番外編『サンドリヨンの薔薇』
一周年記念(やや遅刻)番外編。
ウィルベルとニーナが友達になるキッカケとなった物語。
今年で齢八十近い老齢の教師が、黒板に難解な魔術式をつらつらと書き連ねていく。それに追従するように、カリカリと鉛筆を走らせる音が教室中から聴こえてきた。
ここはロンドフ魔術学院、四年生の教室である。全寮制のこの学院では、六歳から十八歳までの男女が、一人前の魔術師となるべく勉学の日々を送っているのだ。
「えー、このように。えー、複合属性の魔術を扱うためには、多属性の魔素を体内で分離させることが必要になるので。えー、非常に高度な技術が必要とされるわけですね、ええ」
わたしも鉛筆をノートの上に走らせる。今ので八十七回目……と。
ノートにびっしりと書き込んだのは授業の内容ではなく、先生が「えぇー」という口癖を発した回数だ。
隣に座るラウラは机に突っ伏し、ヨダレの海を広げながら幸せそうに眠っている。起こすのも可哀想だから、暇を持て余したわたしはこんな不毛なことをしているのだ。
そんな不真面目なわたし達とは違い、最前列の席に座って、しっかりと講義に耳を傾けている生徒がいた。学年トップの成績を修め、十年に一度とも百年に一度とも言われている逸材、天才少女・ウィルベルちゃんだ。
今日も綺麗な黒髪を三つ編みにして、キチッと制服を着ている。キュッと引き結ばれた唇は良く言えば意志の強さを、悪く言えば近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
彼女はいつも寡黙で、真面目で、そして努力家さんなのだ。少しでも暇があると上級生向けの本を読みふけっている。
ウィルベルの成績を「才能のおかげ」と言って妬む人もいるけど、わたしはそうは思わない。もちろん才能もあるのだろうけど、彼女は他の誰よりも頑張っている、と思う。
ウィルベルはいつも一人で勉強をしていて、クラスメイトとおしゃべりをしているところを見たことがない。わたしもお話できたことはない。
(本当はどんな子なんだろう。お話してみたいな〜)
頬づえをついてウィルベルを見ていると、授業終了を知らせるチャイムが鳴った。
「えー、今日の講義はここまでにします。えー、二百四十三ページの課題をやっておくように、えぇ」
先生が出した課題に対して、生徒から「えぇー」と不満の声が上がる。しかし、耳の遠いお爺ちゃん先生にはその声は届いていないようだった。
(よし、今ので九十……九十一? まあいっか)
「ラウラ〜、授業終わったよ〜。ほら起きて〜!」
「ん、んう……?」
「授業終わったよ……って、うわ! 顔すっごく汚いよ! ベトベトだよ!」
ふらりと上げたラウラの顔は、自身のヨダレでベトベトになっていた。女の子が晒していい顔ではない。ポケットから引っ張り出したハンカチで拭いてあげると、「うぅ〜」だの「あぇ〜」だの変な声を上げた。
「……あっ」
「ん。どーしたん?」
わたしが声をあげると、疑問に思ったラウラが首をひねった。寝ぼけ眼でわたしの視線を追う。
「いや、ウィルベルちゃんが」
ウィルベルはテキパキと荷物を纏めると、颯爽と教室を出て行ってしまう。今日も話しかけられなかった。ラウラはもじもじするわたしとウィルベルを交互に見て、
「むー、片付けは私がやっとくからさ。追いかけて来たら?」
「えっ? でも……」
「いいからいいから。行ってきな」
「……うん! ありがと、ラウラ!」
わたしは席を立つと、ウィルベルを追って走り出す。色んな人や物にぶつかりそうになりながら、その背中を追った。ウィルベルは歩くのも早くて、思ったより走ることになったけど、なんとか追いつくことができた。
「うぃ、ウィルベルちゃん!」
私が呼び止めると、ウィルベルは肩をビクッとさせて、ぎこちなく振り返った。その瞳には明らかに疑念の色が浮かべられている。いきなり話しかけたことでどうやら警戒されてしまっているようだ。
「あ、あのっ! 私ニーナっていうの! クラスメイトなんだけど、分かるかな……?」
「うん、知ってる」
「えー、えっと……」
しまった。急いで駆けてきたのは良いものの、何を話すか全く考えていなかった。
しどろもどろの私に、ウィルベルはより胡乱げな眼差しを向ける。綺麗な瞳が細められて、息が詰まりそうだ。
「あっ、その本!」
「本?」
これ? とウィルベルが小脇に抱えた本を見せる。
「そうそうそれそれ! わたしも読んでみたいなぁ〜って! 読み終わったら貸してくれる?」
「うん、いいよ」
本当は難しい本には興味がなかったけど、とりあえず会話をするために言ってみたのだった。もしかしたら迷惑がられてしまうかもと思ったけれど、ウィルベルは意外にもすんなりと了承してくれた。
「……えっと、それじゃあ」
会話が途絶え、ウィルベルが足早に去っていく。その背中を見ながら、わたしはドキドキする胸の高鳴りを抑えていた。
(き、緊張したぁ〜)
人見知りなどしたこともなく、誰とでもすぐに仲良くなれることが自慢のわたしも、ウィルベルとの会話では気を張らずにはいられなかった。
しかし、頑張ったおかげで確かな手応えを感じた。
ウィルベルは決して取っつきにくいタイプではない。人見知りなだけなのだ。だったら、きっと仲良くなることができる。
「お〜い、ニーナぁ〜!」
教科書を腕いっぱいに抱えたラウラが、赤毛を揺らしながら走ってくる。教科書の半分を受け取って、二人の部屋に戻る通路を進んでいく。
寮の部屋は基本的に二人一組で、わたしとラウラは同じ部屋、つまりルームメイトでもあるのだ。成績優秀者の上位三名には個人部屋が与えられるという伝統があり、ウィルベルはもちろん個人部屋だ。
ひとりで寂しかったりしないのかな、と思う。少なくともわたしだったら寂しい。
「それで? ウィルベルちゃんとは話せたのー?」
「うん。今度、本を貸してもらうんだ」
「本って、ウィルベルちゃんが読んでるようなやつ?」
「そうそう」
「えー、絶対意味わかんないってー」
「が、頑張って読むの!」
教室棟と寮棟を繋ぐ連絡回廊を渡りながら、ラウラにウィルベルの性格について説明した。人見知りなだけだから、きっと仲良くなれると。それを聞いたラウラはあんまり気にしていない風に装っていたけど、内心は興味津々といった感じだった。謎多きクラスメイトと仲良くなりたい気持ちは彼女も同じなのだ。
「――それでね。仲良くなるためにプレゼントをしてみようと思うんだ」
「プレゼントかー、どんな?」
「それが、ウィルベルちゃんの好みとか全然知らないから、何をあげれば喜んでくれるのかなって」
「そんなの私も知らないって〜」
ううむ……まあそうだよね。ウィルベルをよく知る人に聞くのが一番良いんだろうけど、そんな人物に心当たりはない。直接聞いてもいいけど、せっかくだから驚かせてあげたい。
「あっ、そうだ。カーラさんに聞けば?」
「えっ、ええ!?」
カーラさんは学院の卒業生で、今は図書館の司書をしているお姉さんだ。すごく強い魔術師としても有名で、生徒にとっては憧れの人物でもある。そういえば、ウィルベルと話をしている場面を見かけたことがあった。
しかし、非常に冷たい感じがするのである。わたしは彼女の事務的で、冷徹な感じが少し苦手だった。もっとも遠くから見たことがある程度で、ちゃんと話をしたことはないから実際のところは分からないのだけど。
「やっぱり怖いよね〜……じゃあ校長先生は?」
校長先生もウィルベルとよく話しているのを見かける。カーラとは違って、話しやすいおじいさんという感じだから、話しかけづらいということもない。
(よし、決めた!)
「ラウラ、わたし校長先生のところに行ってくる! 先戻ってて!」
言うが早いや、踵を返して校長室に向かう。後ろからラウラがわたしを呼び止める声が聞こえたけど、今は止まっていられない。ウィルベルの喜ぶ顔を想像すると、足を進めるスピードがもっと速くなったのだった。
校長室は教室棟や学生寮とは離れた棟にある。生徒にとってはあまり縁のない場所だから、わたしもここに来たのは数えるほどしかない。ましてや、ひとりで校長室を訪ねるなんて初めてのことだ。扉の前まで来ると、急に緊張してくる。
深呼吸をして扉をノックした。すぐに「入りなさい」と返事があり、冷えたドアノブを回して扉を開ける。
部屋の中には沢山の本が山積みになっていて、不思議な実験器具のようなものが散乱していた。そんな部屋の中心で、ハーブル校長先生が暖炉に当たっていた。
先生はわたしの姿を認めると、意外そうに目を丸くする。生徒が直接、校長を訪ねてくることなど先生にとってもあまりないことだろう。
「おやおや、どうしたんじゃ? 道にでも迷うたか?」
「い、いえ違います! あの……わたしは四年生のニーナ・シンカーです。えっと、それで……わたしウィルベルちゃんと」
「焦らんでもよい。ゆっくり、話してみなさい」
緊張のせいで話を端折りすぎて支離滅裂なわたしをなだめて、校長先生はホホッと笑った。
「うぅ、はい……わたし、ウィルベルちゃんと仲良くなりたくて。それで、プレゼントをしようと思うんですっ。でもウィルベルちゃんの好みとか分からないから、校長先生なら知ってるかなって思って……聞きに来たんです」
なるほど、と校長先生が髭を撫でる。パチパチと暖炉で薪が爆ぜる音が響いた。
「そういうことなら、これが良いじゃろう」
校長先生が積み上がっていた本から一冊取り上げて、あるページを開く。近寄って覗き込むと、そこには美しい花の絵が載っていた。
「これは"サンドリヨンの白薔薇"という花じゃ。この辺りの雪山に稀に咲いておる。去年の冬にウィルベルが探しとったんじゃが、ついに見つけられんかったようじゃ。見つけてやれば、たいそう喜ぶじゃろう」
たしかに美しい花だ。きっと実物はもっと美しいに違いない。ウィルベルが花好きだというのは少しイメージと違ったが、花が嫌いな女の子はいないということだろう。
「しかし、この花は簡単には見つけられん。それに冬の山は危険じゃ。カーラに頼んでおくから、それまで待っているとよい」
校長先生が本をパタンと閉じて、山の上に重ねた。そして、わたしにニッコリと微笑みかける。
「ウィルベルはああ見えて寂しがりなのじゃ。君のような友達ができれば、少しは明るい子になるじゃろう。是非仲良くしてやってくれ」
「は、はいっ。ありがとうございました! 失礼します!」
わたしは逃げるように校長室を飛び出した。扉を閉めて、廊下の壁にもたれかかる。
サンドリヨンの白薔薇……ウィルベルが喜んでくれそうなものを聞くことができた。しかし、それを見つけるのは難しく、また危険だという。校長先生の言う通りカーラさんに任せるべきだろう。
(でも……せっかくのプレゼントなのに)
他の人にとってきてもらったものを渡すだけなんて、それじゃわたしの気持ちは伝わらないんじゃないだろうか。プレゼントというものは、気持ちが一番大事な部分だろう。
となれば手段はひとつ。
(決めた! 先生には止められたけど、自分でとりに行っちゃおう!)
◆◆◆
こっそり学院の門を抜けて、積もりたての雪に足跡をつけながら進む。外から見た学院はまるでお伽話の中の城のようで、何千年も前からここにあったかのような雰囲気だ。
サンドリヨンの白薔薇、咲いているのは雪山の中らしいけど、それ以外のことは分からない。地道に足で探すしか無いだろう。
雪の山道を進む。進む。進む。
学院の立派な城壁が見えなくなるところまで進むと、途端に不安な気持ちになった。でもまだ尖塔の先が見えているから、迷うことはない。山の向こうにでも行かない限り、あの尖塔が見えなくなるということもないだろう。
その調子で何時間歩いただろうか。
さすがに足が疲れてきて、わたしは雪を被った岩の上に座り込んだ。舞い上がった新雪で視界が煙る。
出発した時には澄み渡っていた空も今は真っ白になって、辺りは吹雪き始めていた。まだ尖塔は見えている。あれが掻き消されてしまう前に帰らないと。
わたしは立ち上がって、来た道を戻り始める。尖塔に向かってまっすぐ歩けば、一時間もしないうちに着くだろう。白薔薇の捜索は明日も続けるとしても今日はおしまいだ。
そうして歩いていると、体全体でわずかな揺れを感じた。まさか地震や雪崩かと思ったけど、どうやら違う。ずしーん……ずしーん……と等間隔で地響きがあるのだ。
わたしはハッとして、すぐに大樹の幹に身を隠した。顔を出して様子をうかがうと、視線の先にはずんぐりとした白い影。
間違いない――トロールだ。
巨人の一種で、北部にしか生息していない魔物。知能は低く、性格は残忍だ。時折農村を襲っては、村人を攫っていくのだ。
わたしは息を殺してトロールの動きを警戒していた。そうしてどこかへ行くのを待っていたのだ。しかしそんな時、トロールの足元に不思議と目が吸いよせられた。岩場の陰に咲く一凛の花――純白の花弁を重ねたそれは、サンドリヨンの白薔薇に違いない。
わたしは思わず「あっ!」と声をあげてしまい、慌てて口をふさいだ。しかし深々とした静寂の中にわたしの声はあまりにも響いた。トロールがゆっくりと振り返り、探るように鼻を鳴らしている。そしてその目が、縮こまっているわたしをしっかりと捉えた。
「グオオオ!」
獲物を見つけたトロールがのしのしと走り出した。わたしも弾かれたように懸命に雪の中を走るけれど、どんどん距離を詰めて追いつかれる。そのうちに、出っ張った木の根に足を引っかけて盛大に転ぶ。
「うぅ……」
振り向くと、トロールが白目がちの目をくるくると動かしてわたしを睨んでいた。恐怖で体がすくんで声すら出せない。呆然としているわたしにトロールは無造作に大きな手を伸ばす。
(そんな……こんなところで死んじゃうなんて。お父さん、お母さん)
わたしは固く目を閉じて、目の前を見ないようにした。自分の馬鹿な行動がこの結果を招いたのだから自業自得だ。せっかく白薔薇も見つけたのに、わたしは友達になりたかっただけなのに。後悔が走馬灯のように脳裏をよぎって、本当に死ぬんだなという気持ちになった。だが、伸ばされたトロールの腕は私に届くことはなかった。
舞い上がった雪煙を切り裂いて、紫電の矢が閃いたからだ。
落雷のような轟音が山中に響いて、トロールの肩が撃ち抜かれる。血しぶきをまき散らして、トロールは後ろに倒れていった。
「ニーナ……ッ!」
声のしたほうを向けば、荒く白い息を吐き肩を上下させているウィルベルの姿があった。手には短めの魔術杖が握られていて、その先端ではバチバチと紫電がスパークしている。
「ウィ、ウィルベルちゃん!?」
どうしてここに、と問う暇もなく腕を掴んで起き上がらせられる。直後にさきほどまで倒れていたところにじたばたと悶えるトロールの腕が叩きつけられた。
トロールは目に怒りを宿してのっそりと起き上がる。ウィルベルはわたしをかばうように立ち、トロールへと杖を向けた。しかし、杖の先についている魔術石はくすんだまま光を発しない。術者が魔力切れを起こしているサインだ。ウィルベルはもう魔術を使えないのに、それでもわたしを守ろうとしているのだ。
「ウィルベルちゃん、だめだよ! 逃げよう!」
「このままじゃ逃げきれない……私は大丈夫だからひとりで逃げて、ニーナ」
ウィルベルは振り向きもしない。その背中にわたしはどうしようもない無力感を覚えるが、だからといって引き下がることもできない。助けにきてくれたウィルベルひとりを置いてはいけない。
「無理! そんなの無理! ウィルベルちゃんも一緒に逃げるの!」
わたしはウィルベルの手を掴んで走り出す。驚いたように目を見開いたウィルベルだったが、わたしの手を振り払うようなことはなかった。むしろわたしの腕を引いて、導くかのように右へ左へと走り始める。逃げ出したわたしたちを追って、激昂したトロールが迫ってくる。木々をなぎ倒し、雪を巻き上げ、猛然と走ってくる。
走り続けて森を抜け、開けた場所に出た。学校も近い。そのまま駆けだそうとして、ウィルベルに手を引っ張られた。次の瞬間、私わたしが踏み出そうとしていた場所が崩れ落ちていった。
ロンドフの生徒なら皆が教えられる、雪庇が危険な崖だった。逃げることに必死でそれにさえ気が付かなかったのだ。あのまま踏み出していたら十メートルほど下まで真っ逆さまだった。
「ど、どうしよう」
トロールは凄まじい速さで迫ってきているが、他に逃げ場はない。このままでは万事休すだ。
森を抜けたトロールがわたしたちを追い詰める。ウィルベルはまたトロールの前に立とうとするが、わたしがギュッと掴んで離さない。ここでトロールに食われるよりは、覚悟を決めて崖下に飛び降りるほうがマシだ。下にも雪が積もっているし、もしかしたら命は助かるかもしれない。
「ごめんね、ウィルベルちゃん……わたしのせいで」
わたしが謝ると、ウィルベルはなんともいえない表情を浮かべて口をもごもごさせた。
「ニーナ………その、ニーナは悪くないよ。先生は怒るかもしれないけど、私は怒ってないよ」
ウィルベルの少しずれた答えに苦笑する。そして崖の高さにゴクリと喉を鳴らしながらも、身を躍らせようとした時、わたしたちの頭上を真っ白な光が通り過ぎた。その光は音もなくトロールの頭を貫き、トロールは身を震わせて倒れた。頭部をごっそり失ったトロールは今度こそ、完全に事切れていた。
突然飛来した白光の残りを追えば、それは学院の尖塔に続いている。あそこは……確か校長室?
「帰ろう、ニーナ」
ウィルベルは校長室のほうを眺めながら、呆然とするわたしに言った。そしてわたしたちは手をつないで、崖を下りて学院へと向かう。
「ねえニーナ……どうして一人で森に入ったりしたの?」
「それは……」
横目で様子を窺うウィルベルに、わたしは言葉を詰まらせた。こんなことになっちゃったけど、白薔薇のことは内緒にしたい。わたしはなんとかごまかそうとして、ウィルベルに質問を返す。
「そうだっ、ウィルベルちゃんはなんでわたしが森に行ったって分かったの?」
「これ……」
ウィルベルは思い出したように懐から一冊の本を取り出し、私に向けて差し出した。
「読み終わったから渡しに行こうとしたんだけど、どこにもいなかったから、ラウラと校長先生に聞いたら……森に行ったのかもって。だから外に出て、ニーナの魔力痕を辿っていったの」
ニーナは改めてウィルベルの凄さに感心した。
魔力で誰かを追跡するのは四年生には難しい技術だ。助けに来てくれたウィルベルが魔力切れを起こしていたのはそれが原因だったのだ。ウィルベルが律義にわたしを探してくれていなかったら、あのまま森の中で死んでいただろう。
わたしは本を受け取って、それを両腕で抱いた。ウィルベルの体温が微かに残っていて、改めて安堵を覚えた。
「それで、結局どうして森に?」
ウィルベルが眉を顰め、首をひねっている。わたしはなぜかうれしくなって、もう一度ウィルベルの暖かい手を握った。
「友達になってくれたら、教えてあげる!」
◆◆◆
抜けるほどに高い蒼穹の下、私は白い息を吐きながら道の先を眺めていた。随分暖かくなったとはいえ、ロンドフはまだ冷たい。
私は数か月前に、この場所でひとりの友達を見送った。彼女は常に私の前を進んでいて、常に私の憧れであり続けている。しかし今や彼女は私だけの英雄ではなく、なるべくして、皆の英雄になった。私はその英雄の帰還をこうして待っているのだ。
そろそろラウラが心配し始める頃だから、一度寮に戻ろうか。そう考えて石門に振り向いた時、蹄が地を叩く音が聞こえた気がした。ハッとしてまた振り返る。どこまでも続くかのような道の先に、浮かび上がる一頭の馬とそれにまたがる人物の影。群青のマントと漆黒の髪を冷風になびかせ、彼女が戻ってくる。
私はわずかに俯いて、嬉しさで浮かんだ笑みをまだ遠い彼女に向けた。いつか渡せなかった、純白の薔薇を背中に隠しながら。
なんだかんだ一年間続いてきました。長かったような短かったような……。
それはともかくウィルベルとフリッツの物語はまだまだ終わりません。これからもよろしくお願いします。




