どうなっても、構わない(その1)
今年の冬は去年のような大雪にもならず、概ね穏やかな冬だったと思う。残念なことは、除雪ボランティアの出動回数減少により、魚屋の旦那さんと会う回数が減ったこと。
良かったのは雪が少ないので、自主トレ系マラソン部の活動も思った以上に何回もできたこと。
その他に別の楽しみもこの冬はあった。それは、お父さんと一緒に小林先生の病院に行くこと。小林先生とお父さんの遣り取りは‘治療’というよりは、語らいであり、縁ある2人の人生勉強とも言えるものだった。小林先生は自分自身も勉強しているのだという姿勢を貫いている。‘名医’というのは、‘名人間’であることがまず絶対条件なのだと感じる。いや、‘自分はまだまだ。もっとお教えいただきたい’と向かう姿勢そのものが絶対条件のような気がする。僕は、小林先生とお父さんとの間柄からどれだけのことを気付かせていただいたか分からない。
3学期はいよいよ受験モードが本格化してきて、模試やら補習やらがてんこ盛りだった。
幅跳びにも力を注いだけれども、どこまで十分にやれたか分からない。
本当は、本もたくさん読みたいのだけれども、学校の課題をこなすだけでも相当な時間とエネルギーがかかる。ぶっ倒れる・・・程までは勉強も家の手伝いもした訳じゃないけれども、若さだけで押し切れることばかりではないな、というのを切実に感じる。現に、春休みに入った今、あと一週間ちょっとで僕は誕生日を迎え、また一つ年を重ねるのだ。十代の僕にして避けることのできないこの事実。70歳、80歳の方々は一体どんな思いで毎日を生きているのだろう。
そう思いながらも学校の課題が目の前の現実として立ちはだかっていることを無視はできない。そんな訳で、今日も市の図書館に来て、課題と悪戦苦闘していた。
夕方、閉館時間を告げるクラシック音楽が流れて来、エレベーターで図書館建物のロビーに降りる。外はからっと晴れている。徐々に日が長くなってきているのが本当によく分かる。
自動ドアをくぐり、自転車置き場に向かおうとしたところで、かわいらしい後ろ姿を見つけた。
「さつきちゃん」
僕が声をかけると、さつきちゃんは振り返り、笑顔でこんにちは、と挨拶してくれた。
「さつきちゃんも図書館で勉強してたんだ」
僕たちは‘惚れた腫れた’を排除するために、図書館でお互いの姿を探さないことを暗黙の了解としていた。勉強しに来ているのだから、当たり前の話だけれども。だから、こんな風に図書館でばったり会うのは本当に久しぶりだ。
2人で各々の自転車を押しながら、なんとなくぶらぶらと図書館に隣接した県庁前公園の中を歩き始める。向こうに子供用の遊具を備えたスペースがある。公園内を突っ切ろうと歩いているサラリーマンや、ベンチにぼんやりとたたずんでいるお年寄りなんかがいる。
僕とさつきちゃんは暮れ惜しんでいる夕陽の中で楽しそうに笑っている親子連れに何となく視線を向ける。
幼稚園くらいの女の子が小学校中学年くらいのお兄ちゃんに甘えている。
「お兄ちゃん、手、つないで」
お兄ちゃんは、えー・やだよー、と言いながらも、きゅっ、と妹に手を握られて幸せそうな顔をしている。それを見て隣に並んで歩くお母さんも優しい笑顔を2人に向けている。
「お兄ちゃんか・・・羨ましいな」
さつきちゃんが柔らかな表情で兄妹を眺めている。
「耕太郎がいるじゃない?」
「でも、お兄ちゃんか、お姉ちゃんか、上の兄弟がいるのってやっぱり羨ましい。あんな風に甘えられるし。かおるくんもお兄ちゃんがいるから羨ましいよ」
僕はさつきちゃんの言葉とは反対に、少し暗い気持ちになる。兄ちゃんは春休みにも結局帰省しないと連絡してきた。
幼い兄妹に目を戻すと、ブランコを見つけた妹はそこへ向かって走り始めていた。お兄ちゃんが走ってその後を追う。お母さんはゆっくり2人に着いて行く。
「一番目は男の子、二番目は女の子っていうのもなんだかかわいくていいね。かおるくん、どう思う?」
さつきちゃんが時折見せる‘天然’の言動に、‘だから、誰と誰の子?’とどきどきしながら突っ込みたくなるけれども、怖いのでやめておくことにした。




