新しい季節(その3)
着替えてストレッチを始める。さつきちゃんが今までに見たことの無いくらい入念にストレッチをしている。僕はちょっと面喰った。
「かおるくん、きっちりアップしておいてね。それから、財布は要らないけど小銭を少し持って行ってね」
コースの途中に自販機でもあるのだろうか?
僕たちが準備を終える頃までに何人もクラブハウスにやって来たが、皆ジョギングをするといった軽い雰囲気ではない。服装もそうだけれども、腕や足の筋肉の付き方が、長距離走を専門とするアスリートのそれだ。この間見せて貰ったパンフレットの長閑さに対し違和感を覚える。
そして、コースの入り口に立った時、僕は自分の甘さと同時にさつきちゃんのストイックさを知ることとなる。
「・・・これは、上級コース?」
それはどうみてもジョギングコースではない。いわゆるトレイルランニングと呼ばれる競技のコースにしか見えない。人が走れる幅は確保されてはいるが、‘道なき道を行く’といった雰囲気の険しさだ。しかも、コースの入り口からして勾配がかなりきつい。
「これはね、番外編というかエクストラコースだよ。ガイドブックにも載らない裏メニューというか。ちょっときついけど、とてもきれいな自然を体感して走る、っていうコース。さっきクラブハウスに来てた人たちはここじゃなくて上級コースを走るみたいだったね」
さつきちゃん話が違うよ、と言いたくなったが僕は心を静め、冷静に質問を続けた。
「さつきちゃんは、中学生の時にここを走ってたの?」
「うん。ソフトボール部の自主トレとか、あと、落ち込むことがあった時とか・・・正確に言うと小学校の時からだよ。伯父さんに先導してもらって。小学校の時は歩くことから始めて徐々に走れるようになったけど・・・」
これでよく分かった。さつきちゃんがあんなにきれいなフォームで走れるのはここを繰り返し走り込んだからなのだ。平坦な道よりも、階段や上り坂を走る方がきれいなフォームが身に着くというのは本当らしい。
「かおるくん、行こう?」