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14 魔王の指輪

 道楽者で、やさしい父だったとエルは語った。

 その手に握られているのは、ぼろぼろに色あせた、もとは赤だったのであろうジャケットのような布切れ。

 城に戻り、渡された『手がかり』だった。


「これを着て出ていった日の朝を、いまでも覚えているよ」


 釣りをするため、早朝から出かけることが日常茶飯事だった父親。

 だがその日はどこか様子がおかしかったと言う。


「あの時、引き留めていれば……!」


 魔術の朝練で早起きしていたエルと、父親は鉢合わせた。

 だが反抗期だったエルは、汚いものを見る目で見送っただけだった。


「フラフラ遊んでばかりいる父が、当時は嫌いだったからな。そのとき最後に聞いた言葉は、『伝説の魚を釣ってくる』だった」


 しばらく父親は戻らなかったが、心配はしなかった。

 事態が変わったのは3日目の朝だった。

 血相を変えた母親が、父は死んだと告げたのだ。


「うちは女系の魔王一家だ。先代魔王の母は、能無しのボンクラである父に魔力の一部を預けてあった。それが一気に消滅したらしい」


「……ほんとに死んだのか?」おれは言った。それが死んだ証拠になるのか。


 エルは力なく首を振る。


「わからん。いったい何が起こったのか……。一気に消滅なんて、自爆したとしか思えない。でもなぜ?」


 しわになるほど握りしめられた赤い布きれは答えない。


「母様もすぐに、探しに行くと言って出ていった。それきりだ。もう3年になる」


「お母さんの方は、いまも探して旅をしているんじゃないのか?」


 エルは無言で、片手を上げた。いつも嵌めている指輪が赤い宝石を光らせている。


「これは魔王の指輪。書置きがあった。戻らなければわたしが身につけろと」


 そのまま、黙ってしまう。

 アデリナさんが悲愴な面持ちであとを続けた。


「その後、エル様に指輪は継承されました。それは魔王の座の交代を意味します。つまり、先代の身になにかが起きた、ということ」


 死んだ可能性が高いってわけか。

 エルが自分のことを魔王ではない、と言った事情はわかった。

 両親は目の前で車に跳ねられたんじゃない。消えてしまって、死んだのかもしれないってだけ。

 認めたくない気持ちは十分理解できた。すんなり、ストンと納得できる話ではない。

 それにおかしな点はいくつもある。


「お父さん、本当に釣りをしにいったのか?」


「いいや、違うだろう。釣り竿は持っていたが、だれかに見つかった時、怪しまれないための偽装だろうな」


「なんでそう思う?」


「アデリナ」


 促されて、アデリナさんも片手を上げた。そこにはエルのと同じような指輪が嵌まっており、青い宝石が光っている。


「これは父の指輪だ。魔王の指輪と対になり、同じ機能――城の装置を制御できる、大事なものだ。釣り部屋に置いてあった」


 遺していった、ってことか。

 死を覚悟していたから、本当に大切なものは置いていった。

 母親も同じように、大切な指輪は置いていった。

 もどらなかったらと書き置いて。

 それってやっぱり変だ。


「あの……エル。ほんとーに失礼な質問をするんだけど、怒らないでくれ」


「なんだ」


「お父さんは何かに悩んで自殺して、お母さんはそのあとを追ったなんて可能性は、ないよな?」


「本気で失礼だな。それはない。父は能天気の権化だったし、その父がたとえむごたらしく死んだとしたって、あの母が悲観して自殺するとも思えない」


 心臓に毛が生えているような人だからな、と付け加える。なるほどと思った。しっかりエルもそのあたりを受け継いでいる。

 母親がエルに似ている性格なら、やはり自殺なんて線は消える。だとすると、おかしな点は拭い去れない。


「ふたりとも、死ぬことがわかっていたような行動だよな」


 思わず口に出てしまった。

 エルの肩がぴくりと震える。しまった。


「……そうだ。おまえもそう思うか」


「あ、ああ。気を悪くしないでくれ」


「いや。きっと、なにかわたしたちには告げられない重大なことがあって、両親はそれに巻き込まれたんだ。わたしはその謎を知りたい」


「エル様……それは前々から申し上げているとおり……」


 意外なことにアデリナさんが表情を曇らせていた。

 エルのやりたいことはなんでも実現させてあげる、そんな印象の人なのに、一番大事なことに限って反対の様子だ。

 しかしエルは首を振った。


「アデリナ、母からいろいろ申し受けていることもあるだろう。しかしわたしも大人になった。それに……手伝ってくれる友達もいるさ」おれとライカの方を見やる。「な?」


「ああ」


「もっちろん!」


「わたしが釣りを始めたきっかけ、父の影響と言ったが、いっしょに遊んだのは幼いころの話だ。3年前、両親がいなくなってから再開した。釣りをしていると、父の気持ちに触れているような気がして」


 エルは赤い布と、釣り竿を手に取った。


「魚を釣るたび、父がなにを考え、どんな風に喜びを感じ、世界を見ていたのか――わかってくる気がするんだ。だから、アデリナ。わたしは父様と母様を探しに行くんじゃない。ふたりがどんなことを思って、なにをしに行ったのか、それを知りたいだけなんだ。きっとそれで、本当にわたしは、前に進める。……頼む」


「……わかりました」


 ついにアデリナさんは折れた。


「エル様の決意に免じ、わたくしもお館様からの言いつけを、はじめて破りましょう。その前にひとつ、お伝えしなければなりません」


「それは……なんだ」


「お館様たちは、もう生きてはいません――確実に」


 アデリナさんの口調は、どこか冷たいものだった。


「なんで断言できるんです?」


 だれもなにも言わなかったから、仕方なくおれが話を進めた。


「お館様……エル様の母上が出立される夜、わたくしにふたつ、言い置きました。ひとつはこの件にエル様を関わらせないこと。もうひとつは……自分は生きて戻れないから、あとを頼むと」


「っ!」エルが息を呑んだ。


「なにか、あったのです。先代のおふたりが、命を以って当たらなければならない、なにごとかが。……エル様、それを知ってどうするのです。世界はこのとおり平穏です。勇者たちは相変わらず弱いし、釣りにだって行けます。それで……いいのではないですか」


「…………」


 エルの母親は、関わるなと言った。

 それは、そう……おれの世界の言葉で例えるなら、パンドラの箱を開けるようなものなのかもしれない。箱を開けたら最後、すべての邪悪が解き放たれてしまうような。

 平和な日常が、暗闇に逆転するような……。


「それは、まやかしだ」


 迷いはあっただろう。しかしエルは断言した。


「わたしは知らなければならない。いまの生活は黒々とした穴に蓋をして、そのうえであぐらをかいているようなものだ。その穴がなんの穴なのか――竜の巣か、毒の坩堝か、それともただの井戸なのか。それを知らないと。もう、見て見ぬふりは嫌なんだ」


「……お強くなられました」


 ふっと笑ったアデリナさんの表情は、さきほどの冷徹なものと変わっていた。


 そうとも。エルは強い。

 そしてこんなにも、やさしいんだ。

 傍若無人なようで、人の心を思いやる。

 海を愛し、川を愛し、自然を愛している。

 そんな女の子だから、なにがあっても大丈夫。

 きっと、そうだ。


 もし忘れそうになったら、思い出させてあげよう。

 それがおれたちの役目……。

 そのために、友達はいるのだから。


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