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月影浴2 ノイズ~静寂  作者: @naka-motoo
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桜の花、舞い上がる(その2)

 コーヒーを啜りながら、皆で何やかやと雑談した。僕らは高校2年生となり、5人とも文系で同じクラスとなった。これは、社会と理科の選択科目がなぜか5人ともあまり一般的ではない組み合わせだったために、まとめて同じクラスに配置されたようだ。ということは、3年生になっても同じクラスになる、ということだ。僕としては嬉しい限りだ。

 耕太郎は小学校6年生になった。身長も去年より3cmほど既に伸びている。まだまだ行動や表情はかわいらしいままなのだけれども。

「かおるちゃん、同窓会の話、聞いた?」

 太一は、僕があまり触れたくない話題を振って来た。僕は‘うん’と曖昧に答える。

「え、何、何?」

と遠藤さんが身を乗り出し、残りの女子も興味を示している様子だ。

「いや、ゴールデンウィークに中3のクラス同窓会をやることになって・・・あんまり出たくないんだけど・・・」

 僕がやや声のトーンを落としてぼそぼそ喋ると更に遠藤さんが‘何で、何で?’と質問してくる。

「うーん、中学ではあまりいい思い出が無い、っていうか・・・」

 ‘ふーん’と遠藤さんはそれ以上詮索するのをやめてくれた。

「まあ、確かに。久木田や岡崎も来るかもしれないしね・・・」

 太一が補足する。

 ‘岡崎’という名前を久しぶりに聞いて、僕は後頭部が本当にズキズキするような気がした。久木田の単純な暴力性はともかく、‘末恐ろしい’という表現が本当に似合う人間を僕はこれまでの短い人生の中では岡崎以外に見たことはない。

「何、その久木田とか岡崎って子は不良だったの?」

 脇坂さんがちょっと顔をしかめながら心配そうに聞いて来る。

「いや、久木田はともかく、岡崎は不良と言えるのかな・・・岡崎は西條高校にトップで合格したしね」

「え、凄いじゃない!」

 遠藤さんが声を上げてびっくりするのは実は大げさではない。西條高校は東大合格者数が県内の高校では毎年トップの超進学校だ。岡崎は確かにそういう意味では‘不良’ではなかった。ただし、中学校内でのあらゆる暴力事件の背後に岡崎がいたのは紛れもない事実だ。

 久木田は皆から恐れられてはいたが、僕自身が本当に心底恐怖を抱いていたのは実は岡崎だ。岡崎はその優秀極まりない頭脳で、誰も思いもつかないようなリンチの方法や人間を精神的に追い込む新たな術を次から次へと編み出した。そして、岡崎自身は決して不祥事に関わることのない安全地帯に居ながらにして、久木田のような暴力を得意とする手駒を使い、学校生活の‘ささやかな楽しみ’としていた。

 岡崎が学校の凶事の張本人であると分かっていても誰も手出しできなかった。久木田は‘相手がどうなろうと知ったことか’と、自分の怒りだけに忠実に躊躇なく暴力を振るえる人間だったが、不思議なことに、岡崎が、「はあ?」と久木田に短い疑問形の一言を発するだけで、久木田は負け犬のようにしおらしくなって岡崎の意のままに動いた。岡崎の‘暗黙の命令’のままに学内のあらゆる生徒に嬉々として暴力を振るった。生徒どころか久木田に対する岡崎の暗黙の指示の中では教師すらターゲットとなっていた。もしかしたら久木田は人間の根源に関わるような弱みを岡崎に握られていたのかもしれない。

 サッカー部の副主将で生徒会長だった山根くんが、岡崎の悪事を止めようとしたことがあったが、返り討ちに遭い、完膚なきまでに叩きのめされた。執拗な精神的な追い込みにも遭い、西條高校を目指していた山根くんは3年の受験直前から不登校になった。入試も受けられず、去年1年間、中学浪人していたはずだ。

 ただ、唯一岡崎が触れることのできない例外が1人いた。

 それが、太一だった。

 ‘相手がどうなろうと知ったことか’という岡崎や久木田達に対し、太一は、‘自分がどうなっても、構わない’という正反対の堂々とした人間だ。

 岡崎は太一が毛ほども自分を畏れていないことを感じ取っていたのだろう。

 太一は一度、久木田が面白半分に野球部主将の高木くんにリンチを加えている場面に出くわし、「やめとけよ」と言ったことがある。太一は久木田にではなく、その後ろの方に座って無表情にリンチの様子を見ていた岡崎に言ったのだ。

 久木田が太一を威嚇すると太一は却って一歩前に出て、

「お前と岡崎を見てると気分が悪くなるんだよ」

と言った。教室全体の空気が一瞬にして凍り付き、久木田が我に返って太一に蹴りを入れようとした時、岡崎が面倒臭そうに、

「そいつは、放っといていいよ」

と席を立ってさっさと教室を出て行った。久木田は太一ではなく、太一の立っている隣の机を力任せに蹴り飛ばして教室を出て行った。

 可哀想に、やられていた高木くんは右手小指を骨折していたらしいが、自分で医者に行き、家族にも話さなかったようだ。野球部の監督の先生には「自分の不注意です」とだけ話し、大会直前の怪我にスタメンも外された。主将も自分で辞退した。野球の強豪校への推薦入学の話もあったのだけれど、立ち消えになった。彼はある意味、久木田と岡崎に人生すら変えられたのかもしれない。

 後で太一に訊いたのだけれど、

「いや、久木田が挑発に乗って、警察沙汰になるくらいに僕のことを派手にやってくれたらいいかな、と思って。岡崎は頭がいいから表沙汰にならない程度に計算してるけど、久木田は単純だから。岡崎は何の罪にも問われないだろうけど、久木田がいなくなるだけでもちょっとはましになるかと思って」

 太一は自分が警察沙汰になるくらいの大けがをしても構わないつもりだったのだ。

 けれども、岡崎は更にその太一の‘どうなっても、構わない’という思惑を察知して、久木田を退かせたのだ。恐ろしいくらいの計算能力だ。


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