25 悪魔
「ひいいいいっ!」
振り下ろされた腕から、異様に長く爪が伸びている。轟音を立てて机が真っ二つになった。かわせたのは、ライカが抱えて後ろに飛んでくれたからだ。
「ほ、本気だよあれ」そのライカもびびっているようだ。
「とにかく逃げよう」
一も二もなく、おれたちは職員室を駆け出した。
悪鬼の叫びをあげてアデリナさんが追いかけてくる。
エルと出会ってから一番命の危険を感じるのが、いまだなんて思いもしなかった!
「きゃーーっ!」
「うわあーー!」
生徒たちの悲鳴がそこかしこで上がった。
闇のオーラをまとったメイドが目を赤光に光らせながら走ってきたら、そりゃ大騒ぎになる。
「アデリナさん、落ち着いてーーーっ!」
逃げながら叫んでも、「ガアアァァァ!」とか言う理性を失った咆哮しか返ってこない。
正直あのメイド長がここまで恐ろしい存在とは思わなかった。エルの側近だから戦ったら強いんだろうな、くらいは想像していたけど、いま、ちらっと後ろを振り返って確認した姿は翼を生やした悪魔だ。もはやメイドですらない。
「こっちだ!」
廊下の角を曲がって、そのすぐ先にある階段を降りると見せかけて上に向かう。
3階に上がってから目の前の渡り廊下を通って別校舎へ。
「ナガシン、あたしおとりになるよ」
ライカがそう言ってくれた。
仮にも勇者だ、後れを取ることはないだろう。
むしろ足手まといのおれがいない方が、素早く動ける。
「わかった。おれはこの階段から中庭へ出るから」
フェイントが功を奏したのか、アデリナさんは一時的に巻けている。3階に引き付けてくれたら外に出られるから、とにかく、おれが校舎外に出て、時間を稼ぐことが大事だ。
階段を下って中庭へ。
まだ事態を理解してない生徒たちが何人か、騒ぎのあった校舎の方を向いて不思議そうな顔をしている。
「あ、ナガシン君!」
教室へは戻らなかったのか、花瀬さんが駆け寄ってきた。
「校舎から悲鳴が聞こえたんだけど、なにか知らない? もう昼休み終わるんだけど、教室行かない方がいいかな」
「花瀬さん、よく聞いて。いまたいへんなことになってるから、ここのみんなを運動場に誘導してくれるかな」
おれの巻き起こした騒動で、他人にケガさせるわけにはいかない。
そのとき、轟音が上の方で響いた。
3階の校舎でバチバチっと閃光がまたたいて、次の瞬間、
ガシャーン!
と窓ガラスを突き破ってライカが吹っ飛んできた。おれたちの横の植え込みへ頭から突き刺さる。ぐるぐると目が回っていた。
「勇者でも歯が立たないのかよ」
花瀬さんは口をパクパクしている。そりゃ驚くわ……。
「ソンナトコロニイタカ」
割れた窓から身体を突き出したのは、アデリナさん……か? 真っ黒い獣人みたいな姿になって、体長も2メートルを越えている。
そのまま翼を使って空に飛んだ。
しまった、そりゃ、羽根があるなら飛べるよな。校舎の外に出たのは失敗だった。
どうする。
おれは真っ青になって震える花瀬さんを見やった。
他にも何人か女子生徒が動けずにいた。
巻き込むわけにはいかない。
校舎へ戻るか?
それもできない。一階は最も人通りが多いのだ。中庭よりも被害が出るかもしれない。
くそっ、詰んだか。
おれだって命は惜しいけど、選択肢は自分ひとりで人気のない方向へ逃げるしかないってことだ。すぐに追いつかれ、なんか残虐なことになるだろう。背筋が凍る。
相手は空中で、まだ距離があると思っていたのが間違いだった。
アデリナさんが禍々しい形状の尻尾を振ると、そこから手裏剣みたいに飛翔物がいくつも襲い掛かった。




