三者面談(その1)
体育祭も無事終わり、これから冬に向かう季節となっていく。11月の頭、冬への突入と合わせてそろそろ3年生となる日が近づいてくると、‘進路’というものが現実味を帯びて来る。
その中で避けて通れないのが、三者面談だ。
担任の先生と父兄、そして生徒という、中学校の時も一応何度かやったことがある恒例行事のようなものだ。自分の進路にどうして先生や父兄が関係あるのか、ということを言う生徒もいるけれども、僕としては先生や父兄と話し合うことは当然だという感覚だ。
どんなに頑張ったところで、僕自身が自分一人の身勝手で物事を決めたり進めたりすることはできない。それは‘親に養って貰っているから’という感覚とも違う。
親だって‘自分の子だから’と、一個の人間を好き勝手にすることなど許されない。本当に一個の人間の生死から進むべき道からを示すことができるのは神様しかおられないのだから。その神様のご意向の中で会うべくして巡り会った先生や両親や自分。それは久木田や岡崎との出会いすらおろそかにはできないのと同じように縁が作用し合うことを恐れてはいけないのだという感覚を近頃は持つ。そして、先生・父兄・自分の関わり合いの中で、神様がお示しくださる進路を、自分自身が知らずの内に感じることができれば。
市の大会で自己ベストが出せた時、自分が跳ぶべきジャンプをお示しいただいたように。




