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龍姫の叙事詩  作者: 桜庭楽
第二章 隻腕のミュゼット
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第ニ章♯14『革命の戦士達』

 ローレライの隣国――シラ。

 かつては誇り高い騎士の国として栄えた国だが、その栄光も失われてから久しい。特に数年前のローレライ侵攻に失敗してからは王政派と革命派の内部紛争が続き、国土は長い混乱から抜け出せないままでいると聞く。


 ウィルベル、セーナ、シャルロト姉妹の四人はそんなシラへと足を運んでいた。


「とりあえず国に入ったはいいけど、ここからどうするつもりなの? 首都は荒れ放題で余所者は入れてもらえないんでしょ?」


 遥か遠く、まるでカビのように霞む都を眺めるシャルの問いに、ウィルベルが答える。


「まずは革命派のリーダーに接触するわ。彼らの拠点の目星は付いてるから、そこに行くのが第一目標ね」


「革命派のリーダーに会うって……つまり革命に加担するってことですか?」


 シャルの横に並んで都を見つめていたロトがウィルベルへと顔を向ける。


「そう。革命への協力をする代わりに、革命成功後には北部戦線に列してもらう」


 シラの正規兵を取り込めれば大きな戦力となる。

 農民をそれなりに仕立てただけの徴兵と、幼少期から訓練を受けた騎士とでは個としての力は雲泥の差だ。帝国勢力に数で敵わない以上、練度で対抗するしかない。


「ローレライで出来る限り調べた感じだと、クーデターまであと一歩ってところみたい。お姉ちゃんの名前を利用すれば、形勢は一気に傾くと思う」


「ともかくリーダーに会いに行きましょう。その人物が信用できなかったら、この計画もご破算になるわけだしね」


 革命派の拠点と思われる場所は首都から離れた廃教会、その地下に広がるカタコンベだ。アリの巣のように広がるそれを根城として、革命派は粘り強く王政派の軍に対して抵抗を続けている。


「そうだ、シャル、ロト。あなた達が帝国出身っていうことは内緒ね。余計な争いは避けたいから」


「それぐらい分かってるわよ」


「ねえ、お姉ちゃん。革命派に接触するのはいいけど、どうやってリーダーに会うの? 彼ら相当ピリピリしてると思うんだけど……」


「そんなの」


 大方察しているのか不安そうなセーナを尻目に、ウィルベルは腰に手を当てて振り返った。そして、その先に立つボロボロの教会を指差した。


「――正面突破に決まってるでしょ」




 ◆◆◆




「アルチュール! 敵襲だ! 王政派の奴らじゃなさそうだが手に負えない、すぐ逃げるぞ!」


 まだ年若い騎士がカタコンベの中をドカドカとひどい足音を立てながら走ってきた。そして彼は奥まった司令室に到着するやいなやそう叫んだのだった。

 アルチュールと呼ばれた男、こんな地下の洞窟に相応しくない瀟洒な礼服に身を包んだ男はおもむろに振り向いた。


「落ち着け、マティス。王政派の奴らじゃないなら戦う必要はないだろう。問答無用で殺しに来たのでなければここに案内しろ」


「は……正気か!? 奴らの刺客かもしれないだろ!」


「刺客ならもう少し静かに入ってくるだろうさ。私に逃げる余地を与える意味がない」


「そ、それは……いやしかし」


 マティスは茶色のボサボサ頭を掻いて葛藤していた。アルチュールは通路を眺め、司令官のみに許された椅子に腰かける。


「……もうお着きのようだ。お前はお茶の用意をしてきなさい」


 その視線の先には剣を鞘に納めながらゆったりと歩いてくる女の姿。その背後にはもう三人、年端の行かない少女が連なっている。

 随分可愛らしい刺客達なことだ。

 先頭の女はにっこりと笑って、


「……手荒な真似をして申し訳ない。出来るだけ早く貴方にお会いする必要があったものですから」


「こちらこそ、まともなもてなしも出来ない場所ではありますが、どうぞお掛けください。ミストルート女史とお連れの方も」


 勧められた通り腰を下ろした。後ろの三人もそれに続く。


「私のことをご存知ですか。どこかでお会いしましたか?」


「ええ、私も邪龍討伐の記念式典の場にいたのです。そこで遠巻きからですが貴女の姿を」


 当時はシラの上級将校としてあの場に列席していた。あの時見たよりも随分と雰囲気が洗練されたように感じる。隣にいたもう一人の英雄の姿はないようだが。


「なるほど……では私がここに来た理由も察しが付いて?」


「我らが革命派に与していただけるということでしょう。その代わりに共同戦線に加われといったところでしょうか」


「ご明察です。悪い話ではないかと思うのですけど、どうでしょう?」


 アルチュールは指を組んで肘を突く。ウィルベルの提案は予想だにしていなかったものだ。しばし黙考し、


「……断る理由がありませんね。帝国の侵略は我々にとっても他人事ではありませんし、貴女がいれば戦局は一気に傾き、革命の成就は確実なものになる」


「では交渉成立ということで?」


 アルチュールは頷いた。龍狩りの英雄の力を借りれるとあらば革命も随分楽になる。本来、革命は思想を共有する同志のみで達成するべしものだが、今は時間も限られているし、目の前のチャンスを見逃すほど崇高な理念があるわけでもない。


「では早速、クーデターの算段についてお聞きしても?」


「ええ、もちろん。しかしその言葉遣いはもう結構ですよ、私は王でも貴族でもなく、反乱軍の指導者に過ぎませんから」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


「我々の革命の目的は国王の抹殺ではありません。目指すところは民主主義政治の確立であり、国王の生死は些事です。しかし現在すべての実権を握っているのは国王エンゾ三世。彼の支配権を停止させるのが第一です」


 アルチュールは地図を指差す。ウィルベル達は机上のそれを覗き込んだ。


「ここに……プロフメーレと呼ばれる監獄があります。そこには我らの同胞や、政治思想を咎められた市民達が多く捕らえられています。ここを解放し、革命の機運を高め一気に実権を奪います。つまり、王城と監獄の二点へ同時に攻撃をしかける予定です」


 そこで区切り、


「貴女方にはプロフメーレ監獄に向かって頂きたい」


「ほう」


 彼女達に告げると、ウィルベルはアルチュールの真意を問うように顔を上げた。


「実のところ、市民の中にはウィルベル女史……ひいてはヴァイスランドをよく思わない者もいます。シラの没落はヴァイスのせいだとね」


「まあ、そうでしょうね」


「ウィルベル女史はシラにとって革命の発端となった英雄であり、同時に没落の引き金となったという二面性があります。これを解決するため、より市民に近く、市民の認識が改まるであろう監獄解放に参加して頂きたいのです」


「私は嫌われたままでいいのだけど……」


 シラの市民に広がる内情を語られたウィルベルは眉を寄せて微妙な表情を浮かべた。


「それは我々が困ります。革命の成否を左右するのは我々でも国王でもなく民衆です。民衆の心を掴むには分かりやすい御旗が必要なのですよ。そして、それには貴女が適任だ」


「まあ、好きに利用して構わないわ。とにかく私達は牢獄の解放に向かえばいいのね。でも王城の方は大丈夫なの?」


「そちらには私が率いる本隊で向かいます。貴女方の戦力を考えて、牢獄に回す予定だった人員もこちらに連れて行けますし、数としては余裕がありますよ」


 ウィルベル達を疑っているわけではないが、国王の捕縛に関しては自らの手で成し遂げなければ安心できない。あくまでもこの革命を主導しているのは自分なのだから。


「分かった。決行の日取りは?」


「常に準備はできています。そちらがよければ数日のうちにでも」


「……では、そうしましょう」


 ウィルベルがそう言ったのを見て、アルチュールは手を叩いた。これで決まりだ。我々の運命と、この国の運命が。




「スムーズに話が進んでよかったね。やっぱりお姉ちゃんの名声ってすごい」


 四人にあてがわれた部屋で、セーナはベッドに腰掛けて言った。内装は地下の軍営地にしては中々上品な作りになっている。貴族文化の盛んなシラならではだろうか。


「声だけはね、独り歩きしてるものも多いけど……シャル、ロト、貴女達も力を貸してくれる?」


「もちろんよ!」


「なんだかドキドキしてきました……」


「今日は作戦の確認をして早めに休みましょう。おおよそのことはアルチュールが指示してくれたんだけどね」


 机の上に丸めていた地図を広げる。大きくバツ印のされているところがウィルベル達の攻略目標、プロフメーレ監獄だ。シラ最大、それどころかおそらく北部諸国でも最大規模の大監獄だ。出ることはもちろん入ることも難しい。

 そんな難攻不落の監獄を手始めとして、シラの動乱が始まろうとしているのだった。

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