どうなっても、構わない(その3)
到着して間髪入れずに救急隊員が最短・最速の対応で処置を始める。隊員の1人から求められて僕は状況説明をする。さつきちゃんが、抱えるようにしてお母さんの背中をさすり、妹の頭を撫でながら、救急車の方へ2人を連れて行く。お兄ちゃんを乗せたストレッチャーがまず救急車に運び込まれる。さつきちゃんは‘お願いします’とお母さんと妹を救急隊員に渡し、母娘2人も救急車に乗り込む。救急車が再びサイレンを鳴らし、どけ!と言わんばかりに野次馬を振り切って病院に向かう。
「もう1台、こちらに向かわせます。すみませんが、ここで待っていてください」
血を流した彼を見て救急隊員の人が慌てて彼のために対応してくれた。
3人組の残りの2人も、死にもの狂いでAEDを探してくれたのだろう。救急車の音を聞き、大汗をかいて戻って来ていた。
お兄ちゃんを助けようと奮闘してくれたメンバー全員、放心状態になっている。さつきちゃんがそこにいるみんなに深々と頭を下げる。
「あの・・・さっきはみなさんに失礼な言い方をして本当にすみませんでした」
‘体育会・戦闘モード’から、普段のモードのさつきちゃんに戻っている。おとなしく、小柄でかわいらしい感じのさつきちゃんの姿を見て、皆ギャップに軽く驚いているようだ。
オールバックの男の人がさつきちゃんをフォローする。
「いや・・・凄くかっこよかったよ。凛々しい、っていうか」
さつきちゃんは恥ずかしそうに、すみません、ともう一度言い、今度は血を流した彼の前に進む。
「今更かもしれないですけど、腕を見せてください」
さつきちゃんはそう言って彼を芝生の上に座らせ、自分のカバンからハンカチを出して、出血している箇所の少し上をきゅっ、と縛って止血を試みる。
「これ、予備のハンカチで使ってないので汚くないですから」
血を流した彼は、女の子に手当して貰っていることそのものにドキドキしているようだ。できるだけさつきちゃんに触れないようにと身じろぎもせずにいる様子が、彼の人柄を窺わせる。オールバックの男の人が、どうして怪我したの?と彼に訊く。
「いや・・・管理棟はすぐ見つかってAEDがあるっていうステッカーも貼ってあったんですけど、入り口がよく分からなくて・・・どうすればいいのかパニックになっちゃって、咄嗟にその辺にあった庭石を抱えて窓ガラスを割って中に入ったんです。多分、その時に切ったと思うんですけど、よく覚えてません。壊しちゃったし、不法侵入だし・・・・叱られますよね・・・」
「凄いな、君は」
オールバックの男の人は彼を称賛する。
「叱られたりしないよ。それどころか、自分の怪我すら顧みない勇敢な行動だよ。君は本当に勇気があるんだな」
僕もそう思う。無我夢中の行動だったのだろうけれども、その瞬間の彼にとって、自分が怪我するかもしれないことなど‘どうでもいい’ことだったのだ。ましてや窓を割って勝手に建物に入ることや、上手くいかないかもしれないことなど、もっと‘どうでもいい’ことだったのに違いない。彼もその瞬間には‘どうなっても、構わない’モードだったのかもしれない。彼にとってその時の最重要なことは、自分の勇気を全てその瞬間にぶち込むことだったのだ。
「ところで、君は、彼女の彼氏なのかな?」
オールバックの男の人に突然訊かれて、僕は一瞬固まる。なんと答えたものやら。結局、次のように言った。
「いえ・・・彼氏じゃないです」
オールバックの男の人は、え、そうなんだ・・・と、申し訳なさそうな顔をする。そして、まだ僕に話し続ける。
「あの男の子の命が懸かっているプレッシャーがあるはずなのに、君の一挙手一投足には迷いやためらいというものが一切無かった。まだ高校生だよね?本当に感心したよ。自分も商売柄、人の命の遣り取りに関わる場面がよくあるけど、参考にさせてもらうよ。
そうか・・・君なら彼女とお似合い、っていうか、彼女に相応しい彼氏だと思ったんだけど・・・」
商売柄命の遣り取りに関わる?一体何の仕事をしてるんですか?と興味は湧くけれども、怖くて訊けない。
外見に反して結構おしゃべりなオールバックの人はさつきちゃんにもまた話しかける。
「彼氏のこと、考えてみたらどうかな?逃がさないように捕まえておいた方がいいよ、本当に真剣な話」
さつきちゃんはただただ恥ずかしそうに、言われたままを反復し、‘はい、考えてみます。そうですね、捕まえておいた方がいいですね’と、落ち着いた状態で聞いたら結構すごいことを‘天然’に返事している。
けれども、実は僕はこのオールバックの人の言葉にかなり喜んでいる。
お前は‘彼女に相応しい’なんて、誰かから初めて言われてとても嬉しい。もちろん、太一が以前言ったように、‘バランスが取れてないよ、ほんの少しだけどね’というのはやはりその通りだと思う。僕とさつきちゃんはどう考えても釣り合っていない。
それでも、自分の17年間の全人生やひょっとしたら前世までの力の全勢力を神様に引き出して貰ってやっとかっとで叶ったあの瞬間だけだったとしても、僕が尊敬するさつきちゃんに‘相応しい’なんて言われて、本望だ。




