11 魔王と勇者の釣り勝負②
やがて潮位は満潮を迎え、潮の流れがストップした。
こうなると魚の方も休憩で、ぱったり釣れなくなる。潮が反転して下がりだすまでブレイクタイムだ。
おれはいまのうちに、気になっていることを聞いてみることにした。
「なあ、なんで勝負にこだわってるんだ? 儀式なんだろ」
「それを聞く? いま」
くすっと笑ったライカの横顔が寂しそうに見えて、おれはあわてた。
「いや言いたくないなら――」
「あたし落ちこぼれなんだ」遮るように答えた。「なにをやっても駄目だった。体力があるだけの、運動バカでさ」
「……剣の腕はたしかだろ」
「でも、見ててどうだったかな。あたしたちの勝負。エルって、剣術の修行なんかしたことないはずなんだよ」
「マジか……」
おれの目には互角に戦って、わずかの差でライカが勝ったように見えた。あれでエルが素人だって?
「エルに逆立ちしたって勝てっこないの、わかってるよ。だけどね、悔しいのは……負けようとしてくれているのに、それでも勝てないことなんだ」
「? おれには全力で殺しにかかってるように見えたけど……」あの爆炎はこっちの世界なら消防車がすっとんでくるレベルだ。
「最後はいつも剣の勝負に持ち込んでくる。あたしの得意分野……って言うか、それしかできない勝負にね。本当に相手をしたくないなら、全部魔法で片づけたらいいのに」
「……そういやそうか」
「迷ってるんだと思う。お父さんとお母さんのこと、吹っ切るかどうか。あたしがその迷いを断ち切ってあげないといけないのに、力が足りなくてできないんだ……!」
ひゅっと竿先が風切り音を上げる。
内心の悔しさが空を切ったように。
エルが葛藤しているのはたしかだ。
どんな事情かはわからないけど、前に進みたいのに進めない。そんな泥沼の状態であがいているように、あの時のエルの表情は見えた。
ライカは自分のためだけじゃない、そんなエルの力になりたくて、戦い続けていたのだ。
「この勝負、エルからのメッセージだと思う。対等な立場に立って、正々堂々打ち負かしてくれって。だから負けられない。かならず勝つんだ」
負けられない勝負……か。
でもな。
2人とも不器用だから、きっと気が付かないんだろうな。
そんなことしなくたって、いつか前に進める方法があること。
釣りの勝負とは関係ないから、おれはアドバイスすることにした。
「なってやれよ、友達に」
「え?」
「勇者と魔王じゃ、ぶつかり合うしかないだろうけどさ。そんな肩書は外して……ライカとエルなら、友達として助け合えるんじゃないか?」
「…………」
「なれるはずだ。おれはなったよ。エルと友達に。異世界の、それも初めて会った相手だけど、なれたんだ。だってさ――」ちょっとわざとらしく、手を広げる。
「おれたちは、釣りが好きだ。海や川や湖に魚がいて、釣りって言う共通言語があったら、あとはほんのちょっと進むだけだった。世界すら関係なかったんだ。何度も戦ってきた2人なら簡単だろ?」
「……トモダチ、か」
ライカの顔つきはすこし緩んだように見える。
「そうだね。そんな発想をしないといけなかったのかも」
声色は穏やかだ。だけど――。
「だけど、この勝負には勝つ! ぜったい負けるもんか。あたしは不器用なんだ。勝って、それで堂々と、友達になろうって言ってやる!」
気合を込めて、戻ってきたルアーを再度投入した。
「ははっ。その方が、らしいかもな。じゃあ目指すはメーターオーバーだ!」
「めーたーおーばー?」
「超でかいやつを釣るってこと。がんばれ!」
「おーう! キミって不思議な人だね」
不思議? そんなことは初めて言われた。
憑き物が落ちたようなライカに向けて、
「どうだろ、みんなおれのことは普通としか言わないぜ」
「ふふっ、へんなの。……あっ!?」
「どうした?」
「いま、当たりがあったかも。カツって」
「いいぞ、よし、続けろ!」
タモを構える。いつの間にか引き潮に変わっていて、潮が動き始めていた。
満潮から潮が反転する、わずかの時間――河と海の水が混じり合うここは、特級のポイントに変貌する。
あとは魚が食ってくるか。
もし食ってきたとして、うまく針にかかるか。
竿がシーバス専用ロッドなら、カス当たりでも先端のしなりなんかで口の中にルアーを送り込んでくれたりする。
しかしライカが使っているのは異世界の、なんだか硬そうな竿。
腕と――運が必要だ。
「釣ったぞー!」
しかし先に響いたのは、エルの声だった。
振り向いたら、マイケルが漁師みたいに魚を掲げて、となりでエルがはしゃいでいた。
河にシーバスが入っているのだ。
「大きい?」
ライカは後方を確認もせず、集中して投げ続けていた。
おれは目測で大きさを読み取る。マイケルの身長がでかいから魚が小さく見えるけど、それを差し引いてもさっきと同じくらいのシーバスだった。
河に入っているが、それは小型の群れが入っているだけのようだ。
「いや、そこまででもない」
「っ!!」
こうやってしゃべっている間にも当たりはあるのか、ライカは竿を立てて合わせを入れるが、針がかりはしないようだった。
やはり道具が悪いのか?
おれはじりじりした。