新しい季節(その6)
「もしかして・・・何かあった?」
伯父さんはさっきまでの豪快さが嘘だったかのように心配げな顔で僕たちに訊いた。何か、2人の雰囲気に出発前とは違うものを感じたのだろうか。
「いえ、何も・・・」
僕が答えると伯父さんは今度はさつきちゃんの顔をオロオロした目で見つめる。
さつきちゃんは一旦、僕の顔をちらっと見て、ふっ、と軽く笑ってから、
「うん、なんにも」
と伯父さんに答える。
僕たちがコースを下ってきて伯父さんにお昼をごちそうになっている時、他のお客さんのテーブルをそっちのけで、何度も僕たちの様子を見に来る。
事実、僕たちの間に何か特別なことも無ければ、今までと違うこと何も無かったのだから。
単に僕たちはさっき、
‘結婚する縁かもしれないね’
と言い合っただけなのだ。結婚しようとも結婚してとも言った訳ではない。
今までと同じ、‘惚れた腫れたではなく、彼氏彼女でもないけれど、特別な間柄’という他人から見たらなんだかよく分からない関係のままであることに変わりはない。
ただ、とてもさっぱりした。事実、僕もさつきちゃんも、仮に違う相手だったとしても、まだ結婚するかどうか分からない異性とは本当に手さえつながないだろうと思う。
だから、さっきのことがあっても、浮かれることも何もない。それどころか、‘恋愛ではどうにもならない’ことが‘結婚’だとしたら、今自分達が学校や家で向かい合う‘なすべきこと’をおろそかにしていると、そこにはたどり着けないだろうことがはっきりと分かり、浮かれずしっかりやろう、と妙にストイックになってしまう。
「かおるくん、今日は晩御飯も一緒で大丈夫なんだよね?わたしも今日は晩御飯の用意はしなくていいから外で食べておいで、ってお母さんが言ってくれたから」
さつきちゃんが念押ししてくる。
「うん、大丈夫。ところで、どこか行きたい店とかあるの?」
僕がさつきちゃんに訊いたところで、また伯父さんがすすっ、と横に来ている。
「ん?夜は‘Tダイナー’に行くんじゃなかったのか?」
さつきちゃんが、あー、というような顔をして伯父さんを軽く睨んだ。
「あ・・・言っちゃ駄目だったのか?」
さつきちゃんが、しようがないな、という顔で解説してくれる。
「かおるくん、ごめんね。晩のお店も‘お目付け役’がいるんだけど・・・」
こらっ、と伯父さんが割り込む。
「せっかくうちの子が誕生祝にごちそうしてやるって言ってるのにそんな言い方するなよ」
ごめんなさい、と軽く伯父さんをあしらってから、さつきちゃんは僕に解説の続きをしてくれた。
「わたしのいとこが洋食屋さんに勤めててシェフの修行中で。駅北のクラシカルホールのすぐ近くのお店。お母さんが伯父さんを通じて早々と根回ししてしまって・・・
かおるくんの好みとか無視してごめんね」
「ううん、Tダイナーはフリーペーパーでも紹介されてたの見たことあるよ。行ってみたかった」
事実、Tダイナーは鷹井市では結構評判の店だ。何度か前を通ったこともあるが、今時洋食屋さんの個店でこんなに繁盛するものなのだろうかというくらいお客さんでいっぱいのようだった。
僕らは伯父さんへのお礼に、クラブハウスの皿洗いやら掃除やらをして午後の時間を過ごし、Tダイナーの予約時間に間に合う頃合いの電車で鷹井市への帰路についた。