新しい季節(その2)
トロッコ電車沿線の中間地点、‘欅が原’はその名の通り、欅林が清涼感溢れる雰囲気を作り出している美しい駅だった。クラブハウスはその駅を出た目の前にあった。
クラブハウスの入り口に男性が立って手を振っている。その男性が僕たちに声を掛けて来た。
「よく来たね。待ってたよ」
ん?予約でも入れたのだろうか?僕らが来ることを事前に知っている?
「こんにちは、今日はよろしくお願いします」
さつきちゃんもやけに親しげに答えている。
男性は僕たちのお父さんくらいの年齢に見える。またこちらに声をかけてきた。
「さつき、元気だったか?ばあちゃんの葬式以来だな」
え?さつきちゃんの親戚?どういうことだろう。
「伯父さん、こちらは同じクラスの小田かおるくん。いつも一緒に走ってくれてるんだよ」
僕は、思わずどう反応していいか分からなかったけれども、とりあえず、こんにちは、よろしくお願いします、と挨拶した。
「小田くんか。よろしくお願いします。陸上部なんだってね?」
事情があまり呑み込めない状態だが、会話は続く。
「はい、走り幅跳びやってます。今日は楽しみにしてきました」
さつきちゃんが、ふふっ、と笑ってようやく解説をしてくれた。
「伯父さんはわたしのお母さんのお兄さんでここのクラブハウスの管理人なんだよ。わたし、中学校の頃から自主トレでよくここに来て、コースを走らせて貰ってて。ちょっと、かおるくんを驚かせてみたくて」
さつきちゃんも人が悪い。でも、伯父さんの方がもっと人が悪かった。
「小田くんはさつきの彼氏なのかな?」
さつきちゃんはこの程度では特に動じることもなく、欅の木々を眩しそうに見ている。
「いえ、あの、そんなんじゃありません・・・・」
僕の歯切れの悪い答えに伯父さんは、え?そうなの?と残念そうな顔をする。
「小田くんよ。自分の姪の自慢になって申し訳ないが、さつきはいいよ。料理も上手いししっかりしてる。それに、結構可愛いだろ?小田くんもそう思わないかい?」
正直、ちょっと困った伯父さんだな、と思う。ここまで伯父さんが言うと、さすがにさつきちゃんも困ったようで、伯父さん、ちょっとちょっと、という感じのことを言った。
でも、なぜか僕はなんだかとてもストレートに会話をしてみたい気分になった。
「あの・・・さつきさんは、料理も上手だし、性格もとても清々しいし、素晴らしい女性だな、と思います。普段から見ててそう、思います」
伯父さんは、おっ?という感じで僕をじっと見る。さつきちゃんは、えっ?という感じでびっくりしてしまって反応が止まってしまっている。僕は一旦口に出したことなので最後まで言い切ろうと腹を決めた。
「だから、彼とか彼女とかそんなんじゃなくて、さつきさんを人間として尊敬してます。同じ高校で良かったな、って思ってます」
伯父さんは、ふーん、と唸って僕の答えに感心しているようだ。でも叔父さんはそこで終わらずに更に意地悪を仕掛けてくる。
「小田くん、なかなか男らしいな。感心したよ。
ところで、さつきが‘可愛い’ってところには何のコメントも無しかい?」
うっ、と僕は一瞬躊躇したが、えーい、はっきりついでに言ってしまえ、と勢いに任せた。
「とても可愛い、と思います」
さつきちゃんはびっくりしたまま顔から首の辺りまで真っ赤にしている。
そこへ伯父さんが追い打ちをかける。
「さつき、小田くんはこんな風に言ってくれてるぞ。何か言ってあげたらどうかな?」
さつきちゃんは珍しくもじもじした女の子らしい表情と仕草をしている。ようやく喋れるようになったのか、俯き加減で小声で言った。
「かおるくん、ありがとう・・・」
それから、顔を少し上げて、赤らめた表情でそっと僕を見てほほ笑んだ。
伯父さんは僕たちの青春ぽい佇まいを見て、豪快に笑った。
「小田くん、君はいい男だな。安心したよ。白状すると妹から電話があってね。大丈夫だとは思うけれど若い2人だから、間違いが無いように気を付けてやってくれ、って頼まれてね。さつきの色香に迷ったふにゃふにゃした男だったらどうしようかと思ってたんだよ。でも、2人の初心な様子を見てると俺たち大人の方がよっぽど厭らしい心持だよな。許してくれよ、小田くんよ」