表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/26

17 異変

 たしかにあまり考えず来てしまったけど、もろダンジョンに見える。モンスターが出たってエルやライカが遅れを取ると思わないが、作戦は立てておかないといけないだろう。

 そういや、モンスターって出るんだろうか? エルは難しい顔をしているので、ライカに問いかける。


「こんな洞窟に? どうかな……。封印されていたのが世界を滅ぼす魔獣だったなら、出るかもね」


 いたずらっぽく笑う。これはからかっているな。


「ま、出てもコウモリとかヘビとかじゃない? 生き物の気配すらしないけどね」


「それだ」


 鋭く指摘されて、ライカはびくっとした。エルは相変わらず難しい顔で顎に手を当てた。


「洞窟が3年前から開いていたとして、コウモリが住み着いた気配もない。どころか虫一匹見ていないぞ。なにかおかしいと思わないか?」


 おれはマイケルと顔を見合わせた。思わないかって言われても、こっちの世界の常識を知らないんだから判断のしようがない。ライカも考えているが、これはフリをしているのがバレバレだった。この3人は役に立たないと思ったか、エルは頼みの綱のアデリナさんに振った。


「アデリナ、なにか感じないか」


「ここへ入ってから、指輪の調子がよくない気がします。光球をもっと明るくしたいのですが……」


 ぼんぼりくらいの明るさだ。こんなものかと思っていたけど、違うらしい。

 指先に火を灯したエルが、本当だな、と言った。


「魔力が抑え込まれているのか。それとも指輪が力を発揮できないのか……」


 何度か火を灯したり、消したりしてみても、原因はつかめないようだった。


「HEY、レディーたち。疲れた身体には、甘いものでーす」


 マイケルはリュックの中からスリッパ―ズを取り出す。またしても大量に持ち込んだらしい。


「お茶を用意いたします」


 そう言うアデリナさんの口元が、じゅるっと鳴ったのを聞き逃さなかった。本当に好きなんだな……。

 小腹もすいてきた頃だったので、珍しくマイケルのチョイスは正解だ。おれも久々に食べることにした。くどい甘さが今はちょうどいい。アデリナさんのお茶もスッキリした味わいでよく合っていた。


「これおいしいよ!」


 ライカも目を輝かせて、チョコバーをむさぼった。いかにも好きそうだと思った。

 反対にエルは半分ほど齧ったあたりで手が留まっている。情けない顔で、


「口の中がにちゃにちゃする」


 と言った。味だけじゃなく食感でも好みがわかれるのはしょうがない。


「オウ! いらないのでしたら、残りはワタシがいただきまーす!」


「そうしてくれ」


 素直に渡そうとしたそれを、おれは横合いから奪い取って、ライカの口に突っ込んだ。


「ふがっ!?」


「関節キッス狙ってんじゃねぇぞメリケン野郎!」


「NOOOOOOOO!!」


「ふふふ」


 おれたちの掛け合いを年上のお姉様然として見守るアデリナさん。しかしその手元にはスリッパ―ズの空袋が3つも置いてある。食うの早すぎだろ。


 場が砕けてはじめて、いかに緊張感に包まれていたか気が付いた。

 こうやってふざけあっているくらいがちょうどいいんじゃないか。少なくとも、おれはそう感じる。


 しかし和やかな空気は長続きしなかった。

 突然エルが立ち上がったのだ。


「いまの、聞こえたか!?」


 と、血相を変えている。

 おれやマイケルはともかく、アデリナさんもぽかんとしていた。

 エルは耳に手を当て、洞窟の奥へ向いた。


「ほら――また。声だ。この声は……」くちびるが震える。「父様、だ……」


 今度はおれも耳を澄ませていた。

 なにも聞こえてはいない。見回すと、全員が不審そうな顔をしていた。だれも聞こえていないのだ。


 あれか。スリッパーズに当てられて幻聴が聞こえるようになったとか。

 茶化す雰囲気じゃないので黙っていたが正解だった。


「聞こえないのか? わたしを呼んでいる。呼んでいるんだ」表情が鬼気迫っていく。「行かないと。父様のところへ」


「エル様!?」


 アデリナさんが悲鳴を上げた。普段冷静なエルが、後先も考えずに洞窟の暗闇の中へ走っていった。

 いきなりなんなんだ。

 この洞窟、おかしいぞ!


「エルっ!」


 呆気に取られていたライカが、我に返って暗闇へ消えたエルを追った。

 おれたちもすぐ追いかけたかったけど、荷物を置いていくわけにはいかない。

 手早く片づけて出発しようとしたときに、前方からライカが茫然と戻ってきた。


「見失っちゃった……」


 聞くと、いままで一本道だった通路はこの先いくつも分岐し始めると言う。ライカが分岐点へたどり着いたころには、すでにエルの姿はなく、物音もしなくなっていた。


「どうしたんだろう、エル」


「わかりません。いつも、考えてから行動するお方なのに」


 アデリナさんの顔が青いのは、うす暗い光球のせいだけじゃないはずだ。

 あまり知りたくない疑問だけど、おれには思い当たるものがあるので、確認してみる。


「あの、この世界って幽霊はいます?」


「幽霊?」


「つまり、エルのお父さんが化けて取り憑いた、って可能性は……」


「オウ、マイ、ガッ!!」マイケルが激しく十字を切った。こいつは怪談話が苦手だ。


「ゆ、幽霊なんて、存在しません。ええ、しませんとも」


 アデリナさんの顔色がさらに青くなったのを、残念ながらおれは見てしまった。

 ライカを見やると、コクコクと壊れたブリキ人形みたいにうなずいた。

 この反応、どっちなんだ……?


 洞窟は重苦しく、暗闇を照らす明かりはあまりに心もとない。

 別にホラーが苦手じゃないおれまで怖くなってきた。


「ま、まず、エルを探そう。それからだ」


 口の中が乾いてどもってしまった。

 みんな異論はないようだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ