第二章♯13『Tu fui, ego eris』
腹部の傷から溢れる暖かい血液を左手で抑え、ウィルベルは剣の柄を握り直す。傷は浅くはないが致命的でもない。早期決着をつければ動きに支障はでないはず。
――まずは分析からだ。
ウィルベルは油断なく剣を構えながらシャルロト姉妹を見据えた。
あの姉妹の能力、第一にお互いへの攻撃の無効化であると考えていいだろう。ロトがシャルに当たるスレスレの魔弾を放っていたのも、もしそれが当たったとしてもダメージにはならないからだとすれば合点がいく。
第二に、お互いの位置……おそらく地面にできた影への瞬間移動。これがある以上、距離を離すという意味での分断は不可能だ。
ウィルベルは浅い息を吐いた。状況の洞察を経て、ひとつの結論に達した。
(ただの子供騙し……)
攻撃の無効化と瞬間移動、それを弁えた上で動けばいいだけのことだ。あの能力の真価は不意打ちに尽きる。一撃でウィルベルを仕留められなかった以上、シャルとロトの方も有利を大きく失った。
ならば、地力で勝るウィルベルに軍配が上がる。この傷を加味してもだ。問題は第三以降の効果がある場合だが……それについては考えて結論が出せるものでもない。
一つ目の異能、お互いへの攻撃に関してはこちらから鑑賞するのは難しいが、二つ目、影への移動に関しては考えがある。そしていざとなれば、力技で趨勢を覆す手も用意している。
「巴術四號……『光濫』」
短い詠唱の後、虫の鳴くような音を立てて、ウィルベルたちの周りに多くの光の玉が浮かび始めた。それらはフワフワと旋回しながら浮遊し、噴水広場を真昼以上に明るく照らし出した。
魔術に疎いシャルはその一見異様な光景に警戒感をあらわにするが、ロトの方は落ち着いてウィルベルの考えを探ろうとしていた。
「な、なに!?」
「シャル、落ち着いて……これはただの発光魔術のはず…………ツ!」
瞬間、ウィルベルの意図を悟ったロトが息を呑んだのと同時にウィルベルは駆けだしていた。即座に反応したシャルが、ロトを庇うように立ち塞がる。
牽制で突き出された穂先を掴み取り、射程の内側へと潜り込む。体を屈めて地面に手をつき、腰を捻ってシャルの胴を蹴り飛ばした。
「ぐっ……ロト!」
弾かれたシャルがロトへ手を伸ばした。しかし、その手は届かない。シャルの影に転移すれば緊急回避ができるはずにも関わらずロトは動かない。勢いそのままにウィルベルは立ち尽くすロトの胸に掌底を打ち込んだ。
――ドスッ
魔力を混ぜた一撃は体内の魔力回路を掻き乱し、平衡感覚を揺さぶる。魔力回路を高度に構築する魔術師ほど、その影響は大きいものとなる。
ウィルベルは力なく倒れ込むロトを片腕で支えた。体勢を整えたシャルが犬歯を剥き出しにして唸る。
「お前! ロトを離せ!」
「動かないで。この子は人質、降参するならこれ以上危害は加えないから」
駆け出そうとしたシャルに向けて、盾にするように気を失ったロトを見せた。
「く……」
シャルは苦い表情で唇を噛んだ。その表情からはロトの行動に疑問を抱いていることが感じられた。つまり、なぜロトが転移の異能でウィルベルの攻撃を回避しなかったのかということである。
「……あなた達の身柄は私が保証する。悪いようにはしないわ」
原理は単純だ。彼女達が影を媒体に転移をするのであれば、影をなくせば転移はできない。そんな状況を実現するための、この無数の光球である。太陽や月のようなひとつの大きな光源ではなく、星のように散りばめた光源だからこそ為せる状況であった。
ロトはすぐに気がついたようだったが、その対策を打つ時間は与えなかった。不意打ちには不意打ちだ。
「……わかった。降参する」
そう言ってシャルは槍を捨てた。ガラン、と石畳に転がった槍が音を立てた。
こうして騎士二人との戦いは、影の無い真夜中に決着をみせたのだった。
◆◆◆
王宮に戻ると、近衛兵隊長とセーナが捕虜の処遇について話し合っているところだった。捕まっていたのは獣人で構成された部隊で、人数は数十人程度だった。
彼らは黄金が起動するやいなや、降伏を申し出てきたらしい。
奇襲で一気呵成に、黄金を使われる前に制圧するという作戦だったのだろう。だがそれが失敗した以上、勝ち目がないと判断しての降伏だ。
捕虜の処遇についてはとりあえず保留。牢屋に入れて必要な尋問をする程度にとどめておくことになった。といっても彼らは末端の尖兵、重要度の高い情報を持っているとも思えないし、事実上ただ捕縛しているだけである。
しかし騎士の二人は例外だ。お互いの影を行き来するという特性上、鎖に繋いでおいても意味がない。ウィルベルの魔術で囲い続けるというのも現実的ではないし、近衛兵達の手には余る存在だ。結局、ウィルベルが直接見張るということになった。
そんな経緯を経て、二日後、ウィルベルの部屋にはシャルとロトが居座っている。
シャルは横柄な態度でお菓子をひとつまみし――、
「ねえ、ウィルベル。あんた彼氏のひとりやふたりいないの?」
「……だめだよ、シャル。そういうことは聞いちゃいけないんだよ」
この調子である。まるで敵対していたことを忘れているのかのようなあっけらかんとした態度だ。反抗的な態度は見せないが、しかし随分と馴れ馴れしい。捕虜の身であるということを完全に忘れている。
「貴女たち……ちょっと静かにしておいてくれない?」
ウィルベルはヴァイスランド宛に、ローレライの襲撃の報告書をまとめていた。もはやクラマの防衛線を超え、小規模ではあるが帝国の部隊が侵入している。ローレライ以外も狙われるかもしれないから、その注意喚起をエマに伝えておく。
二人……というか主にシャルは机に向かうウィルベルに遠慮のかけらも見せず、ベッドの上で寝そべりながらお菓子を摘んでいるのだった。
シャルロト姉妹の襲撃を退けたとはいえ、時間的に余裕がなあ現状は変わっていない。すぐにでもローレライを離れ、次の友好国に向かわねばならないが、この姉妹をここに置いていくわけにもいかない。だからといって殺していくのはナシだ。
つまり連れて行くしかないのだが、道中寝首を掻かれる危険がないわけではない。果たしてどこまで信用していいものか……それを決めあぐねていた。
ウィルベルは羽根ペンを紙の上に走らせながら姉妹の様子を窺った。無邪気な姿を見ているとどうにも毒気を抜かれてしまう。実のところ人を見る目にはあまり自信がない、それに裏の読み合いのようなものは苦手だ。
小細工無用、直接尋ねることに決めた。
「……ねえ、二人とも」
「ん、なによ?」
「私はこれから隣国に向かうわ。捕虜のあなた達も来てもらわないといけないけど、旅の道中まで監視する気はない……というかそんなことできないし」
「はい……?」
ウィルベルの言葉にロトは首を捻った。ウィルベルはペンを置いて二人に向き直った。
「もうあなた達から聞けることはなさそうだし、本国に帰ってもいいわよ」
「えっ!?」
シャルが素っ頓狂な声をあげた。全く予想していなかったというような反応だ。
「そもそもなんで逃げようともしないのよ。あなた達捕虜なんだけど、その辺り理解してる?」
「それは……分かってます」
「そんなに迷惑なの……?」
しょぼくれた二人の様子にチクチクと罪悪感を刺激された。演技なのか、本心なのか。
「め、迷惑というわけでは……でもあなた達は敵国の兵士なんだから、今の行動は不可解で不気味なの。何か理由があるなら話してくれないと信用できない」
シャルとロトは俯いてしまった。しかしここをないがしろにするわけにはいかない。沈黙を待っていると、ロトがゆっくりと語り始めた。
「……わたしたちは元々戦争孤児で、皇帝様の孤児院で育ててもらったんです。だから皇帝様には感謝してます、でも」
「――皇帝様は変わっちゃったの。突然侵略戦争なんて始めるし、それこそ人が変わったみたいにね。私達は今の皇帝様のことは無条件に信じられない、と思っているわ」
「だから本国に帰るつもりはない、と」
「そう。それにここは居心地も良いし、あんたには恩もあるしね」
「恩?」
「はい。捕虜のわたしたちを手厚く扱ってくれて……他の兵士たちもそうです。こんなこと今の帝国はしません……わたしは今の帝国のやり方はおかしいと思うんです」
捕虜の扱いなどはローレライの気風によるところが大きく、感謝される謂れもないようなことだが、軍部に所属する二人だからこそ思うこともあったようだ。
彼女たちの話を聞くに帝国も一枚岩ではなさそうだ。皇帝の乱心について、幹部ですら不信感を抱いている。
我ながら小賢しい考えだが、今の話を聞いてシャルとロトの身分にはまだまだ利用価値があるような気もしてきた。ここで突き放すのは早計かもしれない。
「はぁ……分かった。付いてくるなり逃げるなり好きにすればいいわ。ただし、同行中は私の指示に従うこと。いいね?」
「おっけーい!」
「はい……!」
なによりも、自分の直感を信じることに決めた。こんなときエマならこの姉妹を斬り捨てていると思う。その厳しさこそ指導者に必要で、ウィルベルにはないものだ。だからウィルベルはヴァイスランドの玉座を放棄し、一人気ままに生きることを選んだ。
この局面でもその選択を信じることにしよう。




