4 メイド長アデリナ
質問攻めに質問攻めを重ねられて、根負けしたおれはマイケルにすべてを話した。
秘密にしといたほうがいいんだろうけど、そこは不用意に姿を現したエルが悪い。こう見えてマイケルも口は固いはずだし……もしだれかにしゃべっても、変人が進行して頭の病気になったと思われるだけだ。
で、いま、その異世界にいる。
マイケルとふたりで。
明らかにエルに対して目がハートになっているやつと引き合わすのは気が引ける。だけど同じ家に住んで部屋も隣のやつだ。おれが異世界に行っている時、いろいろ工作を手伝ってもらわないといけないこともあるだろう。ギブアンドテイクと思えば、それも仕方ない。
「ここが異世界ですかー」
なんのつもりかでかいリュックを背負って、晴れ晴れとマイケルは言った。
「異世界だけど、どこだろうな、ここ」
同じ湖畔に出ると思ったら違う場所だった。
まわりに木が生えていて、車一台通れそうなほどの土で固められた道がある。
雰囲気はおれたちの世界と似たようなものだ。最初に勘違いしたように、外国と言われてもなるほどで終わるだろう。
「ヘイ、ミスタ・ナガシン! ルックザット!」
マイケルの指さす方を見ると、道の向こうには大きな建物があった。
見るからにおどろおどろしい雰囲気をした、中世を思わせるお城だ。
天気もいいのになんで不気味なのかと思ったら、その城の周りだけ不自然に暗くなっていて、上空の周囲だけ暗雲が垂れ込めている。
「100パーでラスボスの城じゃねえか!」
いきなりあれを攻略しろってこと?
冗談じゃない、釣り道具しかもってきてねぇぞ。
「いいですねー。レッツゴーゥ!!」
「レッツゴー! ……ってあほか!」
歩き出したマイケルの足を払ってすっころばせる。
「フグハっ!」
「すまん、顔からいったか? まあそれは置いといてだ」
「ひどいでーす!」
「あんなの冒険の最後に行くところに決まってんだろうが。おれたちみたいなのはな、まずさびれたかんじの村から始めるって相場が……。あれ? いやそもそも、なにしに来たんだっけ?」
「ミス・エルと会うのでーす」口をとがらせてマイケルは起き上がる。
そうだ。いちおう釣り道具を持ってきたけど、エルと会うのが目的。
あいつは前、別れ際になんて言ってた?
『この世界の魔王だ』
美少女が魔王でいいのかわかんないけど、異世界と通路をつなげるくらいすごい能力を持っているのは間違いない。
で、いかにも魔王が住んでいそうな城が向こうにある。
「あいつはきっとあそこにいる。マイケル、もう一回だ」
「What?」
「さっきのレッツゴーってやつ。ほら」
「ファッキュー!!」
「よーし、いくぞぉっ!」
気合のこぶしを振り上げる。
こうしておれたちは城を目指し、歩き始めた。
と言ってもまあ、見えている場所を目指すだけだ。
城が思いのほか大きかったのか、遠近法で近くに見えたけど、けっこう距離があった。
しかし、釣り道具は重いけど心は軽い。
そのうちに、木々がなくなって、場所が開けてきた。
城門へ到着したのだ。
大きな、いかにもって感じの鉄格子の門。
だれかいるかと思ったけどだれもいなくて、しかも門は閉まっていた。
「どうやって入るんだ?」
「簡単でーす。インターフォンを探しましょう」
「そんなもんあったらラーメンおごるわ」
ピンポーン
「あるのかよ!」
「おごり、聞きましたよー?」
「くそっ」
鉄格子の横にある豚の彫像の鼻がボタンになっていた。
スピーカーは口だろう。そこから軽やかな女性の声が聞こえてきた。
「はーい、どなたですか?」
エルではない。もうすこし年上の声だった。
「あのー、エル、エルフリーデさんはいらっしゃいますか?」
「失礼ですが、アポイントはございますか?」
「いえ、約束はしてないんですけど、異世界の者が会いに来たと言っていただければ……」
「おまちください」
ガチャリと通話が切れて、しばらく待つ。
すると、ごんごんと音を立てながら、鉄格子が上がり始めた。
「お入りください。正面の扉へどうぞ」
全部自動とは恐れ入る。
おれはなんとなくペコリと会釈して、門から敷地の中へ向かった。
「いやー、たのしみですねー」
うきうきしているのはマイケルだけで、おれはちょっと緊張していた。
覚えがないだろうか?
小学生のとき、はじめて遊びに行く友達の家の、ドアへ向かうような。
不安と期待が入り混じる、新鮮なドキドキを。
ましてこの、豪邸を飛び越した本物の城の玄関へ行こうってんだから。
門からまっすぐの大きな扉の前に立つと、ギギギと軋みつつそれが開いていった。
おれは息を呑んだ。
扉の奥……ホールになっているようだ。
そのホールの左右にずらりと、何十人もメイドの衣装を着た女性が立ち並んでいた。
『いらっしゃいませ』
一糸乱れず頭を下げ、声を合わせる。
顔が引きつるのが分かった。
帰りてえ! なんだこれ?
なんかのアトラクション? ドッキリのたぐいか?
「ぷぷっ、あははははは!」
ホールの上から笑い声が響き渡って、ドッキリのたぐい説が証明された。
「あはははは、みんな、もういいぞ」
パンパンと手が鳴ると、メイドたちは散り散りにホールから去っていく。
おれはまだ呆然としていた。背中に汗が出た。
階段からエルが降りてくる。その後ろに、背の高いメイド服の女性がひとり従っていた。
「どうだ、びびっただろう」
「び、びってなんかねーよ」
「いいや、びびってた。おまえの、あの顔! ぷふう」
「あれか、仕返しか」
「ふん、あんなもの見せつけるからだ」
「見せつけてないから……ほんとに」
おれだってショックだったんだぞ。
まあこうやって冗談にしてくれたほうが、こっちの精神衛生にもいいけど。
「あらあら……もうそんな仲になられたんですか?」
うしろの女性がのんびりと口を開いた。インターフォンの声の人だ。
「なってない。事故だ。おいナガシン、それといきなり変なものを連れてきてくれたな」
エルは目でおれのうしろを指す。
変人は異世界でも一目でわかるのか。
マイケルを振り返ると、たしかに変なものになっていた。
口から泡を吹いて、白目を剥きながら斜めに扉へ突き刺さっている。
「驚きすぎだろ」
ケツに蹴りを入れると、はっと我に返った。
「メイド天国!」
「なに言ってんだお前」
「ああ、たしかに今、メイド天国が広がっていたのに、ワタシの幻覚だったのでしょうかー」
メイドがうれしすぎて気絶してたの? マイケルはしかし、エルの後ろの女性を確認するや、うやうやしく膝をついた。この人もメイドの格好だ。
「マイケル・シュトラウスと申す。よろしくつかまつる」
「あらあら、ご丁寧に。メイド長のアデリナと申します」
「すまんエル。これは昨日、君が男子トイレに突撃してきたとき横にいたやつだ」
「わたしはトイレに突撃などしておらん!」
「似たようなもんだろ。とにかく、こいつはマイケル。理由があって同じ家に住んでいるんだ。事情を知っといた方がいいかなと思った」
「まあ好きにしろ。……来い」
きびすを返してエルは歩き始める。
おれは釣り道具を担ぎなおし、まだうやうやしいお辞儀をしたままのマイケルのケツをもう一度蹴って、そのあとを追った。