第ニ章♯12『紫電再臨』
龍翼を力強くはためかせ、ウィルベルはローレライ城下街の夜空を飛翔する。その間にも発射点からはウィルベルを狙った光弾が夜気を切り裂いて飛んできていた。それを躱し、翼で弾き、風を追い越してその発射点へと向かう。
合間を縫って、ウィルベルは眼下の街に目をやった。王城から鳴り響く警鐘以外は静まっていて、ちらほらと灯りがついているくらいだ。
(城下で戦闘は起きていないみたいね……おそらく敵は少数。城のことは皆に任せて、私はこのまま左弓の騎士を迎え撃とう。なんとか民間人に被害が出る前に)
発射点に十分近づいたところで、龍化を解きながら急降下する。その筋には夜の空に青紫色の光の糸が霧のように広がった。
落下の最中、腰から剣を抜き放ち――、
「紫電……『飛雷』!」
菫色の雷を帯び、天地を揺るがす落雷と為る。一瞬後には地面に手をつき、辺りには漂う残雷が散っていた。
紫電――無色大陸でおかしな格闘家から学んだ体術を魔術と融合させ発展させた新体系である。体への高い負荷から封印することにしていたが、クラマでは出し惜しみのせいで手痛い敗北を喫した。もう全身全霊で戦うことを躊躇しない。
轟音と共に落下してきたウィルベルと対峙するのは――二人の少女。
どちらもウィルベルの派手な登場に目を丸くしていた。よく似た栗色の髪と瞳の色、二人は姉妹なのだろうか。一人は二つに結んだ髪に身の丈を超える槍を、もう一人は肩までのおろした髪に両手で大きな魔道書を抱えている。
辺りに他の人影はなく、潜伏している様子もない。城下町の一角、噴水のある広場には水の音と遠い鐘の音だけが響いていた。
「……あなた達だけ? 随分若いけれど」
ウィルベルが声をかけると、気の強そうな槍使いの少女が眼光鋭く睨みつけた。二つに分けて結ばれた髪が大きく揺れた。
「ふん……あんた月光の英雄様よね? あたしは右槍の騎士。こんな国を落とすぐらい、あたし達だけで十分なのよ!」
多少上ずった声ではあったが、槍を持った少女が啖呵を切った。
「っていうかロト! あんた全然当たってないじゃない!」
「……だって眠いし。それにシャルだってぼんやりしてたもん」
ロトと呼ばれた少女は眠そうに瞼を擦りながらそう反駁した。対するシャルは腰に手を当てて本格的にロトを詰る。
終いにはウィルベルを放って姉妹喧嘩を始めてしまった。しかもこの姉妹、普通に名前で呼び合っている。たしか帝に使える六人の騎士は叙勲の際に名を捨てるのではなかったか。
ともかく、こんな茶番を見せられては戦意喪失もいいところだ。
「……戦う気がないなら帰ってもらえる? 私も子供相手はやり辛いから」
「だっ、誰が子供よ! あんたねぇ、左槍を殺したみたいだけど。あんな雑魚一人殺したくらいで調子乗らないでよね!」
「シャル……言葉が汚い、ぐぅ」
ウィルベルにピシッと指を突きつけるシャルを、瞼の降りかけているロトがたしなめた。
「寝るなロト!」
ウィルベルは大きくため息を吐いた。そして、いまだじゃれあいを続ける二人に、
「はぁ……これ以上お遊戯に付き合っている暇はないわ。とりあえず動けない程度に痛めつけるけど、恨まないでね」
切っ先を向けた。さすがに空気の緊張を感じたのか、シャルとロトも静かに身構えた。
右槍の騎士と、おそらく左弓の騎士。その幼さには驚かされたが、彼女達もこれまで相手にした他の騎士と同格の実力だと考えなければならない。とすれば油断は禁物だが……。
「……いくよ」
ウィルベルが駆け出し、まずお互いに感触を確かめるようにシャルと斬り結ぶ。剣戟と共に散った火花が夜の街を照らし出す。クララの傑作、紅葉鋼の刃が空気を切り裂いた。
左右から流水のような刃捌きで次々と連撃を打ち込めば、シャルは苦い顔でジリジリと後退を余儀なくされる。
やはりというか。予想通り、年齢の割には良い腕だが、未熟な部分も目立つ槍捌きだ。シャル一人であれば、時間はかからずに勝負が決まっただろう。
「くっ……ロト!」
「うん……」
しかしロトの支援がそれを阻止する。シャルの隙を縫うように、背後から必殺の光弾が飛んでくる。ある時はシャルの腕の下を、ある時は頬の横すれすれを。見ている方がひやひやするような、そんな軌道だった。
(二人同時に相手するのはやっぱり決め手に欠ける。まずは分断しないと)
「ふっ……!」
前のめりに深く踏み込んだウィルベルは剣の先端で槍の穂先を絡めとる。そのままグイッと引き寄せれば、引き摺られて体勢を崩したシャルも一歩前のめりになる。
「――『蔦鎖』」
「う……わっ!?」
黒の左腕から伸びた魔術の蔦がシャルの腕を絡み取り、シャルと立ち位置を入れ替えるように後方へと投げ飛した。シャルの体がフワリと宙を舞う。これでウィルベルとロトの間に障害はない。
(もらった……)
刃から峰に持ち替え、大幅の数歩で距離を詰めてロトを狙う。魔術師らしい彼女には目を大きく開いて身構えているが、ウィルベルの放つ神速の一撃は避けられないだろう。
この場で斬らないのは相手が子供だからというのもあるが、捕縛して情報を引き出すことも考えられるからだ。
ウィルベルの一撃が風を切ってロトに迫る。
――ドスッ
「……な、に」
刹那の後、その言葉を零したのはウィルベルの方だった。どういうわけか、ウィルベルの腹には槍の穂先が突き立てられていた。視線で柄を辿れば、その槍はロトの体を貫き、さらにその後ろから伸びてきている。
(どうなってる……!)
背中から槍で貫かれたロトは、表情ひとつ変えずにウィルベルへと魔導書を向けた。すぐさま魔力が充填され、魔弾の術式が発動する。強まる発光の中――、
(まず……!?)
――ゴオッ!!
けたたましい爆音とともにウィルベルの体が吹き飛ばされ、勢いよく地面を転がる。
咄嗟に展開した『星辰の探求者』で身を守ったが、衝撃は殺しようがなかった。
「……はぁ、はぁ……なにが」
腹に開いた傷からの出血を手で抑える。あともう一歩踏み込んでいれば間違いなく内臓まで達して……いや、背中まで貫通していただろう。魔弾の衝撃によるダメージも無視できない。脳が揺らされ思考が鈍るのを感じる。
ウィルベルはロトとその背後を睨みつけた。突如出現した槍は月に照らされて出来たロトの影から生えるように現れていた。そしてその影から這い上がるように、人が――後方に投げ飛ばしたはずのシャルが現れる。
「「私たちの能力は二人で一つ」」
完全に姿を現したシャルがロトの体から音もなく槍を引き抜いた。その跡は服こそ破れてはいるが、覗く肌には傷ひとつない。
「「……『二心双体』」」
二つの武器をウィルベルに向け、シャルとロトはお互いの頭を抱き寄せた。
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