15 湖の洞窟
一週間後。
「いやー、ナイスな場所ですねー」
おれは準備を整え、マイケルとともに再び異世界へやってきた。
場所は例の湖畔。
あいかわらず心地よい風が吹き、水面はキラキラと輝いている。
ピクニックをするには最高のロケーションだ。
しかしもちろん、そんなことをするためにやってきたわけじゃない……エルの父親の手がかり、あの赤い布切れはこの湖畔で見つかったらしいのだ。その場所を調べるためである。
「まさか、この湖とはな……」
エルの口調は複雑だ。考え事などをするときはよく訪れるらしい。そんなところに父親の手がかりが眠っていたとは、喜ぶべきか憤るべきか。むずかしいところだ。
「フゥー! COOL! これはイイネをたくさんいただきましたよー」
マイケルはスマホでカシャカシャと写真を撮りまくっている。あとで写真投稿サイトのインスタイルに送るつもりだ。……そんなことしていいんだろうか? まあ、いいか。
「それよりマイケル、わざわざついてこなくてかまわないんだぞ。今回は危ない目に合うかもしれないからな」
あのあと日本に帰って、エルの事情を説明したらいっしょに行くと譲らなかった。思いとどまってもらうために話したのに逆効果だ。
「ノウ! ミスタ・ナガシン。困っているときこそ助け合うのが友情でーす。昔の人も言いました、袖振り合うもタションのエンと」
「多少の縁、な。意味わかってねーだろ」
「オーウ、どんな意味なのですかー?」
「え? えー……、袖が当たっただけの他人でも、多かれ少なかれ縁があるってことだ」
「ちがう。前世からの運命があると言う意味だ。字は多生と書く」
エルが砂浜に字を書いて、おれの間違いを指摘してくれた。
多少じゃなくて多生、生まれ変わりを意味する言葉だったんだ。へー。
「っておい、なんでそんなことわざ知ってんの」
「常識だろう」
「そうか……常識か……」
ますます世界観の意味がわかんねぇ……。
あきらめて、うしろのライカを振り向く。常識と言う単語で思い出したのだ。こっちはこっちでなんだか非常識なことになっている。
「? どした、ナガシン」
「いや……」
一週間前に城で別れた時より、気のせいじゃなけりゃ背も髪も伸びている。なんだか表情も大人びていて、なにより身体つきが……前からスラッとしていたけど、それプラス出るところが出てセクシーになっているのだ。ぶっちゃけ胸がでかい。
「雰囲気変わったなと思って……。別人じゃないよな?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました」口調だけは元のとおりアホっぽい。ライカは話したくてしょうがないようだ。
「今日のあたしは、一週間後のあたしじゃないよ。一年後のあたしなのだっ」
「……意味不明の言動はマイケルだけで間に合ってるんだけど」
「一年間修業してきたらしいぞ」エルがなんの気なしに言う。
「ああっ!? オチを先に言わないでよ!」
「いやぜんぜんオチてないから。わけがわからん」
一週間で一年間の修行?
精〇と時の部屋にでも入ったのか?
エルは口を尖らせて答えた。
「あたしの国には時間の流れが周りとちがう空間があるんだ。そこでみっちり一年間修業したんだよ。そこの一年が、こっちの一週間」
そのとおりでした。
「そんな便利空間があるんだな。さすが異世界……」
「でもでも、気軽には使えないんだよ。それもこれもあたしが魔王を打ち負かし、実力で勇者となったおかげなのだ。国じゃちょっとした英雄なんだから」
得意そうなライカ。
隣でくすくす笑っているアデリナさんに聞いてみる。
「ほんとなんですか?」
「ええ。エル様が勇者をみんな倒してしまうものですから、ほかの国の方々は儀式が進まず困り果てていました。そこへライカ様が宝玉を持ち帰ったので、みなさん考えを改めたようです」
自分のことを落ちこぼれと述懐していたくらいだ、国元でバカにされていたのだろう。
あの釣り勝負はライカにとっても最高の結果だったのかな。そう思うとおれもうれしい。
「そろそろ出発しよう」エルが促した。「アデリナ、案内をたのむ」
「承知しました」
いつなんどきも隙のないメイド服姿が、湖畔の水辺を歩いていく。おれたちはそのうしろへ続いた。
湖の砂浜が切れて茂みに入り、森のようになったと思ったら岩場に出る。
道なき道を進んでどれくらい経ったころか……。
アデリナさんは足を止めた。
「ここだそうです」
崖の横っ腹に丸い口が開いている。洞窟だ。
「WOW……」
マイケルが言わなきゃ、おれが同じセリフを吐いていた。物々しい雰囲気を醸し出すその洞窟は、いかにもファンタジー世界のダンジョンのたたずまいだった。
「舟で漁をしていた地元の者が、この洞窟から流れてくるのを発見したそうです」
「ここから流れてきた……か」エルはいつになく眉をしかめていた。
洞窟は半分が水につかっている。探検するにしたって、舟がないと無理だ。
いや、それとも魔法でこう、なんか水の上を歩いたりできるのだろうか?
「なあ、どうやって入るんだ?」
ちょっとわくわくしてエルに聞いたが、答えたのはアデリナさんだった。
「ご心配なく。舟を用意してございます」
そこは現実的なのね。
岩陰に大きなカヌーのような舟を置いてあった。さすが魔王の配下、用意がいい。マイケルが場所を取るけどその分エルが小さいので、なんとか5人乗れそうだ。
「アデリナ、ここから流れてきたのは間違いないのか?」
「はい。そう聞いておりますが……」
「それは変だ。この洞窟、すぐに行き止まりなのだ」
「えっ」アデリナさんが絶句する。
「なんで知ってんだ?」おれの疑問にエルは答えた。
「小さいころ、父様と探検に来たことがある。昔は水深がもっと浅かったから奥まで行けたんだが、いくらもしないうちに突き当りだった。そんな場所からいまさら、父様の持ち物が流れてくるだろうか?」
「そんな……。では、見つけた者が嘘をついたと言うことでしょうか」
「それも考えにくいな。あの布は間違いなく父様が身に着けていたもの、魔王家の紋もある。嘘をついてなんになる」
「ま、細かいことはいいから、行ってみようよ。なにかわかるかも」
ライカは時々、ド正論を言うよな。
まさしくその通りで、おれたちは舟の準備をはじめることにした。
そしておれは気が付いた。
ロープとかもろもろ装備一式はそろっているのに、一番肝心の漕ぐものがない。
まさかアデリナさん忘れちゃったの?
「エル、オールがないんだけど……」
小声で告げると、
「バカか。魔法で漕ぐに決まってるだろ」
じと目で返された。
決まってるのか……。決まってるんですね。
「もう魔法で泳いで渡れよ……」
「お前は魔法をなんだと思ってるんだ」
なんだと思ってるんだろう。命題だ。
おれたちは舟に乗り込み、アデリナさんが指輪を振るや、船首に淡い光が宿って勝手に進み始める。
「HUUUUU!」
マイケルが奇声を上げた。おれも驚いたけど、まあ……エンジン付きの船も勝手に進んでいるようなものだから、平気な顔をしている振りをしよう。
「ゆっくり入ってくれ……光の加減で奥は見えないが、急に行き止まりだったんだ」
エルが注意を促す。ぶつかってひっくり返ったらたまらない。
洞窟へ侵入し、船首の光がぼんやり周囲を照らず。