この世界では一級品になるようだ。

 素直に驚けたらよかったけど、おれの感想はちょっと気を使ってしまう内容だ。

 丁寧に作られていて、装飾も見事だけど、道具としては僕の持っている数千円で買えるリールの方が性能はよさそうだった。


「うーん、ちょっといいか?」


 荷物を下ろして、自分の竿を組み立てる。


「持ってみて」


「うん?」エルは渡された竿を持った瞬間、目を見開いた。「なんだこれは。軽いぞ!」


「そのまま持っていて。まっすぐ横に」


「あ、ああ」


 おれは伸ばされた竿の先、トップガイドと言われる先端をちょんちょんとつつく。


「すごい、自分の指の先みたいに振動が伝わってくる」


 舌を巻いてエルは言った。

 このやり方は、おれが初心者だった頃、釣具屋の店員にやられたものをそのまま真似してみたものだ。日本の釣り竿は感度と呼ばれるものを重要視していて、魚の微妙な当たり、突っつくだけの動作すら拾い上げるように、すごく繊細に作られている。


「こんなに軽く作って、すぐ壊れないのか?」


「無茶をしたらそりゃ折れるけど、その竿の用途を守る限り、大丈夫だよ。それだって一年以上使っているし」


「なんと……。しかし、高いんだろ?」


「いや、安物……までは言わないけど、おれでも買えるくらいの品物だ。日本の釣り具は世界でもトップレベルだからな。安くていいのが手に入る」


「ニホン……」


「オーウ、これはオイシでーす!」


 おれたちのやり取りの裏で、奇声があがった。

 テーブルの座席に座って、メイド長の……アデリナさんだっけ。に、お茶を出してもらったマイケルのものだ。


「ミスタ・ナガシン。ユーもいただいてみるのでーす」


「はいよ」


 竿を預けたままおれもテーブルへ向かった。


「どうぞ」


「あ、どうも」


 ファミレスのウェイターとは天と地ほどの差がある優雅な動作でカップが差し出され、おれはお茶に口をつけた。


「……うまい」


 渋みのない紅茶のような味で、砂糖を入れてないのに舌の上で甘く感じられる。口の中で茶葉がほどけて広がっていくような深みもあった。


「なにこれ。こんなおいしいお茶、飲んだことない」


「ポラスの葉を中心にブレンドしたものです。疲れが取れますよ」


 アデリナさんは優雅に笑って、ポットから追加を注ぎ足してくれた。これが本物のメイドの力……。マイケルが気絶したのも無理はない。


「こんなこともあろうかと、ワタシ、お茶菓子を用意しましたー」


 背負ってきたリュックの中から、マイケルはビニール袋を取り出す。

 それをテーブルの上にざらっと広げた。


「お、気が利くな――って全部『スリッパーズ』じゃねえか!」


 ねっちょりとしたキャラメルソースが入った、チョコとピーナッツのバーだ。


「ワタシ大好きでーす。遭難しても大丈夫」


 なるほど、スリッパーズは登山の非常食にも持ち込まれる高カロリー食品だ。異世界で食糧難になることも考えたのか。

 ……このマイケルが? ありえん。


「袋に入ってるんですか?」


 個包装のお菓子が珍しいのか、アデリナさんが手に取ってしげしげと眺めている。


「遠慮なくどうそー。こうやって食べてくださいでーす」


 ぺりっと袋を破いて、中身のバーを咥え、右から左に嚙みちぎる。笑顔。白い歯にピーナッツがくっついて汚ねえ。


「いただきます」


 あくまで優雅に袋を破り、口元を手で隠しながら、アデリナさんは初スリッパーズ挑戦だ。こんなに上品に食べる人もそうない。


「!!」


 一口いって、その背後に雷が走った――ように見えた。

 好き嫌いあるお菓子だからな。ちなみにおれは苦手だ。甘すぎるし、二本も食べりゃ油が浮いて、次の日顔がギトギトになる。


「おいしいっ!!」


 しかし意外なことに、お気に召したようだ。

 口から飛ばさんばかりに叫ぶや、もりもりと一本完食してしまった。

 あの上品な手つきはなんだったの?


「脳天に直撃する甘味、口の中がねっとりする食感、二重三重のハーモニーを奏でるくどいばかりのチョコ……」


 ぜんぶ悪口にしか聞こえないけど、アデリナさんの表情は至福に包まれていた。それよりチョコって言ったな。この世界にもチョコはあるんだ。


「もう一本いいですか!?」


「ど、どうぞ。でもカロリー高いですよ」


「カロリー?」


「太るってことです」


 ぴしっと顔を凍らせて、動きが止まった。

 すでに新しいスリッパーズをつかんでいた手を、逆再生のコマ送りみたいにゆっくり離して、アデリナさんは無表情で直立姿勢になった。


「太るは禁句だぞ、ナガシン」


 エルがやってきて椅子を引き、自分のために注いであったカップに口をつけた。


「いや、教えてあげないとだめだろ……。エルもどうだ? このお菓子」


「アデリナは無類のB級グルメ好きでな。気に入った菓子がわたしにとってうまかった試しがない」


「それ、当たってる」


「なぜでーす! アメリカン・ソウルフードですよー」


 マイケルは二本目をパクついた。勝手にソウルフードにするな。


「……しかし、おまえの世界の釣り道具はすごいな」


 エルの視線はまだおれの釣り竿にあった。

 それはおれも思うことだ。


 一度、異音がするようになったリールを分解したことがある。

 手先は器用なほうだから、ちゃんと覚えていれば組みなおせるだろう、と甘く考えたのが間違いで、内部には信じられないほど大量の部品が、複雑に組み込まれていた。けっきょく数時間格闘して半泣きになった挙句、行きつけの釣具屋に持ち込んで直してもらったのだ。それ以来メンテはオイルを差すくらいにしている。


「でも、きっとこっち世界の方が魚は釣れるよ」


「どうしてそう思う?」


「これはおれの個人的見解だけど、魚が釣れないからどんどん道具が進化するんだ。もちろんいい道具を作るために日々がんばっている人の努力の賜物なのはわかってる。でも適当な道具で釣れる環境なら、ここまで発達することもなかったんじゃないかと思う」


「どうして釣れんのだ」


「さあ……。乱獲して魚が減ったとか、海に栄養がなくなったとか、魚自体がスレてしまったとか……わかんないけど」


「だから技術が発達したと」


「たぶんね」


「ふむ。わたしに言わせるとそれは違う。この道具は向上心の産物だ。きっといくらでも魚が釣れたって、おまえの世界の職人はこれを目指したはずだ。……よし、行くぞナガシン」


「どこに?」


「決まっている、釣りに行くのだ。おまえの道具の使い心地を確かめるぞ」


「お、いいねえ。行きますか!」


 釣りバカふたりが腰を上げかけたところで、


 ピンポーン


 城門のところから、インターフォンの音が聞こえた。


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